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第2話



「たのしみ~」



 興奮のためか、久々に寝つきが悪かった夜を経て、本日さっそく──皇宮に向かう母と兄を見送ったレティシアは、首都のど真ん中にある『アシス中央図書館』を訪れた。



 芝生が広がる広場を取り囲むように、医療施設、行政舎、商業取引所、劇場があり、商業取引所の奥には、十数年前に父ゼキウスが所属していたギルドの看板も見える。



 3階建ての大きな図書館は、医療施設の隣りにあった。



 付き添ってくれた侍女と図書館の1階で別れ、案内板に従って専門書が並べられた3階へと向かう。



 ゆっくりと螺旋階段を上りながら、レティシアは館内を見渡していた。



 1階は、児童書や物語が多いのね。



 2階は、前世でいうところのノウハウ本や歴史書、教育関連か……



 カテゴリー分けされている蔵書を見るのに忙しく、周囲の視線には気が付かなかった。



「か、かあさん、見て。絵本と同じだ。本物のお姫様だよ」



 1階で絵物語を読んでいた少女が、母親にささやく。



「か、かあさんも、はじめてみたよ。あんなに綺麗なお姫様」



 ここは主に庶民が利用する図書館である。あきらかな高位貴族の令嬢とわかるレティシアの姿は、注目の的となっていた。



 本人が気付かないうちに、目立つにいいだけ目立ったレティシアは、目的の3階へと到着。1階、2階とちがって、3階は閑散としていた。



 ここには、皇室図書館で不要となった本が寄贈されてくるようで、書棚に並ぶ本を見ると専門書がほとんどだった。



 どうりで人気がないわけだ。とくに一番奥にある禁書と呼ばれるブースは、貴族専用の読書スペースとなっているせいか、本当に誰もいない。



 なかなか集中できそうな環境ね。



 分厚い書物が整然と並ぶ棚を目で追い、レティシアはようやく目的の1冊を見つけ出した。



『古代☆魔法全集~魔獣篇~』



 魔力を持つ獣、それが魔獣。レティシアが読みたかった【魔獣篇】には、体系別に魔獣が分類され、生態や特徴、生息地などについて詳しく記述されていた。



「えーと、なになに……高位の魔獣は知能指数が高く、人里から離れた場所に生息していることから、滅多に目にすることはない……低位の魔獣は群れを形成する。場合によっては人を襲うことが報告されている。なるほど」



 報告によれば、多い時で年数回、地方の村が襲われたとある。



 人間に害をなす害獣と認定された場合、依頼を受けた冒険者、あるいは国家特務機関に属する魔導士や魔剣士たちが討伐にあたっているようだ。



 魔獣は、オルガリア皇国内だけではなく、アウレリアン大陸全域に分布していることから、地域よって生息する種も様々だ。



 【魔毒篇】にて、体内に毒素を持つ魔獣がいることを知ったレティシアは、前世のさがか、この魔力を秘めた自然毒に非常に興味を惹かれた。



 成分表をみてみたい。どこかに記載されてないかな。



 残念ながら前世よりも科学技術が数百年は遅れている異世界において、質量分析器などという最先端の機器はない。



「でも、毒による被害も多く報告されているから、毒素の研究や対策はされているはず」



 前世でいうところの薬学研究者は、異世界アウレリアン大陸では【魔毒士】と呼ばれている。彼らがきっと、何らかの方法で毒成分を解析して記録しているにちがいない。



 そんな期待を込めて、しばらく読み進めたレティシアだったが、



「ダメだわ、これ。マジで遅れてるんだけど……いや、もう少し突き詰めて仕事しなさいよ。研究者なんだからさ」



 悪態をつきながら、貴重な【魔獣篇】の上に突っ伏した。



 【魔獣篇】を読む以前に、レティシアが熟読していた【魔毒篇】では、異世界における毒のスぺシャリト『魔毒士』たちによって、古代魔法で精製された有毒物質が詳しく記されていた。



 例えば、毒素の構成要素であれば『主成分:悪魔の尻尾……血固魔法キラゾル』などなど。じつにこと細かに分析され、解析過程では解毒魔法についてまで触れていたというのに……



 あらゆる研究結果が残っている古代魔法毒に対して——自然界に生息する植物やキノコ類、魚類、貝類、いわゆる体内に毒を持つ動植物の自然毒の分析については、ほとんどされていない。



 なかでも自然毒最強の猛毒を持つ魔獣種の毒素研究については、目を疑うレベルでからっきしだった。



 いやいや、なんで? 



 これでは毒系魔獣に襲われた人がいた場合、どんな症状がでて、どんな対処方がベストなのか、分からないではないか。そして、当然ながら解毒剤も存在していない。



 基本的には、魔獣の毒に侵された場合、魔毒士が魔法によって解毒するようだ。レティシアに素朴な疑問が浮かぶ。



「もし、近くに魔毒士がいなかったら?」



 【魔獣篇】の巻末には、至極真面目に記されていた。



* 毒系魔獣に遭遇しないよう、充分注意しましょう。


* 毒系魔獣に噛まれないよう、周囲を警戒しましょう。


* 毒系魔獣に噛まれたときは、魔毒士に相談しましょう。




「アホか……」



 レティシアは天を仰いだ。



「なんとなく【魔毒篇】を読んだときから嫌や予感はしていたのよ。魔法毒ばっかりで、自然毒にはほとんど触れていなかったら……でもきっと【魔獣篇】になら記述があるだろうと期待したのに」



 貴族専用の読書スペースに人がいないこともあって、文句が次々と口から出てくる。



「そもそも魔毒士の絶対数が少ないのに、首都以外でどうやって探せっていうのよ。まったく危機管理がなってない。重要なのは、毒素の解析に基づいた解毒剤の精製よ。どうしてこんな簡単なことに気が付けないのかしら?」



「バカが多いからだ」



 いきなり天井から声が降ってきて、レティシアは飛び上がった。







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