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第9話



 好意を寄せるレティシアのとなりに、当たり前のように居座る公爵家の子息は、紅い眼光でこちらを睨みつけながら、これ見よがしに令嬢と囁き合っている。



 見せつけやがって!



 こちらは茶会での失態を、いまだに謝罪する機会すら得られていないというのに! ちょっと燃焼系の魔法に特化しているからって、調子に乗りやがって……クソガキめッ! 



 赤とあおの視線が激しくぶつかり合うなか、こういうときだけは対応が素早いルーファスが、うしろからいさめてくる。



「今は、ささやかな色恋に気をとられている場合ではありませんよ。トライデン家の息子とやり合うのは別日でお願いします。ご承知かと存じますが、そろそろ黒幕を突き止められなければ、事態はさらに長期化するでしょう」



「わかっている。それは、わたしも望んでいないからな」



 トライデン家の生意気そうな息子から視線を外したサイラスは、澄んだ碧い瞳で議会場を見渡す。



 この議会場のどこかに、必ずいるはずだ。自分の命を狙い、皇国の混乱を画策する者が。



 議会場の席が半分ほど埋まったころ、容疑者として拘束されたジオ・ゼアが姿を見せ、審問会がはじまった。



 3日ぶりに目にするジオ・ゼアに、レティシアは息をのんだ。



 左頬が腫れあがり、後ろ手に拘束されてむき出しになった両腕には、痛々しい複数の裂傷があった。



 傷ついたジオ・ゼアの姿に、レティシアの身体の中で、いいようのない感情が沸き上がる。それに引きずられるように内に秘めた魔力が暴れ出していた。



 すぐに気が付いたエディウスが、「レティ」と手を握ってきたことで我に返り、無理やり魔力を鎮める——落ち着かなければ。



「どうした?」



 幼なじみの赤い瞳が、心配気に覗き込んでくる。



「なんでもない」と首を振ると、目を細めたエディウスは「ウソつきだな」と、さらに強く手を握ってきた。



「何かあったら、すぐに云ってくれ。ツライなら、今すぐ出てもいい」



「大丈夫よ。ありがとう、エディ」



 気持ちを落ち着かせたレティシアは、審問官の前に座ったジオ・ゼアを見つめる。



 彼ほどの魔導士ならば、レティシアの魔力の揺らぎに、間違いなく気付いただろう。しかし、金色の瞳は伏せられたまま俯いている。



 こちらを見ようともしない様子に、胸が痛んだ。



 夜、音もなくバルコニーに降り立ち、「こんばんは」と部屋に入ってくるなり菓子を頬張り、軽口を叩き合っていたのは、ほんの3日前だというのに……



 のんびりとした口調で「お嬢さん、毛布は?」と催促してきて、眠い目をこすりながら猫のように丸くなって眠る黒衣の魔導士が、今はとても遠くに感じた。急に手の届かない場所に行ってしまったような、そんな気がした。



 審問官による経緯が説明され、ジオ・ゼアの拘束に至った調査隊の報告が、淡々とされていく。すべて都合よく作られた状況証拠の数々。そして、目撃者とされる男の証言がつづく。



 あまりによどみなく進んでいく審問会は、まるで、台本にある台詞を読んでいるようだった。犯人に仕立て上げられていくジオ・ゼアを見て、レティシアは憤る。



 調査報告について、貴族たちから意見がだされるなか、



「現場に居合わせたエディウス卿とわたしの娘は、湖で闇の魔力は感知できなかったと云っております」



 レティシアの母であるスペンサー侯爵も声あげた。



 しかし審問官は、「報告書に追記しておきましょう」とだけ云い、調査隊の指揮をとるトライデン公爵に目配せするなり、すぐに閉会を宣言した。



「今回の皆様の意見を加味し、調査報告書を精査致します。後日、容疑者の処遇を決定します。これにて、審問会は閉会いたします」



 ジオ・ゼアが反論する機会は、一度も与えられなかった。あまりに一方的な審問会に、レティシアは愕然となる。



 あんまりだ。こんなことって……



「まだ、終わらせない」



 少しでも、ジオ・ゼアに優位になるような事実を伝えなければ!



 審問官に走りよろうと席から立ちかけたレティシアは、直後、鋭い視線を感じて立ちすくんだ。



 拘束されたまま議会場から連れ出されようとしていたジオ・ゼアが、はじめて振り向き、金色の眼光が鋭利な刃のようにレティシアを突き刺してくる。



 あの日、陽光が降りそそぐ図書館で出会ってから数か月。こんな目で睨まれたことは1度もなかった。



 金縛りにでもあったかのように、一歩も動けなくなったレティシアの視界から、ジオ・ゼアが消え、気が付いたときには審問官の姿も議会場から消えていた。



 一報が届いたのは、それから数時間後。



 容疑者ジオ・ゼア—— 逃亡。






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