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運のいい陰陽師の末裔【後編】

 古民家へと続く一本道は、出口まで生い茂る木々に天井が覆われていた。悠里曰く、この天井になる木々は妖力で操作されており、開店日になると開けるらしい。

 まるで魔法のように自由自在に妖力を使いこなしている、と明良は感心した。この敷地内全体が妖力で覆われている。何か古い術式が使われているのだろうと推察したが、気持ち悪さは少しも感じなかった。


 そして明良は、ついに古民家の入り口に佇む鬼と対面する。


「ああ。やっと帰ってきたか」


 その鬼は、ひどく気高いオーラを纏っていた。風に揺れる短い黒髪。額から伸びる二本の角。冷たい輝きを放つ金色の瞳。紺色の和服の袖に腕を隠しながら立つ姿まで貫禄がある。唯一その厳格な雰囲気を無駄にしているのは、その和服姿で身に着けている可愛らしいインコが描かれたエプロンだ。


 もう一つ気になる点があるとすれば、その怖い鬼から妖力を感じないことだ。もしこの辺りに立ち込める妖力がこの鬼のものだとすれば、それはとんでもない力である。


 身震いする明良の隣で、悠里がにこやかに手を振った。


「ただいまー。お団子買ってきたよ」

「遅い。もう少しで迎えに行くところだった」

「心配性だなぁ、慶一君は。いつも頼りになる護衛がいるじゃない。ねえ、ウカ君」

「まあね」


 慶一と呼ばれた鬼はクールな印象に違わず静かな口調だったが、その声はひどく穏やかだった。言葉通り、悠里の心配をしていたのだとわかる。

 ウカは行儀よく座り、尻尾を揺らしていた。頼りにされていると知ってご機嫌な様子だ。


「それより、さっきの音は何? 明良君が驚いちゃったんだけど」

「また性懲りもなく私に見合い話を持ってきたバカがいたから片づけたまでだ。お前がいるというのに、実にくだらない……親族とはいえ、あの諦めの悪さには呆れを通り越して感心すら覚える」


 しかめ面で答えた慶一は近づいて来た悠里の頬を撫でたあと、彼女の額にそっと唇を寄せた。恋人らしい触れ合いを見せつけられた明良は頭から首まで赤くなる。だが、悠里に触れている慶一の目が自分に向けられた途端に頭から血の気がなくなるのを感じた。


「それで、悠里……『明良君』とやらは誰だ? まさか浮……客とはいわないだろうな? 今日は店が閉まっているはずだが」

「朝から何も食べてなくてお腹空いてるっていうから連れてきちゃった。慶一君、お願い。何かあったら食べさせてあげて?」

「……」


 鬼は沈黙した。それはもう、なにか訴えるような眼差しで悠里を見下ろしていた。

 悠里も負けじと見つめ返していた。ただし、彼女のそれは期待に満ちている。裏切られることを知らない瞳だ。

 明良は察した。この軍配がどちらに上がるのかなんて、いわずもがな。


 慶一が、目を閉じながら深いため息を吐く。角がだんだんと小さくなり、少し長く尖っていた爪も短くなった。再び目を開いた彼は先ほどとは打って変わり、柔和な笑みを浮かべて温かい眼差しを明良に向けた。


「君も運がいい人ですね……ようこそ『たまゆら』へ。僕が作ったものでよければ、どうぞ食べていってください」


 敵意が消えたことには安心するが、これはまるで別人だ。人格が変わる妖族とは初めて出会う。

 とんでもない場所に来てしまったのかもしれない。そう後悔しても、もう遅かった。


 くんっと右側の袖を引っ張られ、肩を震わせた明良はぎこちない動きで振り向いた。


 同じ妖族の顔が二つ、こちらを見上げている。どちらも明良の腰ぐらいの背丈しかなく、愛らしい面差しをしている。違いがあるとすれば、一人は青い着物の少年で、もう一人は白い着物と桜色の玉の髪飾りを身につけた少女だということだ。

 気配も感じさせずに近づいてきた幼い妖族に、明良は頭が真っ白になった。


黒目くろだ」

黒目くろが来た」

「誰?」

「悠里の知り合い?」

「うん、そうだよ。あとで私の代わりに遊んでもらってね」


 いつの間にか自分が遊び相手にされている。双子が無表情のまま「わーい」と揃って両手を上げたので、明良は否定することもできなかった。どうせ喜ぶならもっと嬉しそうにしてほしい、と明良は遠い目で空を仰ぐ。


 この時ばかりは、やれやれと肩をすくめる慶一の苦労がほんの少しだけ理解できるような気がした。




 ✿ ✿ ✿




「うわぁ……」


 カフェというと基本的にコンセプトを統一させるものだが、たまゆらの店内は奥行もそれなりに広く、和と洋をかけあわせた内装になっている。庭のあるお座敷から内側にかけてモダンテイストの家具が多くなり、落ち着いた空間を演出していた。

 その中でも明良が仰天したのは、お座敷から見える庭だ。今の季節は春も終わり、だんだんと暑くなってくる頃。なのに、その庭には真っ白な雪景色が広がっている。

 本物だろうか、と地面に積もった雪に触れてみると、しっかり冷たい感触がある。摘まめば溶けて水滴へと変わったそれに、感嘆の声を抑えられなかった。


「すごい! 妖力でこんなことができるのか……」

「疑似的な神域だよ。『巫女』がいれば簡単にできるさ」


 とことこと縁側を伝って歩いてきたウカの言葉に、明良は瞠目した。


「『巫女』って、妖族が一族復興のために喉から手が出るほど欲しがるっていう……?」

「そう。さすがにこの話は知ってたんだね。安心したよ」

「俺、何度か間違われたからね。幼なじみに教えてもらった」

「ふん……なるほどね。間違えたやつらがどういう人間か、だいたい想像がつく」


 ウカの声は刺々しく、雪よりも凍えるような冷たさがあった。ぴょんと縁側から雪の上に飛び下り、前足で何度か白い地面をもんだあと、行儀よくお座りする。


「『巫女』は運のいい人間の前にしか現れない。明良は悠里に感謝するんだね」


 ウカの意味深な言葉に、明良は料理をしている慶一と悠里に目を向ける。

 事情がだいたい呑み込めてきた。つまり明良は、すでにウカのいう『巫女』に会っているということだ。

 明良は縁側に膝をつき、ウカに顔を寄せて声を小さくした。


「つまり俺……知らないうちに大物と出会ってたってこと……!?」

「そういうこと。ちなみに……このことを誰かに口外したら慶一に殺されるから、覚悟してねー」


 真面目な話から一変して楽しそうな声音でニッと歯を見せるウカに、明良は縁側から転げ落ちそうになった。


「それなら最初から教えないでくれ!」

「黙ってればいーじゃん。貧弱モヤシでも、それぐらいできるでしょー?」

「あーっ! またモヤシって!」

「にゃははは! ……あ」


 誰かが笑殺するウカを持ち上げる。明良がウカに合わせて視線を上に向けると、そこには双子が突っ立っていた。ウカを抱っこしているのは白い着物の少女の方だ。物言いたげな無感情の瞳に、明良はゆっくりと姿勢を正した。


「えっと……なにか用かな?」

「明良、ウカ、見ろ」

「傑作できた」


 呼び捨てかよ、と呆れながら、二人が指を向ける方に目を向ける。

 そして、明良はあんぐりと口が開いた。


「えっと……なにあれ……?」

「「雪だるま」」

「いや、でかすぎ……ってか多すぎ!」


 大きな胴体の玉の上に、石と葉で顔を作った小さな玉を乗せる。そこまではいい。問題はその大きさだ。明らかに高さが双子の三倍はある。それが一体、二体、三体、四体……もう数えられないほど庭の半分を埋めていた。


 ――いつの間にこんな大量に……!?


 遊んでいるのは視界の端で捉えていた。その時はまだしゃがみ込んで雪玉を丸めているだけだったと思う。もしかして、これは妖族としての能力だろうか。

 寒さに耐えながら、明良は自分の背丈ほどある雪だるまに近づいてみる。


「なんか……こんなにたくさんの雪だるまに囲まれると、今にも動き出しそうで怖いなぁ……ねえ、この短い時間でどうやって作ったの?」


 明良の質問に、双子はお互いに顔を見合わせてから身振り手振りを大きくして説明した。


「たくさん、妖力使う」

「ばーんって使う、体が軽くなる」

「でも、小さい雪ウサギも作りたいね」

「勝手に大きくなるから、仕方ないね」

「……そうか。二人とも、まだ妖力のコントロールが上手にできないんだね」


 双子は大きく頷いた。明良はようやく悠里の言動の謎が解けた。最初に悠里が声をかけてきたのも、おそらくこの二人のために違いない。そう考え、双子の手から解放されたウカに目を向ける。ウカはブルブルと体を震わせ、ぴょんと明良の肩に飛び乗った。


「この双子は慶一の知り合いの子だよ。雪女の妖族で、学校で妖力を暴走させてしまったらしい。そのせいで学校にも行けず、ここで過ごして帰ることになってる」


 耳元で囁くのはウカなりの配慮だ。双子が置かれた状況を理解し、明良は静かに頷いた。

 これは昨今の社会問題でもよくある事例だ。妖族の妖力の暴走は、普通の人にトラウマを植えつけてしまう。学校側の措置として、最悪の場合は転校を促すこともある。そういう妖族の子どもを、研修期間中に何度も見たことがあった。


 それなら、と明良は双子の前に膝をついた。


「俺、指導員の資格持ってるんだ。知ってる? 妖力をコントロールするのを手伝う人のこと」

「うん、知ってる」

「でも、僕達の先生はみんなやめちゃった」

「妖力、合わせられないって」

「ふーん……じゃあ、ちょっと俺と訓練してみる?」

「明良と?」

「僕達が?」


 双子はうーんとまたお互いの顔を見た。

 動いたのは、少年の方だ。


「僕、やる」

「私も……やる」

「よしっ! それじゃあ俺が二人のサポートするから、さっきいってた雪ウサギ作ってみよ」


 ぱんっと手を叩き、にっこり笑った明良は二人の背後に周り、その小さな背中に手を置いた。

 双子はやや不安そうに眉根を寄せて明良を振り返っていたが、おそるおそる地面に積もる雪に触れた。


 明良は双子の体内を巡る妖力に意識を集中させた。


 ――たしかに、これは合わせにくい。


 通常、指導者は体から外へ溢れ出ようとする妖力を自分の霊力や妖力で抑え込み、正しい方向へ流れるよう誘導する。時々自分の体をパイプにしながら循環させることで、少しずつ相手に妖力の流れを覚えてもらうのだ。


 ただ、双子の場合は少し異なる。あふれ出る妖力も多いが、それ以前に妖力の循環の向きが違っていた。普通の人で例えるなら、右利きと左利きの割合ぐらい珍しいものだ。


 しかし、明良は偶然にもこのタイプの妖族と研修期間中に出会ったことがある。ちくちくと刺すような冷たさが手に伝わるが、難しくはなかった。


「おっ。その調子!」


 そのサポートは、みるみるうちに効果を発揮した。

 地面に触れていた双子の手にするすると雪が集まり、塊になっていく。双子の手の中でもぞもぞと動くそれは、やがて綺麗な楕円形になった。少し大きめではあったが、想像よりも早く、綺麗な表面をしたウサギの胴体が完成した。


 双子が、まじまじとその胴体を見つめる。


「目と耳、つけないの?」


 明良が声をかけると、彼らははっとしてから駆け出した。落ちている葉で耳を作り、赤い木の実で目を作る。

 双子は明良を振り返った。感動のあまり声が出ないようだったが、無言で訴えてくるキラキラとした目には光が差し込んでいた。興奮のせいか、頬まで赤くなっている。


「見ろ、明良」

「雪ウサギ、できた」

「おおー! やればできるじゃん! さすが雪使い!」


 褒められた双子はふんす、と鼻息が荒くなる。感情表現が苦手なだけで、なかなかわかりやすい性格をしている。思わず、明良の口からくすりと笑みがこぼれ出た。


「あれー。もう仲良くなってるじゃん」


 いつの間にか、悠里が縁側からこちらを見ている。

 双子は雪ウサギを持ったまま悠里に駆け寄り、自慢げに報告した。


「見て、悠里」

「雪ウサギ、できた」

「うわ、すっごく綺麗な形……すごいじゃん、二人とも!」

「明良もすごい」

「明良も天才」


 しげしげと雪ウサギを眺めていた悠里は双子の言葉に微笑を浮かべ、明良を振り返った。


「子ども達の相手ありがとう、明良君。それじゃあ、ご飯にしよっか」





 ✿ ✿ ✿





「こちら、本日の『幸』です」


 お座敷のテーブルに並べられたのは、きのこがたっぷり入った炊き込みご飯。それからサラダを一緒に盛ったとんかつの皿。最後はシンプルにわかめと白ねぎの味噌汁だった。一般的な家庭料理のメニューではあるが、男子大学生にとって十分なボリュームがある。ほかほかの湯気に乗ってふわりと香る揚げ物の匂いに、明良の腹の虫が再び大声を上げた。肉など滅多に食べられないので、思わず口からよだれがこぼれそうになる。


 目を輝かせながら、明良は慶一を見た。


「これ、本当に食べていいんですか……!?」

「どうぞ。お口に合うといいんだけど」

「いただきます!」


 ぱんっと手を合わせて、真っ先にとんかつへ箸を伸ばす。一切れかじってみると、中からじゅわりとした肉汁とチーズ、そして梅としその味がした。


「おいしーっ!」


 はじめの家やチェーン店で食べた料理もおいしかったが、これは格別だ。今まで食べた料理の中で一番かもしれない。

 たった一度の食事がこんなにも温かいとは。久しぶりの家庭料理の味が、昨日から続く不幸で負った心にしみた。


「本当に、おいしいです。うまくいえないけど……」

「ありがとう。料理人にとって『おいしい』は最高の褒め言葉だよ」


 慶一の温かい言葉に、我慢できずホロリと涙がこぼれ落ちた。慌てて何度も涙を拭うが、止まる気配がない。

 突然泣き出した明良に、悠里と慶一は目を丸くした。双子も食事の手を止めてしまう。


「うっ……すみ、ません……泣きたい、わけじゃ……」

「え、泣きたくなるほどおいしいかった? やばい、慶一君の才能やばいよ。料理で人の心掴むなんて偉業だよ。もはや魔法使いだよ? 天才じゃん、知ってたけど」

「悠里の才能はそうやってすぐ人を褒めるところだよね。語彙力は少ないけど」


 大人二人の声音はさっきまでと変わらない。下手に声をかけるのではなく、ありのまま振る舞っているようだ。

 それが彼らなりの気づかいだとわかり、明良の涙腺は決壊した。


 こんな大人が親だったら、どんなに明良の人生は平和だっただろう。

 両親から愛情を受けなかった、とはいわないが、特別愛されているとも感じなかった。それは両親が、先祖返りによる力を利用しようと考えていたからに他ならない。「明良がいれば大丈夫」なんて優しい言葉の裏にはそんな浅ましい思惑があったのだと、明良自身もなんとなく気づいていた。


 優しさの意図が変わるだけで、こんなにも心に響くものは違うのだ。明良は痛感した。


「……んー! たしかに、このとんかつすっごくおいしい! チーズって意外と揚げ物と相性いいよねぇ。そこに梅としその味も組み合わさるの好きだなあ。この揚げたてのサクサク感もたまらない……!」

「そうだと思って作ったんだよ」


 悠里がとんかつを食べ、もぐもぐと口を動かした。幸せそうに頬をゆるませる彼女に、慶一もまた嬉しそうに目を細めていた。

 羞恥も振り切った明良は涙を流しながらガツガツと料理を口に放り込んでいく。醤油の味がしみ込んだ炊き込みご飯も、出汁をたっぷり使った味噌汁も、吸い込むように飲み込んでいく。


「俺……こんなおいしいご飯初めて食べました……親の手料理なんて食べたことないし……っていうか、昨日捨てられましたし!」

「うそやん」

「まじで人生詰んでて死のうかと考えたりもしたんですよ! ほんと、今日生きててよかったぁぁぁあああ……!」

「泣くな明良。ティッシュ、あげる」

「トマトもあげる」


 たまっていたものを全て吐き出す明良に、そっとティッシュを箱ごと差し出してくれたのは双子だ。

 こんな話聞かせるべきじゃないとわかっているが、明良は双子の優しさにも甘えてしまった。多分、トマトは嫌い食べ物を処分したかっただけなのだろう。それでも優しい子ども達だと抱きしめてしまった。


 そんな明良達を見て、悠里と慶一は苦笑いした。


「まあ……たくさん食べて、いっぱい泣きなよ。そしたら次は、周りの人達に元気もらえて自然と笑えるようになるからさ」

「そうだね。おかわりもあるから、持ってくるよ。あ、一口サイズのコロッケも作ってみたんだけど、食べる?」


 食べる、と明良と悠里と双子が揃って手を上げた。ちゃっかり悠里の傍でウカも前足を上げている。

 微笑ましく自分達を見る慶一に、まるで家族団らんとした空気だなぁ、と明良は胸が温かくなった。





「さて、ご飯も食べたところで……明良君に一つ提案があります」

「あ、はい」


 満腹になった腹を休めるようにお茶を飲んでいた明良は、悠里とその隣に座る慶一の真面目な顔に気づいて姿勢を正す。


「君、うちで働いてみない?」


 慶一から飛び出した言葉に、「え?」と目が丸くなる。


「……ええと……それって、もしかして……指導員の仕事、的な?」

「それもある。できれば、カフェの仕事を中心に手伝って欲しい。ありがたいことに最近はお客さんも増えてきて、従業員を増やすか悩んでいたんだ。……ただ一つ問題があるとすれば、うちは君が望むほど高い給料が出せないってこと」

「んー……それだと、少し厳しいです。俺、他にもバイトをかけもちしてますし、ここにシフトを組み込める余裕もありません」


 おいしいご飯を食べさせてもらった手前で拒否するのは心苦しいが、明良はあえて相手の厚意だと割り切って率直に伝える。

 すると、悠里と慶一はお互いの顔を見て頷いてから、再び明良に向き直った。


「だから、交渉したい。これは君にとっていい条件だと思う」

「条件……?」

「給料ではなく、家賃光熱費不要の物件とまかないをつけるのはどうだろう?」

「ええ!? それ、どういう……あ、もしかしてここの二階に住むとか?」

「違う違う。ここに引っ越すのは私。君が住むのは、私が今住んでる家ってこと」


 悠里が今住んでいる家は祖父の家だが、すでに亡くなってしまったため悠里一人で住んでいる。慶一の婚約者ということもあり、今後のことをふまえて家をどうするか考えていたところ、明良の状況を察して家を貸し出すことを思いついたそうだ。


「うちで働くのは他のバイトと調整して週二、三日で構わないよ。仕事内容は双子の指導と、カフェの手伝い。……どうかな?」

「どうもなにも……俺に都合が良すぎて怖いぐらいです。食費まで浮くなんて……本当にいいんですか?」

「いいもなにも、実はこっちからお願いしたいぐらいなんだ。双子の指導者がなかなか見つからなくて困ってたんだよ。それと……なかなか悠里が同棲に頷いてくれなくてね」

「……ちゃんと考えてました」


 慶一の視線を受け止めた悠里がさっと顔を背ける。嘘をついたことは明白だ。

 何か嫌な理由でもあるのだろうか、と気になったが、明良の現状では二人から提示された条件があまりに魅力的に感じられた。家賃と光熱費だけでなく、食費もある程度浮くという部分が大きい。これならバイトを一つ減らせるし、勉強にも集中できる。悠里と慶一の人柄もいい。双子の相手も悪くないと思う。


 直感が、これに縋りつけと背中を押していた。

 その勢いのまま、明良はお座敷に敷かれた畳に手をつき、深く頭を下げた。



「精一杯がんばります! 俺を、ここで働かせてください!」



 これがきっと人生最大の幸運期だ。

 明良はそう信じて疑わなかった。



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