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第10話



「シヤャッ————ッッ!」



 その姿を現すなり、ヤツは毒牙をさらしながら非常にわかりやすく群衆を威嚇した。しかもその図体は、あの夜の10倍近くになっているではないか。



 鎌首を持ち上げた体長は推定15メートル、真っ白な鱗に覆われた胴回りは、50センチはあるだろう。超重量級の巨大アナコンダだ。



 あまりの恐ろしさに、今度こそ神官は腰を抜かして口をパクパクさせている。祭壇の下では、何人かの冒険者が腰の武器に手を添えたが、『大地の聖印』持ちであり、元S級冒険者のゼキウスが一歩も動かないのを見て、どうにか踏み止まっていた。



 赤い眼光でこちらをねめつけてくる精霊は、レティシアの足元に絡みつき、たしかに護っているようにも見える。



 しかし、その姿は巨大で……



 可憐な少女にはなんとも不釣り合いで……



「シヤャッ————ッッ!」



 威嚇してくる姿は、ラスボス級の魔物といっても過言ではない。



 もし、守護石から現れなければ、だれも守護精霊とは思わなかっただろう。



 気を利かせたつもりなのか、ガイウスが大きな声を上げた。



「あ……あ、あれは! 小龍だ! 白き小龍だ!」



 それはないでしょ。どうみても大蛇だけど。



 呆れたレティシアだったが、群衆はなぜかガイウスの言葉を信じた。いや、信じたかったのかもしれない。



「そ、そ、そうだ! 伝説の小龍だ! 俺は字は読めないが本で読んだことがあるぞ! 翼のないドラゴンの話を!」



「さすが、ゼキウスの娘だ! 高位精霊どころか、神獣の子どもを呼び寄せたぞ!」



「おおっ! そうか! あれが荒ぶる魂を持つ神獣の仔かぁ! 俺、はじめてみた!」



 ときとして大衆は、都合の良い幻想を信じたくなるのである。




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 




 花と緑の神殿を、小高い丘から見守る小隊があった。



 全員が黒のマントを身に纏い目立たぬようにしていたが、その下には緋色の騎士服が見え隠れしている。



 隊の先頭には、馬にまたがった公爵家現当主がいた。真っ赤な髪を隠すように漆黒のフードをかぶり、同じく赤い片目をつぶって望遠鏡をのぞいている。



「おうおう、ゼキウスの娘はすごいな。とんでもない魔力持ちで、守護精霊も見るからにヤバそうなヤツが出てきやがった。エディウス、おまえも見てみるか?」



 およそ公爵家とは思えない言葉遣いで、前に乗せた息子へと望遠鏡を渡したのは、オルガリア皇国の宰相トライデン公爵だ。



「はい、父上」



 望遠鏡を受取った幼子もまた、真っ赤な髪と目をしている。食い入る様に神殿の様子を伺う息子に、公爵は笑みを浮かべた。



「おまえを救ってくれたお姫様には、とんでもない守護精霊がいるから安心しろ。洗礼式も無事に終わったしな」



「はい、ところで父上、いつ、レティシア嬢に会うことができますか? まだ直接、礼を云っていないのです」



 望遠鏡から目を離さずに催促してくる息子に、公爵は溜息を吐いた。



「そうだなぁ。まあ、オマエがもう少し魔力を制御できるようになってからだろう。お姫様に火傷させたくないだろう。今のままじゃ、会った瞬間に頭から火が出そうだからな。ゼキウスに瞬殺されるぞ。せっかく救ってもらった命だ。無駄にするな」



 父の言葉に、エディウスはすぐに望遠鏡を返した。



「帰ります。屋敷に戻り次第、今日の鍛錬をします」




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 




 シスの神殿での出来事は、翌日には皇宮がある首都アシスにまで伝わっていた。皇宮の一室。皇太子のための広い居室では、金髪に碧眼の皇子が、となりの側近に声をかける。



「聞いたか、ルーファス」



「何をですか? せめて内容を云ってから訊いてください」



「わかるだろう。今日は朝から、この話で持ちきりだ」



「シスの神殿で行われたスペンサー侯爵家のレティシア嬢の洗礼式で、ハイヒーラーが誕生して、守護精霊に神獣が出現したという話ですか」



「おまえ、全部知っているじゃないか」



 オルガリア皇国の皇太子サイラス・レイズ・オブ・オルガリアは、兄弟同然に育った伯爵家の子息ルーファス・バトランダーを睨む。



「知らないとは云っていませんよ」



 ああいえば、こういう口達者な側近は、次期皇帝であるサイラスの右腕になる予定の逸材なのだが、いかんせん口が悪かった。だれが相手だろうと慇懃無礼な態度で毒を吐きまくる。



「公爵家に比べると爵位は落ちますが、まぁ、魔力持ちでしたら皇太子妃候補としては悪くないんじゃないですか。あとは器量と気質次第ですが、器量は磨けばどうにでもなりますが、気質ばかりは持って生まれたものがありますからね。実際に会ってみなければ、なんとも云えないでしょう」



 およそ6歳の子どもとは思えない早熟な発言である。



「ルーファス、今のがもし将軍の耳に入ったら、おまえの首は確実に飛ぶぞ」



「大丈夫です。サイラス殿下が云ったことにしますから。さすがに、皇太子殿下の首を飛ばすことはしないでしょう。あの太い腕で、首は絞められるかもしれませんが」



「やめてくれ。おまえってヤツは……」



 こちらも6歳。早熟にならざるを得ない立場の皇太子サイラスは、側近の口の悪さをたしなめた。






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