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第3話



 貴族専用の読書スペースは、光彩がたっぷり入るガラスの張りのドーム天井になっている。



 声の行方を見上げたレティシアは、ドームを支える太い梁に身体を横たえ、片肘をつく黒衣の男と目があった。



「そこで、いったい何を——」



 驚くレティシアに「読書だけど」と、男はもう片方の手にある分厚い本を見せる。



「この場所、静かだし、日当たりもいいし、すごく気に入ってるんだけど、貴族専用でしょ。だから、庶民の僕はコソコソとこんなところにいるわけ」



「コソコソしているようには、まったく見えないのですが」



「だって、お嬢さんが面白いこと云うからさ。ついつい応えてしまったんだ」



 レティシアの言葉に笑った男からは、高濃度の闇の魔力を感じる。あきらかに只者ではない。



「かなりの魔力をお持ちのようですが、貴族ではないのですか?」



「そうだよ。めずらしいでしょ。ああ、ちょっと待って、降りるから」



 そう云って男は、浮遊の魔法を使って、ゆっくりと降りてきた。簡単にしているように見えるが、重力と浮力の魔法を同時に操らなければならない高難易度の並行魔法だ。



 目の前に降り立った男の顔はまだ若い。いったい何者なのか。



 警戒心を強めたレティシアに対して、



「へぇ、お嬢さんの魔力ってスゴイな。純度だけでいったら僕より上かもしれない。光属性か……まぁ、でもアレかな」



 男は笑顔で云った。



「今のところ、僕の方が強い。だって僕、魔導士だから——殺そうと思ったらすぐ殺せちゃうよ」



 さらりと告げられた殺害予告に、レティシアの目が細くなる。



 魔導士だろうがなんだろうが、こういう人を食ったような物云いをするヤツが、前世から嫌いだった。



「貴方って、言葉が足りないくせに、後先考えずに思ったことを即、口にだしてしまうタイプですね。ダメですよ、それ。たいていの場合、マイナスにしか作用しませんから」



 貴族とはいえ、年下の少女から思わぬ反論をされ、ここではじめて、黒衣の男は目を見開いた。



「そんな風に返されるとは想像していなかった。予想外なお嬢さんだ。でも、あれ? もしかして変化の魔法か? きっとそうだ。肌の質感から何から完璧だな。見た感じ10歳くらいにしか見えないけど……まって、云わないで。いま年齢を当てるから。う~ん、やけに達観した態度といい、図太さといい、面の皮が厚そうなところといい、わかった! 実年齢66歳!」



 その瞬間、男の真後ろにある書棚から一番分厚い本が飛びだし、男の後頭部を直撃した。もちろんレティシアの仕業である。死角からの攻撃に、男は呻き声をあげた。



「痛っ~~~! なにそれ、僕を殺す気?!」



 この一連の動きで、レティシアはピンッときてしまった。



「貴方って、もしかして、防御はからきし。攻撃だけ特化した魔導士ですか?」



 図星だったのか、男の顔がみるみる仏頂面になっていく。



「人が気にしていることを、そんなにはっきりと云ったらダメじゃないか。66歳にもなって、そんなこともわからな——」



 直後、2番目に分厚い本が、防御力ゼロの魔導士の脳天を直撃した。


「失礼な人ですね。女性の年齢を何度も口にするなんて。それから、わたし9歳ですから。世間的にみて精神年齢はもう少し上かもしれませんが」 



「ウソだぁ! 絶対60後半だって——ぐあっ!」



 男の足元に落ちていた本を急浮上させたレティシアは、こりない魔導士の顎を下から正確に狙い撃った。見事なアッパーが決まり、ついに男が膝をつく。これで、視線がようやく合った。



「レティシア・アンナマリー・スペンサー、9歳です」



 顎を押さえてうずくまった男が、



「スペンサー侯爵家?!」



 今度こそ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔になる。



「貴族なのに……自分から名乗っちゃうの? 覚えてる? 僕、平民って云ったんだけど。もう忘れたの? 意外とバカなの?」



「どうやら、あと4、5発、頭部を中心に刺激する必要がありそうですね」



 笑顔を浮かべたレティシアが、魔力を高めると男はあわてた。



「ああ、嘘、うそ! 僕は、特務機関の魔導士ジオ・ゼア! よろしく、えーと、なんて呼べばいい? スペンサー侯爵家のお嬢様」



「なんとでも。『お嬢さん』でもいいし、名前でもいいわ。よろしく、ジオ・ゼア様」



 自分から手を差し伸べてきたレティシアに、恐る恐るといった感じでジオ・ゼアの手が重ねられる。



 互いの指先で、わずかに闇と光の魔力が反発し合ったが、すぐに共鳴をはじめた。第一印象は最悪だったが、どうやら相性は悪くないようだ。



 闇の魔導士は、ゆっくりと体勢を直し、しっかりと片膝をついた。



「なんていうか……お嬢さんは、素敵だね。僕の知っている貴族連中とはまるで違う。やっぱり、ローラ様の娘だからかな」



「母さまを知っているの?」



「もちろん。皇国内で、ローラ様を知らない人を探すほうが難しいよ。それに、僕にとっては特別な人なんだ。彼女のおかげで魔導士になれたようなものだし。だから、僕に敬称なんていらないよ。ジオ・ゼアと呼んで、お嬢さん」



 母ローラを知る魔導士は、そう云って、はじめて本当の笑みを浮かべた。






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