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第6話



 ジオ・ゼアとの交流はその後もつづき、季節は夏が過ぎ、そろそろ社交シーズンも終わりに近づいてきた。



 いつものように、昼過ぎに目覚めたレティシアは、部屋でひとり机に向かい、これまでに読破した魔毒に関する書物の知識を、より分かりやすく体系別にまとめていた。



「たしかに複雑ね。これだけ多くの毒種が存在するとなると、毒のサンプルを抽出するだけでも、大変な作業だわ」



 毒を抽出したあとは、さらに大変だ。



 前世とはちがい、電子質量分析機のような先端技術がない異世界では、毒素の蛋白質構成や生体分子を分析するにあたり、相当な時間がかかってしまう。



 本格的なサンプルの採取をはじめる前に、なんとしても『質量分析器』の代用となるものを作らなければならない。レティシアの計画に、新たな項目が追加された。



 そんな日の午後。



 皇太子殿下襲撃の容疑者が捕らえられた──



 その一報を持ってきたのは、母ローラとともに屋敷に帰ってきた父ゼキウスだった。



「容疑者は、特級魔導士のジオ・ゼアだ」



  久しぶりに家族全員が揃った夕食の席。レティシアは父の話を胡散うさんくさそうに聞いていた。



「ここ数週間、毎日のように廃墟を訪れるジオ・ゼアを見たという者が現れてな。どうやらそこは、反皇国派のアジトらしくて、多額の報酬に目がくらんだジオ・ゼアは、皇太子暗殺の計画に加担したそうだ。前回の湖での急襲は、アンナマリーの見事な対応で失敗に終わったからな。次の計画を練るために連日連夜、廃墟で仲間と会っていたというわけだ」



 コレは絶対に、容疑者に仕立て上げられているわ。



 ジオ・ゼアとは顔見知りらしい母ローラの顔をチラリと見ると、こちらもひどく不服そうな顔をしている。



「これでようやく、金髪バカの警護から解放されて、毎日、帰ってこられる」



 ひとり嬉しそうな父に、レティシアは訊ねた。



「それで、目撃者とはダレなのですか? 反皇国派の仲間とは? 目撃者と反皇国組織との関係性については、どこまで調べがついているのですか? それから次の暗殺計画とは?」



 矢継ぎ早の問いに、ゼキウスはポカンとなる。



「いや、それは……調査隊の方で詳しく調べているだろうから。たぶんトライデンのヤツが色々と報告を訊いて、ジオ・ゼアを拘束したと思うんだが……」



 トライデン家か──これは父よりもエディウスに話しを訊いた方が早そうだとレティシアが思ったとき、母ローラが口を開いた。



「どうにも解せないわ。いかにも都合よく、容疑者をでっちあげたとしか思えない。ジオ・ゼアは特級魔導士なのよ。お金に困っていた様子もないし、そもそも金銭に執着するタイプでもない。貴族に対して良くは思っていなかったとしても、いきなり皇族を襲撃するかしら」



 防御力ゼロのジオ・ゼアが、魔導士の最高位『特級魔導士』だったことに、レティシアは驚きを隠せなかったが、それならばたしかに金銭に困るようなことはないはずだ。



 ギルドにおいて、冒険者たちが実績や能力によってS級からF級までランク分けされているように、特務機関に所属、従事する魔導士や魔剣士にも、それぞれ階級が存在する。



 上から【特級】【上級】となり、役職をのぞけば、それ以外はすべて【一般】階級に属している。特務機関の最高位となる【特級】の階級位を持つ者の条件は、3年以上の優れた任務実績と『聖印』の有無である。



『聖印』とは、守護精霊が覚醒し【聖獣】もしくは【聖霊】となることを意味する。守護者の身体には、その証として美しい紋様の『聖印』が現れ、魔力は格段に跳ね上がり強力となる。



 現在、特務機関の『聖印持ち』は、特級魔導士と特級回復士の2名だけ。



 そのひとりである魔導士に、せっせと本を運ばせていたなんて……



 眩暈めまいがしそうになったが、とにかく母ローラが云うように、ジオ・ゼアが多額の報酬を目当てに雇われたというのは無理がある話だ。



 そもそも、聖印持ちの特級魔導士ともなれば、その給金は一国の将軍クラスに匹敵する。つまり、『大地の聖印』を持つ、父ゼキウスとジオ・ゼアの年俸は大差ないということだ。



 得体の知れない組織がおいそれと出せる金額ではない。



「わたしも、母さまの意見に賛成です。これには何か裏がありそうです。もしかしたらジオ・ゼア様は、わざと拘束されているのではないですか?」



「やっぱり、レティもそう思う? あの特級魔導士がそう簡単に拘束されるはずがないし、特務機関だって大事な戦力を失うようなマネはしたくないはずよ」



「そのとおりです。母さま」




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