目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話



 レティシアとエディウスの出会いは、事件のあった洗礼式ではあるが、あのときは会話らしいものは何一つできなかった。



 その後、4歳の誕生日から毎年届くようになったエディウスからの贈り物。必ず添えられている手紙には、感謝の言葉が綴られていた。実際に顔を合わせたのは、洗礼式から5年の歳月が経ったとき。



 スペンサー家が管理するデヴォンシャー領とトライデン家の領地は隣接しており、領主同士の行き来はあったのだが、レティシアの8歳の誕生日に、バラに似た紫色の花束を抱えて、はじめてエディウスは、直接侯爵家を訪れた。



 それからというもの、ほぼ毎月1回、レティシアが開く『治癒ヒーリングサロン』に、エディウスは足を運んでいる。



 表向きの訪問目的は、トライデン家の領地からも多くの領民が訪れるという人気サロンの見学となっているが、じつのところ乾燥させた薬草にレティシアの魔力を練り込んで作る『魔薬』の試薬を服用し、副作用がないかどうかの確認をするという役割を担っている。



 公爵家の跡取り息子にそんなことはさせられないと、当初は拒んでいたレティシアだったのだが、エディウスは引かなかった。



「させてもらいたい。この試薬が完成するのを多くの領民たちが待っている。たとえ副作用が出ても、魔力のある俺なら十分耐えられるし、レティシアがいればすぐに回復させてくれるだろう。それに、俺の体内でどんな反応が起こっているのか、直接診られるという利点もある」



 そのとおりなのだが、困ったレティシアが母ローラに相談したときには、トライデン公爵が直々に屋敷を訪れ、



「どうぞ、息子で役に立つなら、治験でも実験でもなんでもしてくれ。死ななければいい。あとは、随行する騎士たちも同様に使っていい。治験体は多いに越したことはないだろ」



 笑顔で云いに来たあとだった。



 エディウスが訪問の回数を重ねるごとに、ふたりは打ち解けていき、いつしか「レティ」「エディ」と呼び合うようになった。スペンサー家の侍女たちは、固唾を呑んで見守っている状況だ。



 将来性は抜群。絶対安定の公爵家。超有望株なトライデン家の子息と、自分たちが仕える屋敷の超絶カワイイお嬢様の初恋物語が、今後どう展開していくのか……絶対に見逃せないのである。



 ある侍女は、仲の良い料理担当に訊かれて、こう答えた。



「エディウス様が今日も来たかって? あったりまえでしょッ! いつも以上に傷だらけで御登場よ。護衛の騎士たちなんか、もうボロボロで見てられないくらいだった。でもさぁ、エディウス様って、子どもの癖にいつも苦虫潰したような顔してるんだけど、お嬢様といるときだけは、もう……ああ! どうなるのっ! これから、どうなっちゃうのっ!」



 レティシアの髪結い担当の侍女は、食堂で頬を紅潮させる。



「たまらんっ! お嬢様を見つめるときのエディウス様の熱視線。燃焼系の魔力を持ってるだけあるわ! メラメラよ~ 火傷しちゃうわよ~ もう、お嬢様しか目に入ってないんだから~」



 このように、レティシアの胸の内はともかく、まったく隠す気のないエディウスの恋心は、スペンサー家、トライデン家の者たちにとっては周知の事実であり、これが母ローラの頭痛の種である。



 こんなにも分かりやすい態度でレティシアに接してくる相手に、父ゼキウスも兄ロイズも黙っているはずがなかった。ゼキウスは怒り心頭だった。



「なんだ、あの赤頭は! 俺のアンナマリーに慣れなれしい! 頼む、ローラ、排除させてくれ! 悪い虫と悪い芽は、早いうちに情け容赦なく潰すのが一番だ!」



 ダメに決まっている。相手は公爵家だ。普段は品行方正なロイズも、溺愛する妹のことになると人が変わってしまう。



「母さま! あの赤髪が、性懲りもなくまたレティに会いに来て、僕の大事な妹を愛称で呼んでいました! 家族でもないのに、なんて図々しい奴! アレの舌を抜いてもいいですかっ! どうか、金輪際、侯爵領内への立ち入りを禁止してください!」



 出来るわけがない。公爵家を敵に回してどうするというのだ。なんとかなだめすかしていたのに……ここにきて、コレ。



 ローラは、手の中にある招待状を見つめ、深い深い溜息を吐いた。



 まだどうなるかは分からないが、もしレティシアが皇太子妃候補に選ばれたら……考えただけで頭が痛いローラだった。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?