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第3話



 その後——



 会場の大広間でひと悶着があったサイラスとルーファスは、廻廊を渡り、



「ルーファス、少し休んでいくか」



 途中、中庭に立ち寄った。



 腰の高さほどに均一に整えられた庭木を背にしたサイラスが、わずかに声をひそめる。



「……それで、例の件はどうなっている。審問会からもう4年だぞ」



 膝をついたルーファスが、恭しく頭を下げて応えた。



「申し訳ございません、殿下。目星を付けた公爵家と伯爵家に、こちらの手の者を数名潜らせてはいるのですが……相手も警戒しているのか、なかなか尻尾をつかむには至っていないのが現状です」



「容疑者とつながりのある貴族が必ずいるはずだ。早急に証拠をつかめ」



「かしこまりました」



「それから、容疑者の追跡はどうなっている?」



「はい、そちらは国外逃亡をはかったようでして、現在トライデン公爵家の方で追っています」



「相手は特級魔導士だった男だ。人員は多めにさくよう伝えておけ」



「かしこまりました」



 爽やかな風が、中庭を吹き抜けていく。



 サイラスの足元から、ルーファスが立ち上がり、手鏡で背後を確認した。



「行ったか?」



「はい。もう、この付近にはいませんね。それにしても、下手な尾行だなぁ」



 一気にくだけた口調に戻る側近の変わり身の早さに、サイラスは呆れる。



「念のため、執務室に戻るまではつづけろよ」



「かしこまりました~」



 執務室に戻った2人は、周囲の人払いをして、扉を閉めた。



「それで、本命の動きはどうなんだ?」



 明日の式典に列席する貴族たちの一覧を目で追いながら、サイラスは傍らで立ったままお茶を飲む側近に尋ねる。



「そうですねえ。今日の動きを見ても、下手な尾行をするくらいには、警戒しているのでしょうけど、なんというか……あからさまといいますか」



「たしかにな。明日も平気な顔で出席するだろう。ヤツらが隣国と内通しているのは間違いないのだろうな」



「グレー、いや、ほぼクロです。あとは潜入組が証拠を掴めば……といったところです」



 それが、なかなか上手くいっていないのだろうな。



 サイラスの顔が曇っていく。急襲事件が起きたのは12歳のとき。あれからすでに4年が経とうとしている。



 表向きは、特務機関の特級魔導士だった容疑者ジオ・ゼアの国外逃亡ということになっているが、真相はべつのところにあった。



 サイラスやルーファス、皇宮の極一部の者だけが得ている情報によると、事件は皇国内にとどまらず、複雑な外交問題が絡みはじめている。



 だからこそ、自国内に手引きした者がいるとわかっていながら、簡単に手が出せないというジレンマに陥っているのだ。



「殿下、眉間にシワを寄せたところで、物事は進みませんよ。ここは、あえてどっしりかまえて、お茶なんかを楽しむ余裕を持たないと。あっ、殿下にも淹れてあげましょうか」



「けっこうだ。自分で淹れた方がマシだ」



 側近の淹れるお茶が、この国で一番マズイことをサイラスは知っていた。



「まぁ、まずは明日の式典が無事に終わることを願いましょうよ。それに、久々にスペンサー侯爵令嬢にお会いできるのですから、せめて柔やかにしていないと、また誤解されますよ」



 幼なじみの言葉に、ポットに茶葉を入れる手が止まったサイラスである。



「そ、そうだな。ところでルーファス、明日、レティシア嬢に会ったら、まずなんて声をかけたらいい?」



「…………」



 お茶を飲み干した側近は、冷たく云った。



「それくらい、ご自分で考えてください。それから、相談する相手を間違えてますよ。なんで僕に聞いちゃうかなあ。でも、仕方がないか。殿下は友達いないからなあ~」



「うるさい、黙れ!」



 そして、式典当日——



 ロイヤルブルーの正装に身を包んだサイラスは、大広間に集まりはじめた貴族たちの動向を、2階の控え室にある隠し窓から注視していた。



 となりには、いつものようにルーファスがいて、こちらも正装に身を包んでいるが、堅苦しいのが嫌なのか、すでに着崩れかけている。



 下位の貴族から続々と入場がすすみ、大広間はすでに華やいだ雰囲気で、あちらこちらで談笑が楽しまれていた。



 そんな中、入場を知らせる一際大きなファンファーレが鳴り響き、スペンサー侯爵家の到着が高らかに告げられる。



 大広間の視線が一斉に注がれるなか、オルガリア皇国軍最強将軍にして、『大地の聖印』を持つ夫に手を引かれて入場したのは、スペンサー女侯爵だ。



 大広間が感嘆の溜息に包まれていく。家門の色でもある濃紫の艶やかな髪とドレスが、唯一無二の存在感を放っていた。



 大広間に現れた『オルガリアの華』に、誰もが目を奪われる中、隠し窓から覗いていたサイラスが声を上げる。



「スペンサー侯爵夫妻のうしろは、子息のロイズ卿だけ。いない……レティシア嬢がいないぞ!」



 取り乱し欠けたサイラスに、



「殿下、落ち着いて下さいよ。アチラです」



 ルーファスが指した方向。



 それを見た瞬間、一気にサイラスの声が低くなった。



「……なんだ、アイツは」



 そこには、侯爵家から数メートルの間隔をあけ、可憐なレティシアをエスコートする赤髪の騎士がいた。



 特務機関の正装である真っ白な騎士服で現れたのは、魔剣士の最年少合格者、トライデン公爵家のエディウス・フレイ・トライデン。



 そのとなりにいるのは、同じく最年少で魔毒士に合格したスペンサー侯爵令嬢レティシアだった。



 こちらも特務機関の正装である真っ白なローブドレスを着用しており、騎士服のエディウスに手を引かれる姿は、



「どういうことだ、ルーファス! あれではまるで——」



 花婿と花嫁……と云いかけてサイラスは口をつぐむ。



 いいや、違う。あれは特務機関の正装にすぎない。



 そう思い直していたのに……



「わあ、なんか結婚式みたいですねえ」



 となりの馬鹿が、あっさりと言葉にしてしまった。






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