目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第8話



 他者の魔力を感知できるほどの魔力を持たない母ローラが、いったいどうやって屋敷を出入りする闇の魔力に気付いたのか。



 それは——



「ジオ・ゼアと皇宮ですれ違ったとき、なぜかレティシアが作っている薬草の匂いがしたのよ。それも会うたびにね。おかしいと思って問い詰めたら、簡単に白状したわよ。もう、けっこう前の話だけど」



 あの男……それならそうと云ってくれればいいのに。



「でも、それ以上は何も云わないのよねぇ。いつレティに出会ったとか、何をしているとか」



 闇の特級魔導士が、夜な夜な娘の部屋に侵入している。



 それに気づいたとき。問題がないわけではなかったが、咎めるのを躊躇したローラである。



 なぜなら、皇太子急襲事件が長期化するなか、ゼキウスが屋敷に戻れない日がつづいていた。



 同時にローラの中では、ある疑念がずっと渦巻いていた。すでに事件性はなく偶発的なものであったと処理された6年前の洗礼式。



 トライデン家のエディウスが毒蛇ジャガースネークに襲われ、身を挺して庇ったレティシアが生死をさまよったあの一件は、本当に中央神殿に紛れ込んだ毒蛇による不幸な出来事だったのだろうか。



 疑念を払拭できないでいたローラは、皇室を支持する立場上、自分の家族がふたたび襲われないとは限らない、という不安な日々を過ごしていた。



 そんなときに現れたオルガリア皇国最強の特級魔導士は、これ以上ない優秀な護衛要員だった。ゼキウスが云うとおり、品行方正とはほど遠く、人にしても仕事にしても、好き嫌いが激しく、気まぐれな男。



 しかしローラは、魔導士であるジオ・ゼアの強さを誰よりも知っていた。どんなに不利な状況下でも任務は必ずやり遂げるし、一度自分の懐に入れた者を無碍むげに扱うような男ではないことも知っていた。



 この偏屈な魔導士が、娘を気に入っている理由は不明だが、レティシアはまだ9歳だ。19歳のジオ・ゼアが、特別な感情を抱くとは到底思えないし、「それなら居てくれた方が安全かも」と、ローラは目をつぶることにしたのだった。



 が、しかし——



 ジオ・ゼアが容疑者として拘束されたとなれば、話は別だ。この2人が頻繁に会っていた理由を知っておきたい。



「それで——レティとジオ・ゼアは夜中にこそこそと、いったいナニをしていたのかしら?」



 父ゼキウスの耳に入ったら、まちがいなく『聖印持ち』同士の闘いがはじまりそうな云い回しで追求してくる母に、レティシアは観念した。



「じつは……」



 アシス中央図書館でジオ・ゼアと出会ったことから、『魔毒士』の特務試験合格をめざしていることまで、レティシアの口からすべてを訊いた母ローラは「う~ん」と唸った。



「魔毒士かぁ。まあ、冒険者になりたいって、云わないだけ良かったのかもしれないけど……でも、特務機関もそこまで変わらないような……」



 たぶん大騒ぎするであろう、夫の姿が目に浮かんだ。



「特務機関だとっ! 危険な遠征任務ばかりじゃないかっ! よし、俺も特級魔剣士になってアンナマリーに随行するぞ!」



 将軍職をさっさと辞して、軍部に大混乱を巻き起こしそうだ。



「さて、どうしようかな」



 女侯爵は、さらに頭を悩ませた。



 それから3日後。



 レティシアは審問会に、無事出席することができた。



  注目を集めた審問会が執り行われるのは、すり鉢状になった円型の議会場で、開始時間が近づくにつれ、どんどん人が集まりはじめる。



  『皇后陛下の御茶会』以来となるレティシアの姿に、噂好きの貴族たちからは好奇の視線が向けられてくるが、となりに座るエディウスが赤い眼でギロリと睨みつけると、視線は次々と逸らされていく。



「エディ、そんなに怖い顔をしなくていいわ。貴方の評判が悪くなってしまう。こうなることは判っていたから平気よ。気を遣わなくていいわ」



「レティこそ気にしなくていい。俺ならいつも、こんな顔で皇宮を歩いているから、なんの問題もない。それに、不躾・・・連中・・になんと思われようが、俺は一向にかまわない」



 エディウスがわざと声を大きくして強調した「不躾な連中」には、皇族席からの熱い視線も含まれていた。





 ◇  ◇  ◇  ◇  





 議会席の中央には、板張りで間仕切りされた皇族専用の公聴席がある。本日、そこにいるのは——



「ルーファス! 見ろ、あそこに、レティシア嬢がいる。見えているか、ルーファス!」



「人の名前を連呼しないでください。殿下のすぐ後ろに立っているんですから、もちろん見えていますよ。それにしても、審問会に参加されるとは、僕も予想していませんでした。スペンサー侯爵令嬢は、徹底的に皇宮を避けていましたので、金輪際、殿下とは関わり合いたくないものとばかり思っていたのに、いったいどういう心境の変化があったんでしょうか」



 たしかに、避けられるような失態を犯したのは事実であるが、そうはっきり云わなくても……



 側近の性格の悪さは、今日も健在だった。



 本日も絶好調なルーファスの嫌味に、たまには嫌味で返してやろうとしたサイラスが、レティシアから視線を外しかけたときだった。



 バチッ——射殺さんばかりに、こちらを睨みつけくる紅い眼光と目が合った。



 あの赤髪。あからさまに感情をさらけ出してくるエディウスとは逆に、冷めきった視線でサイラスは見つめ返す。



 しかし内心では——嫉妬の炎がメラメラと燃え盛っていた。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?