怪しげな屋敷の執事ビショップは、アーカムを連れ、迷路のように広い屋敷のなかを迷いなく歩き、やがて大きな食堂へとたどりついた。
縦長のテーブルを囲むように、部屋の中には複数の人影があった。
まず、品の良い格好をした6名の貴族がが席についている。
貴族たちの背後には、武装し、暴力慣れしていそうな者たちが立っている。
剣士、魔術師、大男、殺し屋(たぶん)、異質な青年。
アーカムはそれぞれに軽く視線を流して検分する。
立ってる者たちは皆、装備が充実していて、戦いの専門家という雰囲気が漂っていた。
ただ、なかでも身長2mはくだらない大男のことが気になった。
アーカムをして只者じゃないとひしひしと感じていたのだ。
「皆さま、お待たせいたしました、ただいま最後の『
皆の視線がアーカムに注がれる。
すぐにそれらは嘲笑に変わった。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「冒険者を雇ったとの情報はありましたのに、まさかこんなにみすぼらしい者が来るなんて。ハッキリ言って興醒めですわ」
「アルドレア様、あちらがあなた様が守るべき『
6人の座っている者たちのなかで、唯一従者を連れていない者がいた。
強張り、緊張した顔つきの少女だ。
白い肌に銀色の眼差しを称え、青白い氷のような髪色をしていた。
触れば夢から醒め、霧となって溶けてしまいそうな儚げな少女だ。
されど瞳には確固たる意志が宿っている。
彼女の名前はエレントバッハ・ルールー・へヴラモス。
ルールー司祭家の末妹である。
「あなたが僕の依頼者ですか?」
「そういうあなたは私の依頼に応じてくれた冒険者ですね」
エレントバッハはアーカムの頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見て「いいでしょう、あなたを信じます」とうなずいた。
「あっはは、『あなたを信じます』ですって! あっははは、嫌だわ、エレン、あなたにはそこのぼろ雑巾みたいなみすぼらしい男を信じるしかないだけなのにねえ」
「その冒険者も冒険者だ。何も知らない顔じゃないか。ノコノコとルールー家の戦いに巻き込まれてしまったのだから憐れと言うほかないな」
アーカムは難しい顔をして、鋭い目つきをあたりへ送っている。
その眼差しをわずかにかすめただけで、軽口を叩いていた者たちは口を閉じた。
さっきからアーカムもろとも、彼の依頼者を散々に言っていた高飛車な女性は、居心地が悪くなったのか、眉尻をさげ、扇子で口元を覆い隠した。
「では、顔合わせも済みましたので、解散していただいて結構でございます。各々方、誇りをかけこの戦いに挑まれるよう。亡き司祭さまもそう望まれておられました」
食堂の6組がそれぞれ席をたって、どんどん出て行ってしまう。
「僕はなにを」
アーカムの依頼者は目を伏せて「ついて来てくださいますか?」とたちあがった。
彼女は迷路のような屋敷のなかを「たしかこっち……」と不安な足取りで進み、階段を見つけてはのぼっていく。
この屋敷はどんな構造をしているのかまったく想像がつかない。
窓がなく、廊下が長く、階段の位置が利便性を無視している。
ようやくエレントバッハは部屋にたどり着いた。
くたびれた様子で、部屋のドアを閉めた。
部屋は高級感漂う調度品で飾られていた。
「わたしはエレントバッハ・ルールー・へヴラモスと言う者です。ルールー家の末妹で今回、あなたを護衛クエストとだました依頼でこちらへ招きました」
「それじゃあ帰らせてもらいますね」
「でも、完全に嘘でもないです」
「というと」
「護衛クエスト、つまり私を守ってもらう依頼であることは間違いないんです」
「エレントバッハさん、もう少しわかりやすく説明してもらえますか」
エレントバッハはルールー家の伝統的な継承儀式の話をはじめた。
この町をおさめるトニス教会の地方司祭家ルールーは、古くより、悪魔祓いの力『聖刻』を受け継ぐ教会内でも特別な地位をもつ血筋であること。
ルールーは次期当主候補者すべてに満遍なく継承権をあたえ、そして、もっとも優れた継承者を
それがルールー司祭家の継承儀式であった。
「古い時代に組まれた教会魔法により、次期当主になりえる者たちは儀式に参加させられ、『聖刻』を集めることになります」
「集める、ですか」
「はい。ルールーの当主はもっとも優れた悪魔祓いでなければなりません。悪魔を祓うことは教会の大事な使命のひとつです。そのために、候補者の力をひとりに結集してきたんです。ルールー家は、そうして代を重ねるごとに悪魔祓いとして進化してきました」
悪魔。
それは厄災の一種。
悪魔は狩人協会の主要な討伐対象ではない。
悪魔に関して言えば、トニス教会のほうがはるかに優れた戦績を残してきた。
そのため、狩人協会は長い歴史のなかで、悪魔祓いを教会に全面的に任せたのだ。
トニス教会が悪魔に対して優勢な理由。
アーカムの目の前にいる聖なるチカラを宿した人間こそが理由だ。
彼女たちのような特別な人間を囲い、トニス教会は聖なる武器を作り出し、それを使って、悪魔を効果的に退治できているのだ。
「私は負ける訳にはいかないんです」
「理由を訊いてもいいですか」
「……私だけしか守れないんです。先ほどの私をからかってきた女性が長女のエリザベス姉さまです。一緒になって私を罵ったのが長男のオマクレール兄さまです。ほかにも次男と次女の兄さま、姉さまがいますが、誰一人として大きな使命を背負う覚悟はできていません。彼らはまだなにも失っていないから」
「ひとつ質問をいいですか、エレントバッハさん」
「どうぞ、アルドレアさま」
「『聖刻』は御兄姉全員がもってるんですか?」
「はい。全員です。それを集めて束ねるのが今回の儀式の目的です」
「『聖刻』を体から抜いたらどうなるんですか」
「死にますね」
「そうですか。はっきり言いましょう。僕はあなたに怒ってます」
「です、よね……」
エレントバッハは眉尻をさげ、うなだれる。
「あまりにも最低な行為です。明らかにギルドの規約に違反したレーティングのクエストです。報告すればあなたは罰を受けるでしょうね」
「……」
「僕が依頼を断って帰っても、だれも文句をいいません」
「……そう、ですね。あまりも身勝手でした。なにも知らない一般人を教会の事情で強引に引き込んでも良いと考えるとは……これではとても次期当主の器ではありませんね。……アルドレアさま、無理を言ってしまい誠に申し訳ございませんでした。この屋敷は儀式から逃げられないよう異界化されていますが、なんとかアルドレアさまだけでも逃げれるよう、私の教会魔法で試してみます」
アーカムはやれやれとばかりにため息をつく。
と、その直後、アーカムの直観が危険を察知した。
「エレントバッハさん、よけ──」
「アルドレアさま! 伏せてください!」
バシッと押してくるエレントバッハ。
ただ、あまりに非力なのでアーカムは倒れない。
一瞬キョトンと顔をみあわせ「こっちです」とアーカムは彼女の手をひっぱった。
直後、部屋は猛烈な爆炎に飲みこまれた。
「あっはっはは、さっそく最弱のエレンちゃんを焼き殺してしまいましたわ!」
すぐ近くで響く高笑いを聞いた。
アーカムはエレントバッハを抱っこしたまま、瓦礫をおしのけて立ちあがった。
「アルドレアさま、あ、ありがとう、ございます……」
「下がっててください。あの不快な女は僕が処理しましょう」
「っ、アルドレアさま、それではもしかして、私の『守護者』に……?」
エレントバッハは目をキラキラさせる。
よかった。あなたが私の依頼に答えてくれて。
────
なんかすごい怪しい館に通されたな。
あれ、敵幹部会議みたいな雰囲気の場所に通されたけど?
可愛い少女が俺の依頼主でしたね。
「いいでしょう、あなたを信じます」
はい、信じられました。
それより、これはどういう状況ですか?
俺は君をまだなにひとつ信用できていないのだけれど?
いじわるそうな女貴族と男貴族にめっちゃ暴言吐かれます。
ぼろ雑巾? んんー? いま俺とんでもない暴言吐かれていないかい?
「たしかこっち……」
すごい不安な足取りで俺の依頼者が廊下を進みます。
ちなみに俺はもう完全に帰り道わかりません。
希望ヶ峰学園くらいわけわかんねえ構造してますこの屋敷。
俺は騙されて屋敷に連れてこられたらしいですね。
エレントバッハ氏が完全に白状しましたよっと。
なんとなく察してたけどさ。
話をきくにあんまりかかわらない方が良い教会の内部事情が透けて見えましたねぇ。
目の前の少女をどうやって説教してやろうか悩みますねぇ。
ん? 俺の超直観君がなにか知らせてきますねぇ
とりあえず危なそうだから、この子を助けますかねぇ──
「エレントバッハさん、よけ──」
「アルドレアさま! 伏せてください!」
めっちゃ押された。
この子、俺を助けようとしてくれたのか?
あれぇ、いい子やぁ……おじさん、いい子は助けたくなっちゃうよぉ……。
「あっはっはは、さっそく最弱のエレンちゃんを焼き殺してしまいましたわ!」
「アルドレアさま、あ、ありがとう、ございます……」
「下がっててください。あの不快な女は僕が処理しましょう」
「っ、アルドレアさま、それではもしかして、私の『守護者』に……?」
別に情に訴えかけられたとかじゃないけど、あそこで高笑いしてる女とこの子を比べたら、どっちが人類の未来の為かなんて一目瞭然だよね。それに俺はアマゾロリ、ロリをみすみす見殺しにはできましぇんッ!
というわけで。
狩人アーカム・アルドレア、始業時間です。