目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年09月08日
公開日
89,830文字
連載中
 科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
 実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。

 無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
 辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。

再誕者の産声



 プラズマ製の白いヴェールが晴れる。

 その瞬間が一番恐ろしかった。


 物理学は、次元の狭間に、虚無の海があることを予測している。

 まだ人類はこの領域を観測してはいない。

 だが、そこが良い場所じゃないことくらいはわかる。


 人類が侵してはいけない規制線の向こう側だ。

 虚無の海にはなにもない。


 それは文字列のならぶ紙面上の余白と同じだ。何かが存在する余地がまるでない。


 ひたすらの虚空。光も音も反射してかえってくることはない。だから、なにも見えない。なにも聞こえない。刺激ゼロのひたすらの無。

 星のない宇宙と形容するロマンチストもいる。俺がそのロマンチストだ。


 プラズマの残照が完全に失われた。

 案の定、あたりは真っ暗だった。


 ──失敗確定演出ですね、ノー転移でフィニッシュです


 これが虚無の海か。

 ほんとうになにもないんだな。


 果てしない絶望に息を呑むことすらできやしない。

 人類初虚無の海にやってきたというのに、全然嬉しくない。


 やっぱり2%の壁に挑戦するのは無謀すぎた。

 98%失敗率あるのにトレーニングさせるトレーナーくらい無謀だった。


 俺は孤独に死ぬ。

 すべてがここで終わる──


 ん?


「────」

「──っ、────!」


 すべてが零に帰着するはずだった。

 なのに、何かが俺へ刺激をもたらした。


 ありえない。ここは虚無の海のはずだ!

 光も音も観測することはできない究極の無のはずなのに!


 なのにどうして?

 予想を超えた異常が起きているのか?


 俺は感覚を研ぎ澄ませる。


 ……これは音? あるいは光? はたまた触感だろうか?


 五感のどれが反応しているのか判別できない。


 だが、間違いなく、外側から刺激が加わっている。


 曖昧だった。

 すべての輪郭が溶けて湯に流れ出したかのようだ。


「───!」

「─────────、───!!」


「──。──、────」


 溶けた輪郭がふたたび一つになっていく。

 失われた機能が再び息をふきかえすかのように、魂が脈を打ちはじめる。


 得体のしれない刺激が強くなってきた。

 決定的瞬間がそこまで迫っているような──そんな確信があった。


 そして、直後、俺の体に電流がはしった。


 超能力に覚醒したとき以来の、巨大な衝撃だった。


 真っ暗だった視界に、光が波打つ。

 霧ががかった聴覚に、音が踊りだす。


 詰まった臭覚が動きだし、呼吸器系が惰眠から目覚め、世界を循環させはじめる。

 全身にドッと重力を感じる。


 不完全だった輪郭が完全にカタチを取り戻したのだ。


「そん、な、そんな……うわあああん……っ!」

「どうしてこんな事になったんだ……」


「これ以上の処置は無駄でしょう……息をしてません。残念ですが、あなたがたのお子さんはもう……」


「なんとか、なんとか、できないの!? こんなのってあんまりよ……! ようやく産まれてきてくれると思ったのに……っ」

「どうして俺たちの子なんだ……この子がなにをしたって言う……」


 しょぼくれた視界の中には、大人が3人、なにかを言いあっている。

 みんな沈鬱な表情だ。外国語を喋っているので俺には会話がわからない。


 ふと、黒い髪の男と目があった。

 メガネをした薄紅色の瞳の男だ。カラコンだろうか。イケメンだな。性の悦び知ってるような顔だ。死ねばいいのに。


 俺はいつもの卑屈な癖で、とりあえすペコリと頭をさげる。男がイケメンだったので、本能的に負けを認めてしまっているらしい。いつも通り、ちゃんと情けない。


「…………………え?」

「ぐすん、どうしたのアディ……アーカムを見て……」

「いや……あれ…………、アーカムが、こっち見てる……」


 男は俺を指さす。信じられないような顔で。

 視線を真上にむければ、今度は思わず目を見開いてしまう美女がいた。

 銀色の髪、水色の瞳。絶世の美女じゃ。美女が俺を見ている!?


「っ!!!!???」


 銀色の美女の目元は真っ赤に腫れていた。

 が、俺と目があった瞬間に、幻想的な瞳がカッと開かれる。


「生き、かえ、った……」

「生きかえった……、生きかえったわっ!!!」

「奇跡だ……っ! この子は神に愛されてる!」

「もうだめかと思ったわ、うわわあああん……っ!」

「そうだね、エヴァ。でも、俺たちのアーカムは強い子だった!」


 黒髪の男と、銀髪の美女は涙を流しながら、俺にほおずりしてくる。


 特に男のほうは、軽々と俺をもちあげると「アーカム、奇跡の子だ!」と、俺のわからない言葉で感涙こぼしながら何度も叫んだ。


 1mmも理解が追い付いていなかった。


 男は俺もちあげるくらい腕力やべえし、美女は美女だし……。

 虚無の海に落ちたのに、なにを間違えればこうなる。


「アーカム! 産まれてきてくれてありがとう!」

「本当によかったわ……死んで産まれてくるなんて、きっと将来は大物になるに違いないわ!」


 騒々しい外国人たちに囲まれながら俺は結論をだした。


 すべての疑問に説明をつける方法はだたひとつしかない。


 やはり俺は死んだようだ。まる。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?