「汝、レティシア・アンナマリー・スペンサーよ。我らが主神アシドフィルスの御名の元、洗礼の儀式を執り行う」
神官の言葉に、レティシアは
「永遠なる神よ。いま御前において、尊い洗礼の恵みにあずかる清らかなる乙女の上に、豊かな御恵みを」
神官は杯に手を浸し、口上を述べながら、レティシアの頭の上に手を広げた。数滴の
「乙女よ、両手を差出したまえ」
左右の手で水を掬うように、レティシアは両手を出した。その右手首には、父ゼキウスから3歳を迎えたお祝いにと、前回の洗礼式の前日に贈られたSS級
冒険者時代に様々な
繊細な紋様が彫られた白い腕輪の中央には、直径2センチほどの紅玉が2つ埋め込まれていた。その紅玉が光に照らされると現れるのは、縦長の光彩。まるで、真っ赤な蛇眼に睨まれているようだ。
レティシアの顔が、若干こわばる。なぜなら、この腕輪こそレティシアに抗毒血清を投与した白蛇の正体なのだから。
この日を迎えるまで、レティシアは散々悩んでいた。白蛇が具現化して現れた日のことを、家族のだれかに話すべきか、どうか。
しかし──どんなに
ましてや魔法が存在する世界で、『抗毒血清』のような現代科学的な話しをして、
「この腕輪が白蛇になってですね。抗毒血清を丸呑みにして、それを投与されたせいで助かりました。え、わたし? どうやら転生したみたいで……」
ダレが信じる? 結局、周囲が「奇跡だ」「加護だ」と騒ぐなか、何も云えずに今日まで来てしまった。
洗礼式は、しきたりにのっとって厳粛に進められていく。杯から清水が注がれ、レティシアの手の中が満たされた。そこに、神官が透明な魔石を落とそうとしていた。レティシアに魔力があれば、魔石は属性の光を放つだろう。
赤は火属性。青は水属性。緑は地属性。白は光属性。黒は闇属性。
魔力が強ければ、光の放出にとどまらず、属性が実体化することもある。たとえば、火属性が強ければ灼熱の炎が噴き出し、水属性が強ければ、氷雪が吹き荒れる。
現在、オルガリア皇国一の魔力保持者といわれる闇属性の国家特級魔導士は、洗礼式の際、手の中に落とされた魔石から闇が溢れ出し、周囲一帯を漆黒に染めたという。
「レティシア・アンナマリー・スペンサーに秘められし魔力よ! いざ、いでよ~」
ここが見せ場らしい神官の芝居がかった声が耳に届いていたが、レティシアとしては魔力があるか、ないかよりも、このあとの守護石に精霊が宿る儀式『精霊具現化の儀』の方がよっぽど気になっていた。
しかし事態は──
「な、なんと……」
「おおっ、神よ」
神官たちが片膝をついて祈りを捧げるという、思わぬ展開を見せた。レティシアの手のひらに落とされた魔石が変化を見せたのは、清水に触れてすぐだった。透明だった魔石が光を放ち、レティシアの両手のなかで波立ちはじめた清水は、波紋を描いて回転をはじめる。
次の儀式のことで頭がいっぱいだったレティシアは、両手に満たされた清水が一気に水量を増していき、波紋が渦を巻きはじめたところで異変に気が付いた。
「……え、うわっ」
驚いて思わず顔から離すように頭上高く手を掲げたとき、祭壇の下で見守っていた群衆からどよめきが起きた。
「──光だっ!」
「スゴイぞ!」
いったい何が起きているの?!
歴戦の冒険者たちが顔色を変えているのを見て、頭上を見上げたレティシアもまた、その光景に──嘘でしょーっ!!
口が大きく開いた。どんどん質量が増していく清水は、すでに祭壇いっぱいに広がりを見せ、レティシアの頭上5メートルほどの高さで渦を巻いている。
さらには、そこから水を巻き上げるように空に向かって光の柱が伸びている光景は、まるで巨大な噴水が、上空に浮かんでいるようだった。
これ、どうしたらいいの……
すぐ近くにいる神官たちは腰を抜かして、「おお、神よ!」光に向かって祈りを捧げている。まったく、使えない!
祭壇の傍らで見守ってくれている両親に視線を移すと、父ゼキウスは片手で口を覆い、すでに号泣していた。頼りになる母と兄は、手を取り合って喜びに歓声を上げている。
「レティ、スゴイわ! でも、あれ、どこまで大きくなるのかしら」
「さぁ、皆目見当がつきませんね。僕も母さまも、レティに比べたらパン屑みたいな魔力しか有りませから!」
……ダメだ。
まだまだ大きくなる光の噴水を見上げ、レティシアの顔が引き