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第10話



 湖畔に響いたサイラスの声。



 それは、ロイズの案内で駆けつけたローラや皇后エリスたちが到着した直後だった。老樹を囲うように座り込んでいた令嬢たちも、一斉にサイラスとレティシアに注目している。



 桟橋には、エディウスの火炎弾ファイアーボールに被弾し、黒焦げになった蛇の死骸が点在していた。



 この状況で、「この薄気味悪い——ヘビ女!」サイラスの言葉は、周囲の誤解を招くには十分だった。皇后の護衛をつとめる数名の近衛騎士が進み出てくる。



 この惨状を引き起こしたのは——スペンサー家の令嬢なのか。彼らは、皇后エリスの命があり次第、直ちにレティシアを連行するつもりだった。



 頭のなかに英雄将軍の影が多いにチラついたが、皇后の命令が下れば、使命をまっとうするよりほかない。きっと、ゼキウス将軍も分かってくれるはずだ……きっと……



 そのとき、風もなく空気が揺らいだ。純度の高い魔力が、激しく波打っていた。その発生源は、少し離れた場所から湖面を警戒しつづけていたエディウスだ。



 火炎系特化魔法の使い手であるトライデン家の子息とはいえ、まだ9歳の少年から凄まじい熱量が放出されているのをみて、騎士たちは驚きを隠せないでいた。



 あきらかな敵意。皇室に対しての反乱分子とも捉えることができる。しかしながら皇族に連なる名門トライデン家の子息となれば、容易に剣を抜ける相手ではない。



そ もそも、トライデン公爵家の子息が、ここまで怒りをあらわにする理由がわからない。皇太子サイラスが声を荒げたのはスペンサー家の令嬢だったはずなのに、なぜ。



 ふたたび緊張感の高まった湖畔に、皇后エリスの声が響いた。



「全員、鎮まりなさい」



 周囲の状況を目に焼き付けるように、ぐるりと見回したエリスは、騎士たちに指示する。



「まずは令嬢たちを安全な場所へ。それから陛下に報告を」



 次に、桟橋へと視線を向けて、



「エディウス卿とレティシア嬢は、わたくしと共に来て頂きます。今、この状況を最も的確に説明できるのは、あなたたち以外にいないでしょうから。スペンサー侯爵にも同行してもらいます」



 反論は一切受け付けないという厳しい口調。レティシアはすぐさま「はい、皇后陛下」頭を下げ、エディウスに目配せする ——いまは、抑えて。必死に目で訴える。



 今ここで、エディウスに反皇室派のイメージをつけるわけにはいかない。彼は将来、皇国の中枢になくてはならない人材になるだろうから。



 顔を背けたままの皇太子に一礼し、レティシアは手にしていた短剣をそっと芝の上に置いた。もうこれ以上、刺激しないほうがいい。声をかけずにゆっくりと立ち上がり、いまだに熱がおさまらないエディウスへと近づいていく。



「行きましょう」



 そして、小声でささやく。



「エディ、お願い。もう少し魔力を抑えて。そうじゃないと、これ以上、貴方に近寄れない。火傷やけどしそうよ」



「……ごめん! 大丈夫か?」



 その瞬間、エディウスから放たれていた熱量が嘘のようにおさまっていく。



「大丈夫よ。ちょっと、熱かっただけ」



 良かった。ホッとしたレティシアと同じく、近衛騎士たちも安堵の表情を浮かべたが、すぐに皇后の命令に各々おのおのが動きはじめる。



 騎士たちにまもられながら、皇宮へと移動をはじめた令嬢たち。皇太子サイラスのそばには、すでに側近のルーファスがついていた。



「レティ」



 差し出されたエディウスの手に、自分の手を重ねたレティシアは、湖畔を後にして歩きはじめた皇后一行のあとを急いで追おうとしたとき。重ねられたレティシアの指先を、エディウスが握った。



「何も心配しなくていいから。何が起きたかは、俺が全部説明する。レティの判断は正しかった。あの状況では、間違いなく最善だった」



「ありがとう」



「それから、アイツの言葉は気にするな。俺は1度たりとも、レティシアのことも、守護精霊のことも、不快に感じたことはない」



 皇太子殿下を「アイツ」呼ばわりするのはどうかと思うが、嘘偽りのないエディウスの言葉が胸に響く。



「ありがとう、エディ。貴方がいてくれて良かった」






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