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第2話



 母から領主の顔になったローラが、レティシアに訊ねた。



「その品種改良だけど、実際、どのあたりまで進んでいるの?」



「ほぼ完成しています。今は冒険者の皆さんに協力していただき、実際に使ってもらっていますので、治験段階というところでしょうか。報告ではおおむね、わたしが想定していた効果をあげているようです」



「なるほど」



 厳しい顔を崩さないローラだったが、まさか、そこまで進んでいたとは……と、実際は舌を巻いていた。だが、問題がないわけではない。



「レティ、とてもいい案だと思うけど、薬草園の経営となると、人を雇い、田畑を管理するのはもちろんのこと、さらに採算や収穫高を考えて、利益を生む必要があるのよ。それにはある程度の知識が必要になってくるわ」



 残念ながら領地の経営までは、愛娘に教えていなかった。



「わたしが協力してあげたいところだけど、そろそろ社交シーズンがはじまるし、来年の秋までは手が回りそうにないわ」



 しかし、そこに「失礼します」タイミングを見計らったように入ってきたのは、今年10歳になる息子のロイズだった。



「母さま、経営については僕が協力させてもらいます。薬草園の経営は、これまで学んだことを実践する良い機会になりますから」



 スペンサー家の次期侯爵としてすでに領地経営を学び、ローラを手伝うまでになっている優秀な息子は、溺愛する妹のとなりに立つとデレデレの笑顔を向ける。



「雇用とか利益とか販路とか、面倒なことは全部僕に任せてくれていいよ。レティは好きなだけ温室で研究していいからね」



 人のことは云えないが、相変わらずの激甘ぶりだと、ローラはあきれてしまったが、結局、反対する理由がなくなってしまった。



「わかったわ。開墾を許可します」



 了承すると同時に、ロイズは大きな地図を広げる。



「候補地です。出来ればここが……」



 赤く記された土地を見て、ローラは溜息を吐いた。ロイズの仕事の早さは、スペンサー家随一かもしれない。



 あれからほぼ1年が経った。



 おそろしいことに、薬草園の経営は軌道にのりつつある。いやすでに、需要が供給に追いついていない状況になりつつあった。



 ローラはこの1年の間にすでに2回も、薬草園の拡大に伴う土地の開墾をロイズに求められ許可している。にもかかわらず、笑顔の息子は先週もまた執務室にやってきた。



「母さま、こちらに目を通してください。薬草園の上半期の収益です。どうです、レティはスゴイでしょう。僕の妹は目の付けどころが違うのです。国境付近に駐留する複数の部隊から定期納入をして欲しいと要望がありました。これまでの開墾にかかった初期費用はこれで回収できます。今後は大幅な増収が見込めます。ですから──」



 さぁ、サインをしろと云わんばかりにローラの前に並べられたのは、生産量を増やすために必要な増員と設備投資の計画書。それから収益の一部を、領民たちに還元するというレティシア発案の『治癒《ヒーリング》サロン開設』の拡充についての許可願い。



 結果がでている以上、ローラは許可を出すしかない。



 現在──月に1度。侯爵家の庭園を開放し、サロンを訪れた領民や冒険者たちには、無償で薬草が配られている。



 そのため、開放日は屋敷を取り囲むように、朝から長蛇の列ができ、領民たちはもちろんのこと、怪我が絶えない冒険者たちからは、



「ありがてぇ!」



「この薬草がないと心細くてねぇ」



 大好評だ。そして、毎月訪れる彼らが薬草よりも楽しみにしているのが、



「お腹の調子が悪い?」



「その火傷はどうしたの?」



「疲れやすい? 貧血かしら」



 薬草を手渡しながら、惜しげもなく回復魔法を使うレティシア本人に会うことだった。



「なんだって、薬草を貰えて、レティシア様の回復魔法を受けられるのか?!」



「えっ、タダッ!?」



 噂が噂を呼び、本日の『治癒ヒーリングサロン』も午前中から大賑わいのようだ。



 執務室の窓からその様子を見ていたローラの手には、今朝、皇室から届いた封書がある。使われている封蝋ふうろうには、この皇国で最も高貴な女性が持つ印璽いんじが押されていた。これが、ローラの頭痛の種である。



 薬草園の成功は、いまや首都にまで噂が届いていた。収益の一部で慈善事業をしているレティシアのことは、皇后陛下の耳にも入ったようで……社交シーズンのはじまりを告げる『皇后陛下の御茶会』に、ローラと供にロイズとレティシアも招待を受けたのだ。



 そこまでは良い。しかし、ローラの片眉が上がったのは、そのあとの文面だった。今回の『御茶会』には、今年12歳になる皇太子も出席するということ。例年にない特別な意味があることをローラは十分わかっていた。



 いよいよ、はじまったのだ。皇太子妃候補の選別が。






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