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第4話



 なにひとつ空気の読めない馬鹿な側近だった。



「いやぁ、それにしても絵になるなぁ。エディウス卿は体格もいいし、騎士服が似合いますよね。まだ13歳なのに殿下と身長もあまりかわらないですよ。それに、やっぱりあの燃えるような紅蓮の紅髪は目を引くし、スペンサー侯爵令嬢の紫髪と並ぶと2人とも映えますねえ」



 プルプルと震えているサイラスに気付いているのか、いないのか。ついでとばかりに馬鹿はつづけた。



「殿下も見た目はいいんですけどねぇ。金髪に碧眼とか、いかにも『皇子ですぅー』って感じだからなぁ。あっ、悪くはないですよ。でも、ありきたりと云えば、ありきたり——グェッ」



 そこまで云ったところで、側近の首は背後から渾身の力で絞め上げられた。



「あの世へ行ってこいっ!」



「連続殺人未遂皇太子!」



「その口を縫ってやる!」



 2階の控室で騒動が起きている間に、国家特務機関の代表者と本年の合格者たちが全員会場入りした。



 その後、上位貴族たちが出揃ったところで、



「殿下、そろそろ出番ですよ」



「わかっている。オマエも髪ぐらい整えろ」



 大広間のそでに移動し、いよいよ式典の主役であるサイラスが登場しようとしたときだった。大広間の扉が開かれ、突然ファンファーレが鳴り響く。



「オルガリア皇国皇帝陛下、皇后陛下、両陛下のおなりです!」



 唖然とするサイラスとルーファスの耳に、予定のなかった皇帝夫妻の登場が知らされた。



 一斉に腰を低くする貴族たちの前を、優雅に横切り、王座の前に立つ皇帝ユリウスと皇后エリス。



「皆が、皇子サイラスの成人の儀に集まってくれことを感謝する。慣例では、成人の儀は、皇太子本人に任せ、わたしも皇后も参加することはないのだが、今回は、創立以来、国のために尽力しつづけている特務機関の祝賀会を兼ねていると聞き、ひとことねぎらいの言葉をかけたくなってな」



 だからって、なんの前触れもなく登場するなよっ! 段取りってものがあるだろっ!



 そもそも、友好国の外交使節団の来訪と重なり、どうやっても式典には参加できないと云っていた父。それなのに、である。



 皇帝のねぎらいの言葉を、大広間のそでで聞いていたサイラスは、頭を掻きむしりたくなった。



 裏目だ! 何がゾロ目だ、ルーファスめっ!



 うしろで「ププッ」と原因を作った男の笑い声がしたので、思いっきり脛を蹴っておく。



 段取りを無視して登場した皇帝夫妻に動じることなく、そつなく式典は進行していく。そして、いよいよ、舞踏会がはじまった。



 よし、ここからは、何がなんでも計画どおりに。



 しかし、サイラスの目の前には、問答無用で白い手が差し出された。



「…………」



 無言の抵抗ができたのは3秒だった。



 渋々と皇后エリスの手を取ったサイラスは、大広間の中央へと進み、優雅な宮廷音楽に合わせてステップを踏む。



 僕のファーストダンスが……夢にまでみていたレティシアとのダンスは、母である皇后エリスとの悪夢に終わり、早々に自席へと引き上げたサイラスの前で、2曲目のダンスがはじまった。



 大広間の主役となったのは、紅髪の騎士エディウスと愛しいレティシアの華やいだダンスだった。



 最悪だ。こんなのって、ない。あってはイケないヤツだ。



 着座した皇太子サイラスの元には、次から次へと祝いの言葉をたずさえた貴族たちが、入れ替わり立ち替わりやってくる。それを柔やかに応対しつつ、サイラスは心で泣いた。



 どうしていつも、こうなるんだ。



 ようやく挨拶がひと段落したところで、さすがのルーファスも、憐れんだ目をサイラスに向けてきた。



「殿下、お飲み物でもご用意しましょうか? それにしても想定外でしたねえ。しかし、皇后陛下を差し置いて他の令嬢とダンスを踊るわけにはいきませんからねえ。でも、賢明かと。貴族同士の無用な詮索も受けずに済みましたから。しかし、涙ぐましいダンスでした」



「それぐらい、わかっている。ルーファス、悪いが少しだけ席をはずす。飲み物は外のテラスに用意してくれ」



「かしこまりました」



 サイラスが大広間からそっと外に出たころ、ダンスを終えたレティシアとエディウスは、貴族たちに囲まれていた。



「いやあ、素晴らしいな。この若さで特務試験に合格するなんて!」



「エディウス卿の将来が楽しみです」



「おめでとうございます。こんなにも美しく才気溢れるご令嬢は他にいませんね。さすがスペンサー侯爵家!」



 エディウスは公爵家の跡取りということもあり、徐々に令嬢たちに囲まれていき、それを遠巻きにしていたレティシアは、人混みに疲れ、そっと大広間から外にでた。



 夕暮れ時にはじまった式典だったが、もうすっかり日が落ちて星が見えている。庭園に面した回廊をゆっくりと歩いていたレティシアは、緑に囲まれたテラスを見つけた。



「あら、ちょうどいいわ」



 あそこならば、人目にもつきにくいだろう。少し休もうと緑から顔をのぞかせたレティシアはそこで——



「……サイラス皇太子殿下」



「レティシア嬢……え、え、ええっ!」



 目玉が落ちそうなほど驚愕するサイラスと鉢合わせした。



 人目を避けようと、腰高の緑に囲まれた場所を覗いたレティシアだったが、まさかそこに本日の主役である皇太子サイラスがいるとは思わなかった。



 疲れているのか、サイラスはいつものようにピンと背筋が伸びた姿勢ではなく、テラス用の長椅子に上半身を寄りかからせ、両腕を頭のうしろで組んだ体勢で脚を投げ出していた。



 驚くレティシアと、それ以上に驚いたサイラス。



「……これは、その、サボっているのではなく!」



 勢いよく身体を起こそうとしてバランスを崩し、その勢いのまま長椅子から滑り落ちた。しかも、落ちながら鉄製の座面に後頭部をしたたかに打ち付けるという運の悪さ。



「痛ッ!」



 鈍い音が響き、片手で後頭部を押さえたサイラスを見て、



「殿下——」



 慌てて屈み込んだレティシアだったが、こちらも焦ったせいでローブドレスの長い裾と下草に足を取られ、「うわっ!」前につんのめった。



「……危ないっ!」



 芝に向かって傾いていくレティシアに気がついたサイラスが、咄嗟に腕を取り自分の方へと引き寄せる。



 結果としてサイラスの胸に飛び込む形で倒れ込んだレティシアが、



「申し訳ありま……」



 謝罪しながら顔をあげたのだが、あまりに近い距離にある皇太子サイラスの顔。



「…………」



「…………」



 互いに見つめ合ったまま、ふたりは完全にフリーズした。






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