俺は目を見張る。
否定はしまい。
目を背けることはしまい。
ひたすらに理解しよう。
「質問に答えろ! 貴様がこの者たちを殺したのか!」
エイダムは怒りに肩をふるわせた。
殺戮への憤怒だろう。
だが、それ以上にこの緒方という男が外からこの船にやってきた──おそらく帰って来た──ことが不安を掻き立てている。
アディやジェイクたちはどうなった?
「言語解析ソフトが生きていればよかったのにな。猿が喚いているようにしか見えないよ」
「これ以上は待たんぞ! 答えろ貴様!」
「うーん、しかし、ずいぶん体躯に優れた原住民だ。これはひょっとするとナイト……とかいう超原始的な異世界戦力なのかな?」
さっきから会話が嚙み合ってない。
日本語とエーテル語で話してるせいだ。
緒方は顎に手をあててモルモットを観察するような目つきをしている。
が、その嫌な目つきは、きょとんと丸くなった。
「んー? それは、剣……? 剣だと? ちょっと待ってくれ、剣!? はーははははははっ! そんな原始的な武器でなにをするつもりだね! はははははは! 笑い死なせる気かね!!」
緒方は高笑いをし、拳銃をとりだした。
デカい……50口径だ。
「クリストファー・コロンブスが最初に上陸したサン・サルバドル島には原住民がいたと言われている。コロンブス船長はたくましい体つきの彼らを見てこう思ったそうだ。『いい奴隷になりそうだ』とね。私はいま誰よりコロンブスの気持ちがわかるよ」
「エーテル語圏の外から来たのか? しかし、だとしても投降する気はないようだな」
「こらこら目が反抗的だぞ。やめたまへ。どうしたって私には敵わないのだ。それに、供給が何十年後になるかわからないくらい絶望的だというのに無駄弾を使わせないでくれたまへよ」
「もう斬るほかない、か」
エイダムが俺をうしろへ突き飛ばし「お隠れください!」と言い残して、一気に駆けだした。
俺は「無茶ですよ!」と叫ぶ。
銃相手に剣なんて無謀にもほどがある。
「非道なる悪党は斬るほかありませんッ!」
緒方は「所詮は原始人」と薄ら笑いをして引き金をひいた。
エイダムの頭に風穴が空く──。
緒方も俺もそう思っていた。
だが、そうはならなかった。
ギィンッ! と甲高い音がして銃弾がはじかれたのだ。
「は?」
緒方は目を見開いて唖然とする。
その隙にエイダムは剣で緒方を叩き斬った。
緒方は勢いよく操縦室のモニターまで吹っ飛んでいく。
「エイダムさん、す、すごいですね」
「人々を守りたいのに、魔法の才能がないものですから、できることに専念したのですよ。励めば誰だってこれくらい出来るようになります」
「あ、エイダムさん、肩から血が出てます」
「つぶてを発射する武器のようですな。恐ろしく強力だ。当たり所が悪ければ死んでいたでしょう」
エイダムの肩に弾丸が食い込んでいた。
皮膚にすこし埋まる程度で止まっている。
金属のはじけるような音がしたので、てっきり鋼鉄の筋肉に弾かれたのだと思ったが、流石に完全には防ぎきれていないらしい。
大口径の銃で撃たれたのに、そのまま反撃してる時点でおかしいんだけどね。
やはり筋肉はすべての問題を解決するのか。
「外の者が心配です、いったん入り口に戻りましょう、アーカム殿」
「ちょっと待ってください」
俺は緒方の死を確かめるべく、彼のもとへ行こうとし……彼がのっそりたちあがるのを目撃した。
瞬きの後、
「え?」
なにが起こったのかわからなかった。
壁にめりこんだエイダムは口から血を吐き、四肢がすべて変な方向へ曲がっている。
潰れた体からは臓物が飛び出て、だらりとひも状の臓器が垂れ下がっている。
「まさかIT5でも威力が足りないとは……徹甲弾を積んでくるんだった……」
緒方は銃をガチャガチャいじり「ガラクタめ」と悪態をついて投げ捨てる。
いまのは……サイコキネシスだ。
当たれば最後、金属はひしゃげ、人体は破壊される。
「子供を連れてこのような場所に来るとはね。危ない雰囲気と言うか、そういうものを感じなかったのかね、この原始人は。ちいさな脳でもハッチの異質さを見れば、踏みこむのを躊躇するはずだと思うのだがね」
もう腹をくくるしかないか。
「…………相変わらず、独り言が多いな、あんた」
「なにか言ったかい、ボクくん。あいにくと猿の言葉はわからないんだよ。日本語か英語で頼む。中国語でも許そう」
深く息を吐く。
エイダムの死体を横目に見る。
なんでこんなことになった。
ついさっきまで、王女様から勲章を授与され有頂天になってたのに。
ゲンゼはいなくなっちゃうし、悪夢のような場所にたどり着いてしまうし。
俺史上最低最悪の一日を間違いなく更新した。
圧倒的なワーストスコアだ。
「緒方主任」
「なんだって? いま、主任と呼んだのか……? というかなぜ日本語を話せるのだ……ッ」
緒方は目を見開いている。
「忘れたんですか、俺のことを。伊介ですよ。あんたが殺した」
「お前は、お前は……まさか……そんな馬鹿な……!」
ほんとに馬鹿な話だよ。
こんな遠い地で再会するなんて。