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第5話



 その日から、週に3日ほど。



 日付が変わる少し前になると、黒衣に身を包んだ闇の魔導士は、スペンサー家を訪れるようになった。



「こんばんは、お嬢さん」



 得意の浮遊魔法でいとも簡単に、2階のバルコニーに降り立ち、レティシアの部屋がある窓から入ってくる。



「いらっしゃい。夜食を用意しているから食べてね。あとは、寝て待っていて」



 この夜の訪問者にすっかり慣れたレティシアは、本日も準備万端で出迎えた。ジオ・ゼアがせっせと皇室図書館から蔵書を運んでくるようになり、レティシアの生活は昼夜が完全に逆転していた。



「はい、どうぞ。本日、御所望の本です」



「ありがとう」



 受け取った本を夜通しかけて読んでいる間、運び屋である魔導士は、レティシアの部屋に用意された夜食と御菓子を食べ、少し会話を楽しんだあとは、用事がなければそのまま眠ることが多い。



 ジオ・ゼア曰く、「再生回復士ハイヒーラーだけあって、お嬢さんの部屋は心地よい魔力で満たされているから、良い睡眠がとれるよ。不眠症だったのが嘘みたい」だそうだ。



 そんな日がつづいた或る日。



 ジオ・ゼアは首をかしげながら、本を渡してきた。



「これ、本当に必要なの?」



「ええ、必要よ」



 レティシアが受け取った本の表紙には、『国家特務試験~魔毒士基礎編』とあった。



「あのさあ、お嬢さん。もしかして、特務試験を受けるつもりなの?」



「ええ、そうよ。とっても難しいって云ってたわよね。だったら準備は早いにこしたことはないわ」



 レティシアの答えに、面白いようにジオ・ゼアの口が大きくあいた。



「名門スペンサー家の侯爵令嬢が特務試験を受けるなんて……給金はいいかもしれないけど、オススメしない。いっとくけど、かなりの激務だよ。とくに若手は、馬車馬のようにコキ使われる」



「そんなに驚かなくてもいいじゃない。トライデン公爵家のエディウスだって13歳になったら魔剣士の特務試験を受けるそうよ」



「それは、騎士になるからだろ。トライデン家はもともと燃焼系魔法に特化しているから、どうせ騎士になるなら魔剣士の称号もあった方がいいからだ」



「わたしだって回復系魔法に特化しているのよ。どうせなら称号が欲しいわ」



 レティシアの云い分に、それでもジオ・ゼアは首を振った。



「それなら神殿で名誉称号を授かればいい。スペンサー家なら神官たちがすぐに『なんちゃら聖女』とかいう大層な称号を与えてくれるさ」



「そんなお飾りの称号なんていらないわ。わたしが欲しいのは、特務機関が認定する国家称号なんだから。それに、特務機関の回復士と神殿の名誉回復士とでは、実力に雲泥の差があるって、わたしの先生が云ってたわ」



 オルガリア皇国において「称号」とは、神殿から授与されるものと、特化魔法の使い手たちで組織される国家特務機関で認定されるものがある。



 神殿から授与されるのは、いわゆる「名誉称号」と呼ばれるもので、主に貴族たちが箔をつけるために得るものだ。



 それに対して、魔力が関わるあらゆる任務を遂行するために組織されたのが『国家特務機関』であり、国家お墨付きの「称号」を得るためには、難関の特務試験に合格し、特務機関に所属、従事する必要があった。



 受験資格があるのは——


 * 13歳以上の者


 * 属性特化魔法の使い手であること


 * 精霊の守護を得ている者




「4年後、わたしは受験資格を得るわ」



「まぁ、たしかに……それは、そうかもしれないけどさ」



 レティシアの云い分には、ジオ・ゼアも頷くしかないが、それでも、顔をしかめざるを得ない。



「だったら、せめて回復士の試験を受けたらいい。なんで、よりにもよって魔毒士なワケ? 地味なクセに試験は特務試験のなかでも最難関だ」



 特務機関のなかでも、前線で活躍する「魔剣士」「回復士」「魔導士」は、比較的人気がある。それに引き換え、「魔毒士」「魔具士」「解読士」「修復士」は、主に裏方的な役割が多く、長時間労働を余儀なくされることから敬遠されがちだった。



 なかでも「魔毒士」は地味な裏方でありながら、ときとして前線にも駆り出されるという、特務機関きっての激務部門。不人気なことで有名な職種である。



 洗礼式にてレティシアは、回復系特化魔法の使い手であり、再生回復士ハイヒーラーである証明している。魔力の高さ、才能だけなら、階級制である特務機関の上級回復士に匹敵していた。



 どうしても特務試験を受けたいというのならば、せめて花形である「回復士」の特務試験を受けて、名実ともに『称号』を得ればいいのでは、というのがジオ・ゼアの云い分だった。



 しかし、「それじゃあ、意味がないわ」レティシアは一蹴した。



「わたしの目的は、対魔獣用の解毒剤を精製することよ。それにはかなり大きな研究室ラボが必要になってくるし、資金だってそれなりにかかるわ。どう考えても、国庫から財源を確保しないとね。それには、まずは魔毒士にならないと、お話しにならないじゃない」



 いつも以上に、ジオ・ゼアは眉間にシワを寄せてレティシアを観察する。



「目的といい、計画性といい、資金繰りといい、やっぱりさあ、お嬢さんって変化へんげの魔法使ってない? どう考えても、推定60代後半——」



 目にもとまらぬ早さで、レティシアの手から『国家特務試験~魔毒士基礎編』が飛び、ジオ・ゼアの顔面を直撃した。






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