愛妻と愛娘のやりとりに、父ゼキウスは動揺を隠せなかった。
「いったいどうして、そんなにジオ・ゼアの肩を持つんだ。ローラはまだしも、アンナマリーは会ったこともない男じゃないか」
頻繁に会っています。一昨日の夜も屋敷にやって来ていました。廃墟に行っているヒマはそこまでないと思います──とは、さすがに云えないレティシアだったが、父ゼキウスの目を見て断言した。
「会ったことがあろうと、なかろうと、これだけは確かなのです。あの湖で攻撃できるほどの魔力を持っていたのは、わたしとエディだけです。闇属性の魔力は一切感知できませんでした。それなのに、蛇が魔力で操られていたなんて、おかしいと思いませんか、父さま」
「それは……たしかにそうだが。でも、アンナマリーは、どうしてジオ・ゼアが闇属性だと知っているんだ?」
「…………」
父は案外、鋭い指摘をしてきた。
「……聞いたことがあって」
「だれに?」
加えて、しつこかった。
こういうときは、勢いで押し切るのが、前世も今世もレティシアのやり方である。
「だれに聞くまでもなく! 特級魔導士様を知らない人なんていませんよ。ああ、いったいどんな御方かしらぁ~ わたしも1度でいいから、お会いしてみたいなぁ~」
もう、会っているけど。
誤魔化すレティシアに、ゼキウスは顔を青くして慌てた。
「い、いったい、いつから魔導士に興味を?! しかも、ジオ・ゼア! 俺が云うのもなんだが、アイツの口の悪さは酷いぞ! 貴族相手に平気で暴言を吐くし、特務機関での態度もデカイ! 好き嫌いの激しさは皇宮随一だ!」
それは充分理解している。
そんなジオ・ゼアだからこそ、恐らく敵も多いにちがいない。平民出身ということもあって容疑者にするには、うってつけの人物なのだろう。
月が天頂に輝く頃、分厚い本をかかえ、
「こんばんは、お嬢さん。今夜は、サーベルみたいな
闇に紛れてバルコニーに現れる魔導士は、いまどうしているだろうか。
月明かりも届かないような、暗く冷たい地下牢で、魔力制御の拘束具を付けられているかもしれない。
夜空のような髪と金の瞳を持つ彼に、食事と温かな毛布を届けてくれる人はいるだろうか。
浮遊魔法でのんびりと大気のベッドに横たわりながら菓子を頬張る彼を、
「ジオ・ゼア! もう、プカプカしながら食べないでよ。床が食べかすだけじゃない!」
椅子に促してやる見張り役は──いるわけないか。
その夜、母ローラの執務室を訪れたレティシアは直談判した。
「母さま、3日後の審問会に、わたしも同席させてください。あの場に居合わせた者として、どうしても納得できません」
今回の急襲事件に関わりのある皇族と貴族、調査を担った者たちが列席する審問会では、事件の経緯が説明され、意見が交わされる。ジオ・ゼアが身の潔白を証明できるのは、その日だけだった。
「ジオ・ゼアが犯人ではないと、レティは確信しているのね」
「はい。皇太子殿下を襲った蛇に、魔力の痕跡はありませんでしたから」
問題は、確実に皇太子を狙っていた100匹を超える蛇を、いったいどうやって魔力無しで操っていたかということだ。できればあのとき、1匹でもいいから生け捕りにして調べたかった。
しかし、今さら云ってもしょうがない。エディウスの火炎弾により、ほとんどの蛇は
とりあえず、いまできることは、審問会に出席してジオ・ゼアの無実を証明してやることだ。
「それ以外にも、いくつか不可解な点があります。母さまが云うように、ジオ・ゼア様が報酬目的だったとは考えにくいですし、そもそも皇宮の敷地内にある特務機関にいれば、おのずと調査隊の動向はわかるはずです。反皇族派の動きに厳しい目が向けられているなか、毎日のように組織のアジトに通うなんて……そんな馬鹿なマネをする者は、さすがにいないと思います」
「そうでしょうね。毎晩のようにジオ・ゼアが、アジトに足を運んでいたというのは、おかしな話だわ」
納得顔の母は、そこで悪戯に目を細めた。
「だってジオ・ゼアが、3日と空けずに頻繁に通っていたのは、廃墟じゃなくてレティの部屋だものね」
「……!!」
レティシアの顔から、サァーッと血の気が引いていく。
「父さまには内緒にしておいてあげるから、何を企んでいるのか白状なさい。審問会への参加についてはそれからよ」
盟主と名高い女侯爵には、完全にバレているようだ。