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天才


 新暦3054年 冬一月


 時は流れ、俺は7歳の誕生日を迎えた。

 同時に修羅場も迎えていた。


「アーク、これはどういうことだ」


 腕を組んだアディが恐い顔をして立っている。

 俺は床の上に正座して、自分のベッドのうえを見やる。

 そこには3年前に盗んだ魔導書と、魔術に関する研究資料が積んである。


 バレた。

 ついにバレたのだ。


 窃盗。魔術の勉強。

 アディに禁じられていた2つを俺は堂々と破っていた。

 厳罰は免れまい。

 だが、甘んじて受け入れよう。

 アディが求めるなら三種の神器の解放もいとわない。


「父様……」

「アーク、お前というやつは」

「とりあえず脱ぎましょうか?」

「なぜ脱ぐ?!」

「それじゃあ、靴を舐めさせていただきますね」

「やめろ、どうしたんだ、アーク?!」

「まさか、土下座で済ませてくれるんですか? それは三種の神器のなかでも最弱──」

「正気にもどれアーク!! 一体全体なにがお前をそうさせる!?」


 自分の息子にそんなことさせるわけにはいかないか。

 でも、ほかに謝罪の方法知らないしなぁ。


「本当に申し訳ございませんでした。深く反省しており、今後このようなことが──」

「反省もすんじゃない!」

「……あれ?」


 それはおかしくない?

 反省もさせてもらえないのか?


 俺はアディを上目遣いで見あげる。

 いつもは穏やかで丸メガネの似合う父親が、いまは真剣なまなざしで、俺の研究レポートを食いいるように凝視している。


「『魔力量に関する研究』『風属性式魔術と大気圧』『水属性式魔術と状態変化』『火属性式魔術と熱伝導』『火属性式魔術と燃焼反応』『『基礎詠唱式・発射の威力指定/射程距離/装填魔力について』──」


 アディは俺の作成したレポートのタイトルを次々と読みあげていく。


 すべての悪事がバレた。あわや俺も勘当かんどうか。

 そんなことを思っていると、アディはガバっと顔をあげて、天井を見上げた。

 くしゃり、と紙のきしむ音が聞こえる。


 アディの手はレポートに皺が寄せるほど強く握られていた。

 やがて、彼はゆっくりと顔をこちらへ向けると、力なく肩を落とした。

 手から羊皮紙の束がこぼれ落ちて、床の上で散らばった。


「アーク、魔術の勉強をしていたんだな」

「……はい、すみません」


 アディは深く息を吐く。


「何ができるのか見せてくれないか?」

「はい?」

「お前が研鑽して積みあげた魔術を見たいんだ」


 アディにどんな思惑があるのかわからなかった。

 表情はわずかに強張っている。この穏やかな笑みがアディらしい。

 だが、普段の温かいものではない。

 触れば冷たい、どこかひんやりとした印象を受けた。


 怒りではない気がする。

 かといって、表面どおりの微笑みでもない。

 今、アディの心は笑っていない。


「わかりました」

「うん。庭にでようか」


 庭に移動すると。居間からつづく縁側えんがわにエーラとアリス、それとエヴァがいた。

 エヴァは2人に外遊びをさせていたらしい。


「どうしたの、2人とも」

「エヴァ、すこし庭を使うよ。魔術の実演だ。危ないからエーラとアリスから目を離さないでくれ」


 アディの簡潔な説明に、エヴァは戸惑っている。


「アーク、これは……」

「僕がこれから魔術を使います。もちろん、危険がないようにしますが、念のため2人を見ていてください、母様」


 俺はそう言って、アディへ向きなおる。


「今日はお前の7歳の誕生日だったな」

「はい……」

「これを」


 アディが箱を渡してくる。

 開ければ、黒いちいさなパーツが入っていた。

 ポケットからこの6年間すこしずつ大きくなっていった杖をとりだす。


 杖に最後のパーツを連結させる。

 きゅっきゅっと固く締めた。

 これでもうディアゴスティーニの杖は一本の完全なものとなった。


 アディは眉間にしわをよせて、腰の帯杖ベルトから自身の杖を抜く。

 アディが腕組して待ちはじめたのを受けて、俺は杖を構えた。


 魔導書を盗んでから4年。

 1年480日、あわせて1000日と920日。

 毎日、魔術を使い続けた。


 異世界に来てからの俺は常に魔術とあった。

 この力が俺をOutwitさせる。俺をすごい人間にしてくれる。

 そんな予感があったからだ。


「いきます。

  風の精霊よ、力を与えたまへ、

     大いなる息吹でもって、

    我が困難を穿て──≪アルト・ウィンダ≫」


 エレアラント森林の巨木に狙いをつけ杖をスナップさせた。

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