オクットパスの水槽に俺の名前を刻むことになった。
ジュブウバリ族の里満場一致で決まったことだ。
「出来たぞ。これでよい」
カティヤが代表して岩を水槽の近くに運んでくる。
それを鎧圧で削って加工して、滑らかな石板をつくり、水槽の近くの地面にぐさっと突き刺した。
カティヤは自前の宝剣で俺の名を刻む。
初めてではない。
畑とか、畑の灌漑水路とかにも俺の名は刻まれている。
ゲンゼの名前が岩の壁や、ツリーハウスやら、祭壇やらに刻まれているのと同じだ。
ちなみにアンナの名前も刻まれている。
ジュブウバリ族の戦闘術を大きく進歩させた大剣士としてだ。
「ジュブウバリ族はそなたらのことを決して忘れないだろう」
カティヤは誇らしげにそう言った。
それから10日間。
アンナは相変わらず剣を教えながらも里の復興にはげんだ。
俺はやたら復興計画を練らされ、カティヤの勉強をみた。
将来役に立つだろうエーテル語の教科書を一冊書き上げたりもした。
息抜きにお面をみんなにつくってあげたりしていた。
そして、何人かの器用な女戦士を捕まえて俺の持てる技術を伝授した。
お面、槍、人間工学的に優れた剣の握り手のつくり方など。
川の加工そのほか、なにか知識を思い出すたびに教えた。
そうして、その日はやってきた。
里に交易商人のキャラバンが来訪したのだ。
「どうもお久しぶりです、カティヤ様」
「よくぞ参られたオーレイ殿」
俺とアンナは遠めに商人たちを観察する。
キャラバンは荷物を積んだ太い脚のモンスターを5頭守るかたちで、慎重に里に入って来た。
道なき道をかき分けて来たのでかなり驚いた。
キャラバンのリーダーっぽい初老の男性はオーレイというらしい。
実に人が良さそうだ。
ロッドタイプの大杖を持っているので魔術師なのだろう。
彼はカティヤに恭しくペコペコ頭を下げながら、いろいろと話している。
「見ぬうちにずいぶん立派になられましたな、カティヤ様。以前会われた時はこんなにちいさかったと言いますのに」
カティヤも親しげだ。
そのうち、両者は交易の話に移った。
本格的にキャラバンが里のなかへ入ってくる。
すると、彼らは里の様変わりした様子に足をとめて驚いていた。
「一体何が……ジュブウバリの霊木がこんな無惨な……いや、無惨じゃない……? あれは……」
「畜産をしようと思ったのだ。盟友の働きと、モンスターを飼育する術を持つ者、我々はこの1年で大きく変わったのだ」
ちなみにモンスターの畜産には、いまだに監禁されているランレイ・フレートンから聞き出した使役魔術に関する情報が役立っている。
彼を尋問し、素人でも使える術式を作らせたのだ。
術式の安全性は俺が検品したので問題ない。
将来的にはジュブウバリ族はルルクス森林の空を支配する飛行モンスター、バトルウィンガスを手に入れることを視野に入れている。
と言うか俺がそこまでの発展計画を作っておいた。
あとはカティヤに任せておけば大丈夫だろう。
懸念なのは、ランレイ・フレートンが邪なことをしないかだけだ。
まあ、ぶっちゃけあのドクズはいずれ殺されるだろうけど。
有益な情報を引き出したら、あとはジュブウバリの感情次第になるからだ。
正直、許されるわけがないので里が軌道に乗ったあとの死は確定している。
カティヤとオーレイは交易をはじめた。
カティヤがちゃんと文明人と対等にやれているかを評価する。
見たところ、オーレイが法外な取引でカティヤを騙している素振りはない。
密林の中、わざわざアマゾーナの里に来る変わり者は、思ったよりずっとまともな人物のようだ。
カティヤはジュブウバリのお面職人たちのつくった作品や、特産の薬草類、果物、モンスターの毛皮、それからオクットパスの干物に、オクットパスの繊維などを交易品として提示していたようだった。
キャラバン側にとってはどれもが非常に価値のあるものらしい。
かなり気前よく交換してくれていた。
というか、俺の眼から見て「え、そのレートで交換するんですか?」とか「そのタコ足そんな価値ないっすよ……」とか「お面と布一巻で交換? 商売する気あんの?」とか、オーレイのガバガバ商売に不安を感じるほどだった。
ただ、キャラバン連中の反応を見るに「この面はすさまじく貴重だぞ……」「ジュブウバリの文化の結晶だ!」「ルルクスの森でしか手に入らない薬草がこんなに」「今年はオクットパスが大漁だったんだな」とみんな取引できた品に大変満足しているようだった。
外の世界ではアマゾーナの物品というだけで大きな価値を持っているらしい。
俺が産業うんぬん心配する必要はなかったのかもしれない。
ひと通り交易が終了した。
キャラバンはすべての品をジュブウバリの里へ取引で渡して身軽になっていた。
カティヤたちは布を手に入れ、糸を手に入れ、武器を手に入れ、そのほか森のなかでは手に入れにくいさまざまな物を入手することに成功した。
オーレイはひと仕事終えた顔で、満足げなキャラバンの連中から離れる。
子供たちが世話をしている畑に近づく。
彼は拙いアマゾーナの言葉で「こんにちは」とにこやかなに子供たちに話しかけた。
子供たちはオーレイに寄っていく。
主に彼のもっている大杖に興味津々らしく「これは魔法の杖?」「欲しい!」「これ頂戴!」「アーカム様とおそろいがいい!」と現金なまでに、オーレイの大杖を奪い取ろうとしはじめた。やめなさい。
オーレイは弱った様子で苦笑いをし「ごめんなさい、これは渡せないよ」と、カタコトのアマゾーナ語で言うと、肩身を狭くして、子供たちから逃げるように離れた。
「はあ、私のアマゾーナ語では無邪気な子供の会話速度についていけませんなぁ……」
俺は木の陰からでて、オーレイへ近寄る。
「アマゾーナ語を勉強中ですか?」
「っ、君は……アマゾーナではないね……」
褐色美少女やわらか天国に俺みたいな男はお呼びじゃない。
オーレイはあからさまに怪しむ視線を向けて来る。
「紹介しよう、オーレイ殿、彼はアーカム・アルドレア。アマゾーナの盟友、アマゾロリアのアーカムだ」
アマゾロリアというのはアマゾーナの言葉で盟友の意味を持つ。
一種の名誉称号である。ウィザードの称号をもっているのと同じ感じだろう。
決してアマゾーナのロリコン好きとかいう意味ではない。
「アマゾロリア、古い時代の文献にそういう人物がいるということは知っていたが……」
カティヤはオーレイに話をしてくれた。
大きな戦いがあったこと。
俺やアンナがジュブウバリ族のために戦ったこと。
復興のために今日まで尽力したこと。
自慢げに語ってくれた。
そのうち、俺のまわりには子供たちが集まってきて、名実ともにアマゾロリコン、じゃなくてアマゾロリアであることが証明された。
どうも。アマゾロリアのアーカムです。
それから、カティヤは俺たちがジュブウバリ族の里を出たがっている旨をオーレイに説明してくれた。
「遠国から次元に迷い込み、闇の魔術師とたたかい、アマゾロリアになり……はは、まるで物語の主人公みたいな大冒険だね。君たちは数奇な運命にあるようだ」
「僕とアンナを里の外へ連れていくことはできますか?」
「もちろんさ。私はアマゾーナの研究家だ。君が闇の魔術師たちから里を守ってくれたことに最大限の敬意を表したい。最寄りの文明圏まで責任をもって連れて送り届けよう」
「ありがとうございます」
これでようやくひとつ前へ進める。