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第7話



 護衛が開けた扉から宿屋へ足を踏み入れたとき、



「おおっ! 来たなッ! ゼキウス~~ッ!」



 鼓膜が震えるような大きな声がして、ゼキウスよりもさらに大柄な男が床を踏み鳴らしながら駆け寄ってきた。眉なし、スキンヘッドの強面が迫ってくる。



「……ひぃぃ」



 悪意はなさそうだが迫力がすごすぎて、父の胸でレティシアが身体を固くした次の瞬間だった。



「止まれ、それ以上近寄るな」



 イノシシのように突進してきた大男の腹にゼキウスの右脚がズシンと埋まり、スキンヘッドは呻いた。



「ぐぐうう、この重さ、正確無比な鳩尾への一撃。まちがいねえ、俺たちのゼキウスだ」



 1メートルほどの距離をあけ、腹を抱えて涙ぐむ男の顔が、なぜか喜びに満ちていく。じつに怖い。



「大きい声をだすな、ガイウス。俺の娘が怖がる」



「おお、悪かった。おまえがシスにくるって聞いて嬉しくてなあ」



 風貌といい、言葉づかいといい、ガイウスと呼ばれた男は、おそらく父の冒険者仲間でまちがいないだろう、と察したレティシアが顔をあげると、眉ナシ、強面の視線がピタリと定まった。食い入るように見つめられること数秒。



 筋骨隆々の大男は頬に両手を当て、「きゃぁぁぁ」と花咲く乙女のように悶えた。



「か、カワイイなぁぁ……なんだこれ、花の精霊か? 小さくて柔らかそうで……ああ、ローラ様に似て、本当に良かったなぁ。ゼキウスに似なくて本当に良かった——グホッ」



 萌顔から苦痛に顔を歪めたガイウスの鳩尾には、ふたたびゼキウスの右脚が埋まっていた。



 この日のために、各地から名のある冒険者たちがシスの町に集まっていた。それもこれも、すべてゼキウスの愛娘レティシアの洗礼式を見守るためだという。ゼキウスはあっという間に取り囲まれ、母ローラの周囲にも人だかりができていた。



「ゼキウスの人気はスゲェが、侯爵様の人望はそれ以上だろうな。なにせ貴族たちの大反対を押し切って、平民の男と結婚しちまったんだから。いくらS級冒険者で『大地の聖印』持ちだとしても、平民は平民。俺たち全員無理だと思っていた。それをさあ、ものの見事に覆してくれたわけよ、ローラ様は」



 そう云って、レティシアと兄ロイズに、懇切丁寧に説明してくれるのは、意外と面倒見の良いガイウスだ。



 小さな丸テーブルには、侯爵家の兄妹とガイウス、それから桃色の髪を三つ編みにしたロゼッタという名の美人回復士ヒーラーも同席している。



「本当よねえ。それにさあ、わたしたちにもワケ隔てなく接してくれるし、本当に同じ女性として憧れるわぁ。じつはね、わたし『ローラ様をあがめる会』のメンバーなのよ。ほら、これメンバー限定のコイン」



 ロゼッタが見せてくれた金貨には、表面に母ローラの横顔が彫られ、裏面にはシリアルナンバーらしきものが彫られていた。となりで、ガイウスが悔しがる。



「見せびらかすんじゃねえ。どうして男はメンバーになれぇんだ。差別だ!」



「ダメよ。女の園なの。ムサイ男は、ゼキウスの会にでも入ればいいじゃない。なんだっけ『おとこの覇道』とかいうダッサイ名前の。あんたなら、すぐ幹部になれるわよ」



「イヤだ、絶対に嫌だ。俺は、キレイでちいさくて、カワイイものが好きなんだ。リボンとかレースとか、そういうものに囲まれていたい」



 ゼキウスと同じくS級冒険者であるガイウス・ドレークは、見た目からはまったく想像できない、まさかの乙女系戦士だった。



 花と緑に囲まれた神殿の鐘が鳴り響く。首都にある中央神殿とはちがい、集まったすべての人が立ち会える洗礼式だ。シス神殿の前にある広場には、大勢の人間が集まっていた。



 開放的な青空の下で取り行われる洗礼式は、一見すると警護に不備が起こりそうではあるが、見る人が見れば、この広場ほど安全な場所はないように思えた。



 人だかりの中、ダレかが云った。



「これは、皇宮の警護よりも厳しいかもな」



「ああ、ほとんどがB級以上のとんでもねえヤツらばっかりだ。何か事を起こす前に首が飛ぶぞ」



「いや、起こす気配を見せただけで、八つ裂きにされる」



 そう思うのも無理はなかった。



 なぜなら、集まった人々の大半が、ゼキウスと共に死地をくぐり抜けてきた凄腕の冒険者たちで、首都からはゼキウス直属の精鋭部隊が半数もやってきて、神殿の周りをグルリと取り囲んでいる。



 真っ白なワンピースに身を包んだレティシアが、母ローラに手を引かれて、神官の待つ祭壇へと向かう途中、ガイウスがささやいた。



「何も心配いらねえ。俺たちが全員ついてる。何かあったらいつでも盾になってやるし、何なら神官ごとぶっ飛ばしてやるから、レティシアちゃんは安心してくれ」



 祭壇の上で、神官たちが震えあがるなか、レティシアは微笑んだ。



「ありがとう。大丈夫、父さまも、母さまも、兄さまもいるし、今日はみんながきてくれたから、全然、怖くないわ」



 幾重にも編み込まれ、見事に結われたレティシアの頭の上で、真っ白なリボンが風に揺れた。何を隠そう、宿屋で待つ間、太い指で器用に紫髪を結い上げたのはガイウスだ。



「うううっ、カワイイ。俺もこんな娘が欲しい」



 悶える乙女系スキンヘッドの鳩尾に、レティシアの後ろに立つゼキウスから正確無比な肘鉄が放たれた。






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