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第2話


 14歳の初恋こじらせ皇子が、皇太子妃の最終候補決定を2年延期したころ。



「あ~、もう! 本当に難しいわね。出題範囲が広すぎなのよね」



 前世日本で薬学部を卒業。薬剤師の資格を有し、博士課程に進んで研究職についていた柊アンナの知識と経験をもってしても、『魔毒士』の国家特務試験は難関といえた。



 基本知識と専門知識を問う筆記試験に加えて、面接による論述試験、さらには特化魔法の実技試験まであるのだ。



「まぁ、でも、時間だけはたっぷりあるし、薬学の基礎が備わっているのは、かなり有利だわ」



 9歳から本格的にはじめた試験勉強。レティシアは現在、基礎編を終えて、応用編の過去問に取りかかっていた。



 12歳になるころには、元々備わっていた回復魔法のスキルと魔毒の基礎を応用することで、軽い毒症状であれば毒素の分析が可能となり、その後、試行錯誤を繰り返し、いつしか解毒魔法を扱えるようにまでなった。



 これには3人目の師匠であり、元S級冒険者にして『伝説の再生回復士ハイヒーラー』であるカイセルも驚愕した。



「これまでワシも、色々なヤツを見てきたが、やっぱりお嬢には1番驚かされるなぁ。毒素の分析スキルなんて、特務機関の魔毒士でも上級者しか扱えないはずなんだけどなぁ」





 ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 





 そうして迎えた13歳の年。



 レティシアは『魔毒士』、エディウスは『魔剣士』の特務試験を受け、2人ともこれまでの最年少合格記録をぬりかえる結果となった。



 これで名実ともに、最難関といわれる国家特務機関認定の『魔毒士』の称号を得たレティシア。



 皇宮内においても、『魔毒士』と『魔剣士』の最年少合格記録の件は大きな話題となり、皇太子サイラスの耳にも、当然のごとく届いていた。



 皇国にとって才気溢れる優秀な人材の登場は、大変喜ばしいことであった——が、一報が入った皇太子の執務室は荒れに荒れていた。



「どういうことだ! ルーファス! 特務機関に採用されれば、特権として貴族階級の祝事、行事への参加は任意となるではないか! 僕のファーストダンスはどうなるのだ~!」



 ふたたびサイラスは、側近の首を絞める。



「誤算でした~」



 これにはルーファスも驚くしかなかった。正直、お手上げである。



 スペンサー侯爵令嬢が、まさかここまで優秀だったとは……国家特務試験の合格率は、例年10パーセント以下である。とくに最難関といわれる『魔毒士試験』は5パーセントを下回ることもめずらしくない。



 ルーファスの手元に届いた本年の合格率は、全体で9パーセント、魔毒士に至っては3パーセントという、例年にない厳しさだった。



 にもかかわらず、それを13歳にして一発合格とは……もしや、スペンサー侯爵令嬢は、ここで人の首を絞めている男の妃になるよりも、国家の中枢で手腕を発揮してもらった方が国のためになのではないかと、一瞬頭をよぎったルーファスである。



 しかし——幼なじみでもある皇太子サイラスが、めずらしく執着を見せている皇太子妃候補である。できることなら叶えてあげたいと思う気持ちがなくもない。



 さて、どうしたものか。



 サイラスいわく、死んだ魚のような目を、久々に光らせたルーファスは、



「しばし、お待ちを。最善策を本気で練り練りと練らせていただき、殿下のご意向にそえるよう、最大限の努力をいたしますので」



 そう云って、オルガリア皇国一と呼ばれる怜悧な頭脳をフル回転させたのだった。



 皇太子サイラスが成人を迎える前日。



 祝賀行事が開かれる皇宮の大広間では、式典にむけて着々と準備が進められていた。



「で、これが、オマエが練りに練ったという策なのか?」



 会場に高々と掲げられた横断幕を見上げたサイラスは、引きつった顔をとなりの側近にむけた。



「苦肉の策ではありましたが、我ながら妙案かと」



「どこがだ~!」



 横断幕には、こう書かれていた。



【サイラス皇太子殿下成人の儀ならびに国家特務機関創立111周年祝賀行事】



 大広間でサイラスに首を絞められるルーファスだったが、もう慣れたもので会話にも困らない。



「しょうがないじゃないですか。スペンサー侯爵令嬢の参加を促すには、特務機関の行事と抱き合わせるのが1番です」



「そうかもしれないが、111周年というのはなんだ!? 普通は100周年とか150周年とか、いわゆる節目のもっとキリのいい年にするものだろう」



「ああ、それについては僕を誉めてくださいよ。『111』のゾロ目を発見したんですから」



「誉めるかぁ~っ!」



「はぁ、ウルサいなぁ。自分では何も思いつかないクセに」



「なんか、云ったか!」



「いいえ~ でも、殿下。こうでもしないとスペンサー侯爵令嬢が参加する可能性は低くなりますよ。だって、結局この2年間、手紙も贈り物も受け取ってもらえていないんですから」



 1番痛いところを突かれ、サイラスは言葉につまる。



「いいですか、殿下。今回の祝事では、本年の特務試験合格者に対して殿下より激励の言葉を贈ることになっていますから、意中の御令嬢は、間違いなく列席するでしょう。ああ、僕って、いいこと思いつくなぁ」



 首を絞められたまま、ルーファスはニヤリと笑った。






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