オルガリア皇国の皇太子 サイラス・レイズ・オブ・オルガリアは、笑顔を張り付かせた顔面に疲労を感じてきていた。
いったい、これはいつまでつづくのか……
覚悟はしていたものの、想像以上の過酷さに、母である皇后エリスをチラリと見れば、笑顔のままギロリと睨まれた。
恐ろしい。助けを求めるかのごとく、斜めうしろに控える側近ルーファスを見れば、死んだ魚のような目をしていた。あれはあれで、怖い。
今シーズンの社交界の幕開けとなる『皇后陛下の御茶会』は、皇宮内の最奥にある美しい庭園で行われていた。
招待された名門貴族たちの挨拶は、公爵家からはじまったのち、到着した貴族たちの早い順で行われていく。招待されたのは、公爵家から子爵家までの11家。
「皇国の慈母、皇后陛下、ならびに若き太陽、皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
こんな小っ恥ずかしい挨拶を、あと何回聞かされるのだろう。慈母ってダレだ。若き太陽ってなんだ。
この『御茶会』の意味するところは明白だ。なぜなら、皇太子である自分がはじめて参加しているのだから。皇太子妃候補の選定。
その第一段階である『御茶会』に招待された令嬢たちは、だれもが美しく着飾り、希望に満ち溢れた目を向けてくる。
殿下、わたくしをお選びください。
キラキラした視線が、これでもかと訴えてくるのだ。
未来の皇太子妃は、この中からさらに絞り込まれ、皇宮での妃教育のなかで、あらゆる能力と資質を問われつづけるだろう。とくに、うしろで死んだ魚の目をしている男によって。
過酷を極めるであろうことは、容易に想像がつく。いったい何人が、最終候補まで生き残れるだろうか。もし自分がその立場だったら、絶対に皇太子妃候補にはなりたくないと、サイラスは思った。
御茶会がはじまって、およそ2時間。招待された貴族たちの長々とした挨拶が、ようやくひと段落しようとしていたときだった。
年季の入った鉄仮面のごとく笑顔を貼り付けていた母の口元に、わずかながら
恐母の視線を追ったサイラスは、招待客が出入りする
華美とは対極に位置する装いでありながら、一流の服飾人があつらえたと判る洗練されたドレスを見事に着こなしているのは、名門スペンサー家の当主であるローラ・ロザリアンヌ・スペンサー侯爵。
社交界では『オルガリアの華』と称えられる女侯爵で、上品に結われた紫色の髪が、高貴な姿をより一層引き立てていた。
聞くところによると、皇后となった母とは皇太子妃候補時代に最終候補まで競い合い、決定がくだされる直前で「爵位を継ぐ」という理由で、妃候補を辞退したという話だ。
「皇后陛下ならびに皇太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
膝を折ったスペンサー侯爵は、「慈悲」やら「太陽」やらの装飾を一語も付けずに頭を下げた。
流れるような美しい所作は社交界の華にふさわしい優美なものだったが、それ以上にサイラスの目を奪ったのは、スペンサー侯爵が膝を折った瞬間、チラリとみえた皆目麗しい令嬢の姿だった。
侯爵と同じく美しい所作で膝を折る令嬢は、紫髪を見事に受け継いでいる。
彼女こそが、その身に膨大な魔力を有し、高位精霊の加護を受けた稀なる
サイラスより3歳下の令嬢は、やけに大人びていた。母である侯爵同様に、他の令嬢とは
俄然、興味が湧いたサイラスは、母親同士の形式的な挨拶が終わったあとに、
「サイラス・レイズ・オブ・オルガリアだ」
はじめて自分から声をかけた。可愛らしい笑顔を見てみたい。
期待に胸を膨らませた皇太子に対して、
「レティシア・アンナマリー・スペンサーです」
愛想笑いすらしない令嬢。サイラスの口元が引きつる。なんて、あからさまなんだ。レティシアの顔は雄弁に語っていた。
わたし、アナタにまったく興味ありませんけど──