「アーカム君、その剣はもしやカティヤ様の剣ではないのかね?」
「もらいました」
俺はアマゾディアの刃を吟味しながらこたえる。
刃は丈夫な金属でできていて──たぶん鋼じゃない──、しなやかで弾性に富んでいる。
見た目は刀に見える。
ただそこまで細くない。
曲刀と呼ばれるサーベルに似ている。
もともと二刀流で扱うことを想定して作られているのかもしれない。
ちょっと短めでコンパクトだ。
「それはアマゾーナの宝剣アマゾディアだよ、すごいね、それを託されるなんて……よほど族長殿は君のことが気に入っていたようだし」
「まあ、いろいろとありまして」
カティヤに童貞を奪われた話をこのおっさんとシェアする必要はない。
「そういえば、アマゾーナの風習では武器を相手に使ってもらうことは、永遠の契りを意味すると文献に書いてあったような……」
「え?」
「ああいや、気のせいかもしれない。アマゾーナは伝統的に男性を伴侶にとらない。女性同士でつがいになる掟があるからね、ははは」
オーレイはそう言って愉快に笑い、キャラバンのまえの方へ行ってしまった。
「着きました、ここが遺跡です」
4時間ほど進んだあたりで、ちいさな石造の建物にたどりついた。
「今回は歴代で一番スムーズだっよ。この付近のモンスターが鳴りを潜めているというのは本当だったみたいだね」
「普段はもっとモンスターが?」
「ああそうとも。キャラバンのメンバーの多くはモンスターから積み荷を守るために雇った冒険者たちなくらいだ。普段は激しい戦闘をしているよ。だから、8時間くらいは平気でかかるものなんだけど……今回はツイていたよ」
冒険者たち、ね。
みんな武器もってるな、とは思っていたよ。
「まあ、全員毎年の恒例として同じメンバーに10年ほどお願いしているのだけれどね」
固定メンバーというわけだ。
オーレイたちは遺跡のなかへ入っていく。
この遺跡はルルクス森林の外まで続いている地下道であり、近道であるという。
松明を片手に遺跡の広大な通路を進むことになるらしく、入り口から少し入ったところで皆がそそくさと火を起こす準備をしはじめた。
とはいえ火を起こすのは容易ではない。
火の魔術を使えばいいのに、と思いながらキャラバンを歩いてまわった。
火打石をカチカチと叩き合わせる学者然とした女性が目についた。
冒険者たちのなかで、彼女だけが大杖を持っている。
薄手のローブを着ており、腰からはランタンをぶら下げている。
通称『
この魔道具のおかげで火属性式魔術師は、火の魔術をどこでも使える。
俺みたいに風が使えたり、あるいは土属性の適正があれば、どこでも現象素材をひっぱってこれるが、水や火だとそうはいかない。
場所を選ぶ。とりわけ、火は面倒だ。
『種火』はそんな課題を解決し、現代に生きる火属性式魔術師たちのベストソリューションとなっているのだ。
「こんにちは」
「あ、どうも。アーカムさんですよね、ジュブウバリの里での活躍はかねがね聞いていますよ」
彼女はそう言って「フレイヤです、よろしくお願いします」とにこやかに手を差し出して来た。
「まだ子供なのに、闇の魔術師を倒してしまうなんて本当にすごいですね。彼らは極めて危険な魔術を使うことで、魔術協会も手を焼いているというのに」
「相手がたいしたことなかっただけですよ。それより、ひとつ伺っても?」
「もちろんです。なんでしょう?」
フレイヤは暑そうにローブの袖をまくって、小首をかしげる。
暑いなら脱げばいいのにと言うのは魔術師さまに失礼でしょうか。
「なんで魔術を使わないのんですか。そんなに苦労するなら火属性式魔術を使ったほうがいいでしょう」
「あはは、アーカムさんは面白いことをいいますね。松明の火を確保するくらいで魔力を使っていられませんよ」
言っている意味がよくわからない。
『種火』から基礎詠唱式:操作で、火を移せばいいだけでは。
フレイヤの腰のランタンに視線を落とす。
ランタンには炎が灯っている。
魔法のオイルで燃えている炎なので水に入れても消えず、1日は火が絶えない。
「ちょっと借りますよ」
ランタンへ手を伸ばす。
「っ! だめですよっ!」
ガバッと手を掴まれた。
「アーカムさんたちはアマゾロリア、つまり私たちアマゾーナ研究者たちの恩人でもあるんです。客人のあなたに苦労はかけられません」
「苦労だなんて。ちょっと火を移動させるだけですよ」
「そんなもったいない魔力の使い方しないでください。アーカムさんみたいな若い魔術師が、魔力量に自信があるからって無茶ばかりして、欠乏症になって倒れてるのを学校でよく見てたんです」
「いや、だから、ひょいっですよ」
杖ですくうジェスチャーをする。
「これだから若い男子は。もういいです。そこで黙って見ていてください」
「大丈夫ですよ、火、移しますね」
「誰かこの人、押さえていてくださーい。張り切りすぎちゃうタイプの人でーす」
フレイヤはそう言って、俺を指さす。
そんな言われ方をするのは不本意だ。
何も無理してないことを示すため《ファイナ》で火を生成してみせた。
杖のうえに火のつくりだし、左手に移して「ほらね」とフレイヤに見せる。
「っ、せ、せ、せ」
「せ?」
「生成したぁあああ! ダメですよ、そんな無茶なことしちゃああ! それは一発アウト級の魔力量をもってかれるやつじゃないですか!」
「いや、だから平気──」
フレイヤはガバッと覆い被さってくる。
ペチペチ叩いて、俺の手の火を物理的に消火しにかかってきた。
フレイヤの胸がへにゃんと卑猥に歪むのを顔面に感じながら「あちっ、あちち! 火消しなさい、アーカムさん!」とさえずる声を聞く。
「この通り大丈夫ですよ。このまま水も作りましょうか?」
左手に炎を持ったまま、右手で水をジョボジョボと1Lだけ作ってみせた。
「あぁああああー!? 水まで作って! もうやめてください、アーカムさん死んじゃいますよ!」
「こんくらい死にませんよ」
フレイヤが落ちつかせる。
「私が1日に使える《ファイナ》は5回〜7回です。集積と操作だけなら7回は使えます。基礎詠唱式:発射までして派手に戦闘をしちゃうと5回、寝不足の時は4回で役立たずになります」
とのこと。
「アーカムさん、もう一度訊きます。本当に無理してませんか?」
俺は炎でお手玉して「ええ、まあ」と答える。
「わかりました。あなたはおかしいです」
それただの悪口ぃ……。
「アーカムさんの魔力量本当におかしいですよ」
「ああ、そういう意味ですか。でも、生成って基礎詠唱式の一つですよね。そんなにおかしくはないと思いますよ」
「私は魔力量はちょっと多い方ですけも、炎の生成をしちゃったら、1発で目眩を起こして、膝から崩れ落ちちゃいますよ」
そこまで言って、フレイヤはハッとする。
「なるほど……闇の魔術師を撃退するほどの魔術師ということは普通じゃないってことですよね……ちなみにアーカムさんって二式魔術師だったりします……?」
なにその訊き方。
ここでドヤ顔で「三式使えますけど?」とか告白するのすごく恥ずかしいのだけれど。
こっちはもう中身51歳なんだよ。
そういうこと言わせないでよ。もう。まったく。
「二式魔術は使えますね。はい」
「っ! や、やっぱり二式魔術師の方でしたか。そうですよね、私みたいな一式魔術師とじゃ感覚が違いますよね……」
フレイヤはそこまで言って「あれ?」と何かに気がつく。
「さっき水も使ってましたけど……も、も、も、もしかして、火の二式魔術師でありながら、水の二式魔術師でもあったりしますか?」
「……。まぁ、水の二式も使えますかね」
フレイヤは口元を両手で多い、目を大きく見開いた。醜いバケモノか、金曜日の殺人鬼が人をバラしてるところを目撃したみたいな顔だ。
フレイヤは物凄いスピードで土下座すると「失礼しますッ!」とキャラバンの前のほうへ行ってしまった。
え、なにその逃げっぷり。
むしろ俺が失礼したでしょ確実に。
どれ? どこ? どこ謝ればいい?
めちゃめちゃ不安になりながら、結局なにが悪かったのかわからずに「ぁ、、はぃ」とだけ、俺はか細く答えるのだった。
そのあと、俺はみんなの松明に炎を配った。
「ここから約2日ほどは遺跡の中を進むことになるだろう。でも、安心してくれていい。遺跡のなかは我々のものだ。モンスターと遭遇しない安全なルートを押さえているのだよ。ここ数年はこの遺跡内で遭遇戦をしたことはないくらい安全さ」
オーレイは自信たっぷりに言った。
キャラバンの連中も遺跡に入った途端、一気に気が緩んでいくのがわかる。
遺跡は縦横3mほどの広めの通路が幾重にも分岐してできていた。
「ここはいわゆる死んだダンジョンというやつだね」
「死んだダンジョン、ですか」
『ルルクス遺跡ダンジョン』は、90年前までは冒険者ギルドで盛んに攻略が行われていた。
とある冒険者が攻略を完了しダンジョン制覇したことで機能を停止し、その役割を終えたのだという。
その晩、遺跡のなかにキャンプを設置した。
遺跡の広いスペースに陣を構えた。
崩落した穴に水が溜まってできたという地底湖のほとりだ。
そこで、焚火を起こすことになった。
流石に毎年来ているだけあって、キャラバンの者たちはかなり手慣れていた。
アンナと俺は、彼らからはすこし距離をおいたところで焚き火を囲んでいた。
「あ、我々のことはお気になさらず。どうぞどうぞ、そちらはそちらでごゆっくりお過ごし下さい」
かなり遠慮気味に言われてしまった。
キャラバンの者たちがめちゃよそよそしくなってしまっている。
俺を二式魔術師と認知したあとから、ずっと恐縮されている感じだ。
「アーカム」
「なんですか」
「なんか見てきてる」
「僕が二式魔術師のわりに若すぎるから引かれてるんですよ」
「いや、その事じゃなくて。たぶん、モンスターの視線」
意識を向ければ──ああ、確かに、モンスターの気配を感じる。
アンナはこそっと立ちあがり「あたしがやってくる。アーカムはゆっくりしてていいよ」と剣を片手に、散歩でもするみたいに呑気に暗闇へ消えていった。
「ギャァアアアア!」
「クェェェェエ!」
「グォォォォォッ!」
モンスターたちの悲鳴が暗闇から聞こえて来た。
談笑に賑やかだったキャンプがしんと静まり返った。
静寂に包まれるなか、俺のスープをすする音だけがやたら大きく聞こえる。
やめてやめて。俺だけ空気読めない奴みたいになってるから。
「あー、僕の相棒が付近のモンスターを片付けてるだけですのでご安心ください」
「付近のモンスター……? おかしいですね、このキャンプ地は毎年使っていますが、モンスターなんて出た試しがないのに……」
「でも、いるのは確かですよ」
今も聞こえる肉を斬り裂く音と、ドスンっと大きな生物が暴れまわる音が証拠である。
と、その時、暗闇から巨大なナニカが飛び出して来た。
「オーガッ?!」
「それも遺跡オーガだッ!! オーガよりずっと危険だぞ!」
あれぇ? アンナっちいー?