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第5話




 毎月恒例の『治癒ヒーリングサロン』が終わって数日後。



「母さま、およびですか?」



 レティシアは、執務室を訪れていた。なぜかそこには、非常に厳しい表情の父と兄の姿もある。何事かと母の顔を見れば、呆れ顔で「このふたりは気にしないでいいから」と、さっそく本題に入った。



「レティシア、春になったら今年は母さまと一緒に首都に行きましょう。たぶん、夏過ぎまであちらで過ごすことになると思うわ」



 侯爵であるローラは、新たな法案の審議会や評議会に参加するため、春先になると領地から首都アシスにある邸宅へと移るのが常だ。レティシアが同行することもあったが、首都に滞在するのは1週間ぐらいで、あとは領地に戻っていた。



「春から夏過ぎということは、社交シーズン中ということですか?」



 察しのいい愛娘に、ローラは笑みを浮かべた。



「そうよ。じつは、社交シーズンの幕開けとなる『皇后陛下の御茶会』に、今年はレティとロイズも招待されたの」



「行かなくていい」



 間髪を入れずに云ったのは、父ゼキウスだ。



「ただの御茶会ではない。皇太子も参加するのだから、つまらん慣例行事のはじまりにすぎない」



 兄ロイズもつづく。



「まさに、つまらないこと必至! 国費の無駄遣い、嗚呼、無駄遣い! レティ抜きのクジ引きでもして、さっさと決めればいいものを。いちいち御茶会なんか開いて仰々しい」 



「そのとおりだ、ルーディス! さすが、我が息子! 皇太子妃候補の選定など馬鹿げている! アンナマリーは選ぶ側であって、誰かと比べられるような存在ではない!」



「父さま、激しく同感です! 皇太子ごときが、レティを見定めるとは笑止千万! 無駄遣いの御茶会で可愛いレティを一目見たら……おそらく、皇太子は他の候補者なんて目に入らなくなるでしょう! すぐさま候補に選んで、ダラダラと皇宮に留め置くにちがいありません!」



 皇族に対して、一切の敬意を払わない男ふたりは、



「父さまといっしょに、領地にいよう。アンナマリーのためなら、将軍なんていつでも辞めてやる。領地とアシスの行き来なんか、やってられるか!」



「腹のさぐり合いばかりする令嬢たちとの御茶会よりも、新しい薬草茶を作る方がずっと有意義だと思わないかい?」



 説得に必死だった。だが、しかし──



「母さま、わたし行きます」



 レティシアは即答した。



「な、なぜなんだ、アンナマリー! 父さまよりも皇宮がいいのか?!」



 ひどく取り乱した父の言葉にも動じない。



「はい。以前から皇宮にある皇室図書館に行ってみたかったのです」



 バッサリといった。ヘナヘナと膝を付いた父ゼキウスのとなりで、ロイズも唇を震わせる。



「レ、レティ、そんなに皇太子がいいのか……僕よりも?」



「皇太子殿下とお兄さまは、比較対象になりません」



 これも、バッサリ。ガックリとうな垂れた父と兄を前にして、レティシアは母ローラの顔をチラリと見た。苦笑いの母が、片目をつぶり合図を送ってくる。



 これは、フォローせよとのことだ。やれやれ、とレティシアはしゃがみこんで、膝をついた父の首に手を回した。



「皇宮でお仕事をされている父さまを見るのも楽しみ。だって、将軍なんてカッコいいもの」



 つぎに、うな垂れた兄の顔を下から覗き込む。



「わたし、お兄さまと皇室図書館でいっしょにお勉強したいの。だって、とっても広いのでしょう? わたしひとりでは、迷子になってしまうから、ずっとそばにいてね」



 父と兄が、歓喜したのは云うまでもない。



 秋が過ぎ、冬が過ぎ、春が到来。



 レティシアは社交シーズンを過ごすため、首都アシスへと旅立った。






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