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指男の噂

 群馬某所

 クラス3ダンジョンのキャンプ

 探索者たちが集う青空ビアガーデン


 数年前より、ダンジョン財団は探索者たちへの福利厚生を強めるようになった。

 それまで、ただ武器を買い、モンスターを倒し、クリスタルを売るためにあったキャンプには、いまではさまざま売店が出店している。

 酒もあるし、ジャンクフードの出店もある。大手コンビニエンスストアも入ってるし、場所によってはご当地グルメも出張ってくる。


 そのため、ダンジョン出現から、ボス討伐までのおおよそ1カ月間は、地域にとって一種のお祭りになるのだ。


 キャンプは二層にわかれている。

 ひとつ目は、誰でも自由に出入り出来て、出店が多い、最外郭エリア。

 ふたつ目は、警察官が見張りをして、探索者とダンジョン財団関係者しか入れない、内郭エリアだ。


 ここは内郭の入り口を見れて、どんな面をした探索者がダンジョンに挑むのか拝める青空ビアガーデンだ。


「なんだって、指男について聞きたいだって?」


 ビアガーデンの酒飲み探索者5名、平均年齢48歳集団へ、果敢にインタビューをするのは、黒いフォーマルスーツに身を包んだ若い少女だった。

 歳は18歳ほど。端正な顔立ちのうえにサングラスをしており、イケメンの部類だとひと目でわかる。無自覚で夢女子量産するタイプだろう。


 彼女はダンジョン財団のエージェントだ。

 名を餓鬼道がきどうと言う。下の名前は誰も知らない。


 餓鬼道は黒いレンズ越しに、舐めるように酒飲みたちを睥睨し「そうです」と淡白に答えた。


「本名は赤木っていうのさ。ほんの2週間前だったかな? いきなり、若いのが現れてびっくりしたよな! 探索者は30代からじゃないとなれないってジンクスがあったしよ。ああ、そうだ、お嬢ちゃん、財団の人なんだろ、やっぱり、若いと探索者なれねえのかい?」

「そういう規定はない(と思います)」


 餓鬼道はほかに答えることはないという顔をしている。

 この少女はすこし言葉足らずなところがあるので、相手に威圧的な印象を与えがちだ。


「そ、そうかい……。でも本当に珍しいよな、まだ大学生だってよ」

「彼はなぜ指男と呼ばれているのですか」

「そらあ、お前さん、これさ!」


 酒飲みは指を鳴らす。


「フィンガースナップで全部、やっつけちまうんだよ、それも驚け、でさ」

「一回の『フィンガースナップ』、で」


 少女は細い顎に手を当てて、自分のステータスから『フィンガースナップ』を選んで詳細を確認してみる。


───────────────

 『フィンガースナップ』

 指を鳴らして敵を驚かせる。

 消費HP 1

───────────────


「こんなゴミで?」


 少女の口がおそろしく悪く思えるが、実際は言葉の選び方が悪いだけだ。

(こんなゴミスキルでどうやって倒すと言うのでしょうか?)──と言いたかったのである。


「でも、一撃なんだからなぁ」

「そう、あれは、俺が5階層で命を落としかけた時だったよ」


 いきなり酒飲みのひとりが語り始めた。


「俺はその時、もうMPもHPも底が尽きかけててな、異常物質アノマリーなんてレアなもんはもっちゃいねえから、MP消費型の魔法剣で普段戦ってるんだけどよ、その日ははじめて5階層へいったもんだから、浮かれてたんだろうな、気が付けば死にかけさ。どうもうなモンスターたちが牙を剥いて、タックルしてきた。壁に叩きつけられ、三途の川の向こうで、両親が手招いてるのがハッキリと見えた。ああ、あれは間違いなく、俺の人生で一番死に近づいた瞬間だったね。え? 両親? ああ、まだまだ元気で生きてるよ?」


 酒飲みはビールをひと口あおって続ける。


「その時さ、遠くの方から影が近づいてきたんだ、そいつはとんでもない俊足で、あっという間に俺のもとへやってきた。そう、指男、赤木英雄さ。その時、やつはなって言った思う『あぁ! スープゥうう!!』だってさ。そして、地獄の口から噴き出したような真っ赤な炎が恐ろしい獣を焼いたのさ」


 餓鬼道は「スープ……?」と眉根をひそめる。

 瞬間、気がついてしまった。


「あぁ、スープ……ッ、まさか『Aah……so poor──ぁぁ……なんて、貧弱なモンスターなんだ。これでは俺の渇きは満たされない(※餓鬼道翻訳)』と言っていたと」


 餓鬼道は目を丸くした。

 探索者になって2週間経たず、なのに5階層という多くの探索者が毎年命を落としている魔の領域でそれほどの余裕を見せるなんて。


「只者じゃない。なるほど、指先で命の天秤をもてあそぶ、だから指男と(※餓鬼道解釈)」

「お嬢ちゃんもわかったみたいだな、あいつの大物ぶりが」

「それだけじゃあねえぜ、あいつは本当にすげえやつだ。探索者ってのはおんなじダンジョンに潜るわけだから、たびたびダンジョン内でお互いを目撃するんだけどよ、あいつはいつだって一撃さ。たった一撃。それ以上は必要なしなんだ」


 酒飲みはパチンを指を鳴らす。


「耳を澄ませば、聞こえて来るのさパチン、パチン、パチン……ってな。その音が聞こえたら最後、モンスターはどこにも逃げられはしねえ。残るのは消し炭だけよ」

「(ごくり)」


 餓鬼道は生唾を飲みこみ、サングラスの位置を直す。


「ありがとう。指男が、すこしわかった。また来る」


 餓鬼道はそう言って、ビアガーデンを去り、キャンプの外に止めてある黒塗りの高級車に乗りこみ、去っていった。


 帰りの車のなか、財団アプリで指男を検索する。

 投稿は少ない。だが、どれも有益だ。

 そして、添えられた「今日の狩場」という淡白な文字。

 この短い言葉から、指男はモンスターを前にしていつだって自分は狩る側だと公言し、静かな自信を称え、ストイックで、厳格な性格の持ち主であり、怒らせれば最後、無事では済まない修羅のごとき人物だとわかる(※餓鬼道プロファイリング)


「指男、もっと調査をする必要がある」


 少女は赤信号になるなり、アクセルをゆっくりと踏みこんだ。

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