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第12話



 皇太子である自分に対してあまりに無関心で、『皇太子妃候補になる気なんて、さらさらありません』と云わんばかりの態度に、実はちょっと傷ついていたサイラス。



 それゆえ、余計に気になってしまった。では、彼女が好きなもの、興味があるものとは、いったい何なのだろうか。



 庭園を案内することになり、他の令嬢たちの話に耳を傾けつつ、後方から面倒そうについてくるレティシアを、チラチラとみていたのだが……



 そこに、異様に目ざわりなふたりがいた。



 なんだ、あのふたりは——ベッタリと、くっつき過ぎだ。



 自分は近づきたくても近づけないという、もどかしさもあって、彼女のとなりに当たり前のように立っているふたりの男が、とにかく気にいらない。



 右にいるは、実兄のロイズ卿か。まぁ、家族は仕方がない。しかし、もうひとりは——トライデン公爵家のエディウス。アイツは、ただただ目ざわりだ。



 サイラスの記憶によれば、ふたりは同じ年齢で、互いの領地も隣接していることから、交流も頻繁にあると聞いていた。それで仲が良いのかもしれない。



 いわゆる、幼馴染ってやつだな。



 正直、エディウスが羨ましいサイラスである。僕の幼馴染は、死んだ魚の目をした毒舌ルーファスだというのに……なんとも不公平だ。



 さらには、レティシアとエディウスは、ともに特化魔法の使い手。サイラス自身も水属性の魔力を持っているが、あのふたりの高濃度魔力に比べたら無いに等しい。せいぜい庭の水やりができる程度だ。



 幼馴染にしろ、魔力にしろ。



 エディウスに対して嫉妬を感じたのはたしかだが、それが表に出るような生半可な帝王教育は受けていないサイラスは、限界まで視界をせばめることで、両隣の男たちをできる限り排除し、レティシアの様子をうかがう。



 紫の髪にゆれるシフォンのリボン。ドレスはシンプルながら、リボンと同じ薄紫色のレースがふんわりと揺れるデザインで、さながら妖精のような可憐さがある。



 やっぱり、とても可愛らしい。そう思って見ていたら、湖畔の老樹を見つけたスペンサー侯爵令嬢が、はじめて口元に笑みを浮かべた。



 その顔を目にしたとき、サイラスの胸が高鳴った。あっ、かわいい。あの笑顔、好きだな。ちょっと顔にでてしまっていたかもしれない。



 黒蛇の急襲を受けたのは、そんなときだった。



 初恋の淡い想いが、悪夢へと変わる。あまりに恥ずかしい自身の失態に気が付いたとき、レティシアの小さな手がそっと、汚れた下衣に触れていた。



 特化魔法の使い手である少女にとって、生活魔法は容易いのだろう。有り余る魔力で、湿った生地は一気に乾いていた。



 感情を抑制できなくなったのは、彼女の声が耳に届いたときだった。



「殿下、立てますか?」



 落ち着き払った態度で、差し伸べられた手。無性に悔しかった。



 これまで感じたことがないほどの腹ただしさと不甲斐なさに襲われ、気が付いたときにはもう——



「……さ、さわるな!」



 音がするほどの強さで、自分よりずっと小さな手を弾いていた。



 そして勢いのままに、



「この薄気味悪い——ヘビ女!」



 ほかの貴族令嬢たちが見ている前で、大声で罵ってしまったのだ。



 何度思いだしても、後悔するばかり。力なく椅子に座り、溜息ばかり吐くサイラスに、優しい気遣いを見せる幼馴染はいない。



「殿下、この世の終わりのような顔をするのはまだ早いですよ。皇后陛下がお呼びです。真の地獄は、ここからでしょう」



「…………」



 たしかに、そうかもしれない。



 どんな顔で、何を云われるかは、すでに想像がついている。痛めた胸をさらに抉られ、執拗に責め立てられ、追い込まれるだろうな……



 耐えられるだろうか。



「自業自得か……」



 深い、深い、溜息を吐き、サイラスは椅子から立ち上がった。






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