キャンプ地を守りぬいた俺たちは、血塗れになって、キャラバンのもとへ戻った。
アンナがモンスターを殺しながら遺跡の深いところまで進んでたせいで、俺まで血みどろの戦いに付き合わされてしまった。
モンスター倒してレベルアップできるわけでもないし、魔力もあんまり使いたく無いから、無益な殺生はしたくないんじゃ。
「なにしてるんですか、いや、本当に、反省してもらって」
「でも、アーカム、あたしたくさんモンスター倒したんだよ。あいつらキャラバンを狙ってたし……」
言い訳はいいわけ?(クソ寒)
「もうなにも言わなくていいですよ」
「……ごめん、アーカム。もうちょっと上手く殲滅できればよかったんだけど」
キャンプ地に帰って来た。
その晩はもう団らんという雰囲気ではなくなって、静かな時間が流れた。
「アーカムさん、すごい魔術でした」
フレイヤが、俺とアンナの元へやってくる。
「オーガを一撃で倒してしまうなんて……闇の魔術師を打ち破れるのも納得の戦いでした」
「ありがとうございます」
「お疲れでしょう、これを」
温かいスープを手渡される。
フレイヤはどこか気恥ずかしそうだ。
これは愛のスープですね。そういうことでいいんですね。
ありがたく頂戴した。
フレイヤは俺の魔術について詳しくは聞いてこなかった。
ただ、礼だけをのべて去った。
「アーカム、あの人とどういう関係」
「関係もなにもないと思いますけど」
「ふーん。まあ、アーカムは汁物は好きだから仕方ない、か」
なにその属性付与。
いや、汁物好きだけどさ。
翌日、俺たちは変わらず遺跡を進み、やがて出口にたどり着いた。
さしたる戦闘は起きなかった。
遺跡を出る。
遺跡の出口は炭鉱の口のようになっていた。
深い緑に覆われた大きな山のなかを、俺たちは遺跡をつかうことで、障害物をスキップして進んできたらしい。
「この山の向こう側にルルクス森林はあるんだよ」
「この遺跡を使わないとジュブウバリの里には辿り着けないんですか?」
「そうだね。山を越えて、ルルクス森林に正面から挑む事になるから、遺跡を使わないルートはかなり難しくなるだろうね」
キャラバンはそのまま山から離れていき、やがて平坦で、のどかな草原へ。
幾多の旅人が通ったのだろう茶色く踏み固められた道に出た。
歩きやすいその地面が、未開の地へ最後の別れを告げているようだった。
「アーカムさん、あれがルールーですよ」
町が見える。
気持ち程度に設けられた柵がぐるっと囲んでいた。
ジュブウバリの里から実に7日間の旅を経て、俺たちはドリムナメア最西端の町にたどり着くことができた。
「アーカム君、アンナ君、残念ながらローレシア魔法王国まで付き合ってあげることはできない」
キャラバンとは元よりルールーでお別れの約束だ。
俺とアンナはオーレイやフレイヤたちへ深く礼を述べた。
「ありがとうございました。ここまで来ればあとは自分たちの足で帰ります」
「これは餞別だよ。その服装では文明を歩くには心元ないだろう」
オーレイはそう言ってマニー銀貨を渡してくれた。わずかだが、役には立つ。
「アーカムさんたちの旅が良い物になることを祈ってます。ローレシア魔法王国、必ず帰ってくださいね」
「もちろん帰りますよ」
「私はトニス教信者ゆえ、あまりこういうことを言うべきではないのかもしれない」
「?」
「この国を渡り歩くうえでの警告がいくつかある」
「聞きましょう」
「もし
オーレイの顔は真剣そのものだ。
「彼らは『
「宣教師ですか。覚えておきます」
「面倒ごとをおこしたり、騒ぎを起こしても奴らはやってくるだろうね。それが余所者なら彼らは容赦しないかもしれない。ゆめ気をつけるんだよ」
オーレイはそれだけ言って「トニスの加護があらんことを」とのべると、行ってしまった。
────
「オーレイさん、よかったんですか」
「なにがだい、フレイヤ君」
「いや、だって彼……間違いなく普通ではないじゃないですか」
フレイヤは名残惜しそうにもう見えないアーカムたちを顧みる。
本音を言うと、もうすこし一緒にいたかった。
「たしかに普通じゃない。それも彼だけじゃない。あっちの梅色の少女、あの子も異常だ。遺跡オーガの屍が山のように積みあがっていたよ、遺跡の奥にね。剣で仕留め傷跡だった」
オーレイは楽しげに笑いながら、自身の首に手刀をトントンっと当てるジェスチャーをする。
「剣で遺跡オーガを? まさか……」
一般に剣士はモンスターが大型になるほどに不利になる。
オーガほど脂肪や筋肉が厚くなると、どれほど剣術が卓越していようと、効果が薄くなるからだ。
逆に魔術師の魔術は、対象が大きくなるほど意味がでてくる。
《アルト》や《イルト》などの才人にしかたどり着けない大魔術は、剣士では対応できないモンスターに対抗するためにある。
それが冒険者がパーティを組む理由であり、お互いを補い合いながら戦う者たちの一般認識なのだ。
だというのに、あの少女、アンナはひとりで、暗闇の中、オーガの屍を積み上げたという。
一体どれほどの高みに登れば剣士がたったひとりでオーガを虐殺できるのだろう。
フレイヤには想像もつかなかった。
「未来の英雄とコネクションを繫いでおいた方が商人としては正解なのでは? 無理してでも彼らをローレシア魔法王国へ送って大恩を売っておいた方が……」
「欲張ってはいけないさ。私たちが彼らの運命に関与できただけで儲けものさ。彼らは想像を絶する運命を背負っている。付き合いきれる者は限られている。……さあ、行こう。機会があればきっとまためぐり合うから」
オーレイはそういって、次の町へ進路をきった。
────
アーカムたちにはルールーの町で最初にすべきことがあった。
それは、ジュブウバリの里では普通だった、布を身体に巻いただけのプライミーティブな格好を卒業することであった。
アンナは前を行くアーカムについていく。
彼に任せておけばまず問題ない。
アーカムは天才で、万能だ。
全部、彼の言うことを聞けばいい。
全幅の信頼を寄せる相棒が足を止めた。
「まずは先にアンナの服を買いましょう」
アーカムはふりかえり、澄ました顔を向けてくる。
あたしのために……渡されたお金は少ないのに……。
「あたしは別でこれでもいいけど」
「アンナにはもっといい服を着て欲しいんですよ」
「……ふーん、ふーん」
薄く頬を染め、アンナは相棒の好意を受けることにした。
店主は布をまとい、剣を背負うという原始人みたいな2人組が来たことに、大変驚いていた。
しかし、アーカムがこしょこしょと店主になにかを言うと、事情を納得してくれたようで、服探しに協力してくれた。
アンナは「流石」と話術も巧みな相棒を称えた。
「アーカム、あたしこれがいい」
「外套はどうでしょう。たぶん、気候的に暑い日がつづくと思いますけど」
そっか。
流石はアーカム。
あとあとの事を考えてリソースのロスを減らして、最大限活用しようとしてる。
アンナはアーカムの助言に従い、動きやすそうなパンツと半袖のシャツを購入した。防御力はほとんど期待できないが、アーカムはホッと落ち着いた様子だった。
あたしのことが心配だったんだ。
そう思うと、アンナはすこし嬉しい気持ちになった。
のちにアーカムは農民が着ていそうな薄汚れた服を購入した。
「アーカム、その服似合ってるよ」
アンナは出来る限りの笑顔をつくってそう言った。
────
まずは服を買わないとだ。
予算はっと……少なッ!
おいおい、オーレイさんよ、もうちょっと頑張れたろうがよぉ……?
これもう物買うってレベルじゃねーぞ?
とにもかくにも、まずはお金のかかりそうなアンナから買おうか。
女の子は服にお金かかるって言うしさ。
「あたしは別でこれでもいいけど」
だめです。
なにがダメなのか本人にも理解しておいてほしいです。
アマゾーナは凄まじくえっちだったが、アンナの格好も十分にえっちである。
年齢のせいもあって、いろいろ女性らしくなってきているし、こんな格好でうろちょろされては、いつ何時ポロリするかわかったものではない。
ちょっと飛び跳ねただけで、すぐに童貞暗殺モーション入るからね? 自覚してね?
「アンナにはもっといい服を着て欲しいんですよ」
「……ふーん、ふーん」
というわけで、アンナの服を買いに決ましたよっと。
店主さん、原始人みたいな2人組が来たことに、大変驚いてますねぇ。
「すみません、実は服を溶かすスライムにやられてしまって」
「なるほど、それは大変でしたね」
店主は納得してくれた。
って、あれ? アンナっち? 待って待って。
もしかしてフル装備を買おうとしていらっしゃる?
いやー、だめー、普通にダメだって。
俺だけ原始人のままになっちゃうから。
「アーカム、あたしこれがいい」
「外套はどうでしょう。たぶん、気候的には熱いと思いますけど」
お金ないから別のにしなさい。
その外套もとの場所に戻してきなさい。
悩んだ挙句、動きやすそうなパンツと半袖のシャツを購入してくれました。
これで童貞の呪いが発動することもないだろう。一安心です。
ところで、俺はというと、アンナさんに予算の8割を持っていかれたので、仕方なく、ぼろ雑巾みたいな、汗と土の香ばしい服を買いました。
たぶん20年くらい農民が着古した熟成された服です。
いやあ、やっぱりビンテージ品っていいよね(白目)
「アーカム、その服似合ってるよ」
イヤミか、貴様。