時にブラックコーヒーが飲めないと子供扱いのままなのでは、と思う。
「ええっと、智也くん大丈夫? なんというか、凄く苦そうな顔をしているような気がして……」
「っ、はは、問題ありません。美味しいです。めっちゃ、物凄く!」
「そう……? なら、いいのだけど」
明らかに心配そうというか、失望しているような表現をしている感じで。
うぅ、舌にまだ苦味のある成分が……どちらかというと無縁の世界に踏み出してしまった感覚が残って……。
本音を晒そう、苦いのは非常に、
匂いとして嗅ぐのはいいけど、自身の体内に取り込むとなると話は別。
だが、この程度も嗜めないとは思われたくない方が勝ってしまったゆえに。
「たぶん、もう少しで注文したケーキ、届くから。その、無理しないでね?」
「む、無理なんてしてないです。あぁ、美味しいな、このブラックコーヒー!」
おっと、旨すぎて目から水が……。
と、刹那。狼狽えていたところに救世主がやってくる。
「お待たせ致しました。日替わりケーキセット二点です。では、ごゆっくり」
男性店員がケーキセットをテーブルに置くと、速やかに去っていく。
素晴らしい……。
あの早々に物事を手際よく片付ける身のこなし、見習わなくては。主ににゃこ吉の世話で使えそう。
「わぁ、美味しそうだな。わたしのは、レアチーズケーキで智也くんは」
「苺タルトですね。よかった、中和出来そう……あ、いや! 決して、さっきのコーヒーが頂けなかったとかではなく」
ふふふ、と上品に笑う。
子供っぽいって思われたかも。でも、笑顔の華を咲かせられたからいっか。
「あの、もしよかったら半分こしない? 智也くんの苺タルトも美味しそうで……ふふ、食い意地張ってるみたいだけど」
「っ……! そんなことは! むしろ、こっちからお願いしたいと申しますかっ……」
テンパる、のも無理はない。
偶然の出逢い、好きなものを共有して、小さなことを分かち合う。まるで、それって……。
「んっー、美味しい! チーズケーキも苺タルトも両方とも美味しいよ、智也くん」
片手を頬に当てて、幸せそうな笑顔の華が満開に染まる。俺を呼ぶ声も、子供のようにはしゃぐ仕草も、たまに見せる大人の女性的魅力も、全部が愛おしい。
あぁ、ヒロ兄はやっぱりズルいなぁ。いつもこの笑顔を見ていたなんて。
「智也くん?」
「すいません、いい食べっぷりだなって思って」
「むぅ。仕方ないよ、だって美味しいんだもん。智也くんも食べたら絶対にこうなっちゃうから!」
「……本当ですね、どっちも美味しい」
「でしょー」
「何でちゆりさんが自慢げなんですか」
自然と互いに笑みが溢れる。
食とか、食べれればいいやとか思っていたけど、こうやって過ごせるなら悪くはない、かな。
さて、そろそろ本題に移行しよう。底抜けに告白の返事が聞きたいけど、今は置いといて。まずは連絡先の確保。
「あの、ちゆりさん」
「ん、何?」
ケーキを見事に平らげ、食後の一杯と言わんばかりのアイスカフェモカを一口運ぶと翠眼がこちらを向く。
さぁ、長谷川智也よ、そのまま流れに沿って連絡先の交換をしてしまえ!
「これからも俺と定期的に逢ってはくれる、でいいですよね?」
「……うん、もちろん!」
微妙な間。昨日と同じだ。それでも、引けない。押せ、前へ進むためにも。
「でしたら、連絡先の交換しませんか? これからも昨日とか、今日みたいに偶然逢うとかは難しいでしょうし」
「確かに。わたし、ここから何駅か先の場所に住んでるからたまたまは難しそうだもんね」
コードの方でいいかな、と付け加えて次回以降に繋げる手段を得る。
案外すんなりと事を済ませることに成功した。
「ありがとうございます。こんにちは、と」
「こっちも送るね。あ、このよろしくのスタンプ可愛い!」
緩いタッチのヒヨコがよろしくお願いします、と嘆くクリエイター作のものによき反応。それもそのはず。
「ですよね。これ、ヒロ兄がプレゼントしてくれ……あっ」
本日二度目、墓穴をしっかり掘った。
「す、すみません。ええっと、この猫のスタンプも人気があって」
「智也くん」
「っ、はい……」
彼女は俯き、心なしか下唇を一瞬だけ噛むと普段の雰囲気に戻る。それでも、辛そうに見えるのは俺の気のせいだろうか。
「もう大丈夫だよ。一日寝て、吹っ切れたし、いつまでもメソメソしてるなんて時間が勿体ないからね! だから、そんなに気を遣わないで欲しいな」
「……わかり、ました」
わからない。
本当は頷きたくなんか、目を背けたくはないのに。
「うん、約束」
柔らかで、穏やかな仮初めに見える表情。
無邪気に微笑む、ちゆりさん。
嘘が下手な、ちゆりさん。
悲しい時、本当は辛い時に何にも話してくれないちゆりさん。
まだ大人になれない俺に、あなたの手をそっと包み込むように握ることが出来る日はいつか来るのでしょうか。