毎月恒例の『
「母さま、およびですか?」
レティシアは、執務室を訪れていた。なぜかそこには、非常に厳しい表情の父と兄の姿もある。何事かと母の顔を見れば、呆れ顔で「このふたりは気にしないでいいから」と、さっそく本題に入った。
「レティシア、春になったら今年は母さまと一緒に首都に行きましょう。たぶん、夏過ぎまであちらで過ごすことになると思うわ」
侯爵であるローラは、新たな法案の審議会や評議会に参加するため、春先になると領地から首都アシスにある邸宅へと移るのが常だ。レティシアが同行することもあったが、首都に滞在するのは1週間ぐらいで、あとは領地に戻っていた。
「春から夏過ぎということは、社交シーズン中ということですか?」
察しのいい愛娘に、ローラは笑みを浮かべた。
「そうよ。じつは、社交シーズンの幕開けとなる『皇后陛下の御茶会』に、今年はレティとロイズも招待されたの」
「行かなくていい」
間髪を入れずに云ったのは、父ゼキウスだ。
「ただの御茶会ではない。皇太子も参加するのだから、つまらん慣例行事のはじまりにすぎない」
兄ロイズもつづく。
「まさに、つまらないこと必至! 国費の無駄遣い、嗚呼、無駄遣い! レティ抜きのクジ引きでもして、さっさと決めればいいものを。いちいち御茶会なんか開いて仰々しい」
「そのとおりだ、ルーディス! さすが、我が息子! 皇太子妃候補の選定など馬鹿げている! アンナマリーは選ぶ側であって、誰かと比べられるような存在ではない!」
「父さま、激しく同感です! 皇太子ごときが、レティを見定めるとは笑止千万! 無駄遣いの御茶会で可愛いレティを一目見たら……おそらく、皇太子は他の候補者なんて目に入らなくなるでしょう! すぐさま候補に選んで、ダラダラと皇宮に留め置くにちがいありません!」
皇族に対して、一切の敬意を払わない男ふたりは、
「父さまといっしょに、領地にいよう。アンナマリーのためなら、将軍なんていつでも辞めてやる。領地とアシスの行き来なんか、やってられるか!」
「腹のさぐり合いばかりする令嬢たちとの御茶会よりも、新しい薬草茶を作る方がずっと有意義だと思わないかい?」
説得に必死だった。だが、しかし──
「母さま、わたし行きます」
レティシアは即答した。
「な、なぜなんだ、アンナマリー! 父さまよりも皇宮がいいのか?!」
ひどく取り乱した父の言葉にも動じない。
「はい。以前から皇宮にある皇室図書館に行ってみたかったのです」
バッサリといった。ヘナヘナと膝を付いた父ゼキウスのとなりで、ロイズも唇を震わせる。
「レ、レティ、そんなに皇太子がいいのか……僕よりも?」
「皇太子殿下とお兄さまは、比較対象になりません」
これも、バッサリ。ガックリとうな垂れた父と兄を前にして、レティシアは母ローラの顔をチラリと見た。苦笑いの母が、片目をつぶり合図を送ってくる。
これは、フォローせよとのことだ。やれやれ、とレティシアはしゃがみこんで、膝をついた父の首に手を回した。
「皇宮でお仕事をされている父さまを見るのも楽しみ。だって、将軍なんてカッコいいもの」
つぎに、うな垂れた兄の顔を下から覗き込む。
「わたし、お兄さまと皇室図書館でいっしょにお勉強したいの。だって、とっても広いのでしょう? わたしひとりでは、迷子になってしまうから、ずっとそばにいてね」
父と兄が、歓喜したのは云うまでもない。
秋が過ぎ、冬が過ぎ、春が到来。
レティシアは社交シーズンを過ごすため、首都アシスへと旅立った。