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第20話:傲慢

 地獄の番犬ケルベロスが消え去った後、金色の宝箱がひとつ残されていた。マツリは眠い眼をこすりながらデンカに中身の回収を頼む。


「デンカ、悪いけど、もう頭が働かないわ。何か換金できそうなモノがあったら、デンカが皆から背負わされた借金返済に充てていいから……」


 マツリはデンカにそう告げた後、ふあああとひとつあくびをする。武流たけるはヘッドセットのスピーカー越しにマツリのそれを聞き、ちょっと無理をさせすぎちまったなあと反省するのであった。


「わかった。じゃあ、マツリは先に帰還ゾーンを通って、ダンジョンの入り口に戻っておいてくれ。なんなら、【馬呼びの笛】を使って、街に戻っていても良いぞ?」


「うん……。わかった……。そうさせてもらう……。デンカ、明日は朝10時からね……?」


 マツリはデンカにそう告げると帰還ゾーンをくぐり、ダンジョンの外へ出てしまうのであった。残されたデンカは金色の宝箱を開き、中身を確認する。その中身を調べた結果


「錆びた槍1本、使い古された盾、そしてボロボロのマント2枚ってか。うーーーん、もう少し良さげなものがあっても良いと思うんだけどなあ? まあ、明日、街の武器・防具屋NPCに鑑定してもらうか……」


 ノブレスオブリージュ・オンラインでは、鑑定済みアイテムと未鑑定アイテムの2種類がある。しかし、問題点がひとつあり、未鑑定アイテム状態の時は【取引可能】属性なのだが、鑑定を終えると【取引不可】属性に変わるアイテムも存在する。


 そのため、見た目変更にも使える武具を引き当てたとしても、鑑定が終えた時点で所持しているキャラが、それを使用できないなら、解体をして、その中から素材アイテムへと変換しなければならなくなる。


 その素材アイテムを数個集めて、合成すれば、見た目変更アイテムに生まれ変えさせることが出来るのだ。デンカは手に入れたこれらをどうしようかと悩む。


「デンカ、先に落ちるわね……。もう限界……。おやすみなさい……」


「あ、ああ。マツリ、おやすみな?」


 茉里まつりはそう言った後、ディスコ通話を切り、オープンジェット型・ヘルメット式VR機器を頭から外し、それをパソコン・ラックの上に置く。その後、よろよろとパソコン・チェアから立ち上がり、頭からベッドへとダイブして眠りに落ちるのであった。


 デンカはとりあえず、宝箱の中身を全て回収し、自分もまた帰還ゾーンに入り、ダンジョンの入り口に戻る。そして、【馬呼び笛】を使い、さっさと仮の首都であるブールジュに戻ろうとした矢先のことであった。


「おーほほっ! そこに居るのは【イングランドの恥部】こと、デンカ・マケールデスワよっ!」


 わざわざ広範囲チャットを使い、デンカに対して挑発的な態度の女性が現れる。デンカは、ちっ! と大きく舌打ちをするのであった。


「シャライ・アレクサンダー。こんな時間にまだノブオンにインしてたのかよ……。さっさと寝りゃいいモノを」


「ん? 何か言ったかしら? 地を這いずり回るのがお似合いの【イングランドの恥部】こそ、さっさとノブオンから引退するべきデスワ?」


「うるせえ……。その歪んだ笑みに斧槍ハルバートを叩き込むぞっ!」


 デンカはシャライ・アレクサンダーの挑発に易々と乗ってしまう。シャライは所作『爆笑』をし、金髪の2本縦髪ロールと司祭服の上からもわるふくよかな胸をおおいに揺らしながら、おーほほっ! おーほほっ! と高笑いをするのである。


 デンカは付き合ってられるかと、【馬呼びの笛】を使い、フランスの仮の首都であるブールジュへと戻ってしまうのであった。


「あら、つまらないのデスワ。もう少し、いじり倒してやりたかったのデスワ。まあ、良いのデスワ。ゴーマ。わたくしたちはあんなゴミ虫など放っておいて、『天使の御業』を手に入れに行くのデスワ」


 シャライ・アレクサンダーにゴーマと呼ばれた黒色のイングランドの民族衣装であるスーツに身を包んだ男が、うやうやしくシャライに所作『お辞儀』をする。


「しかしながら、デンカ・マケールと、こんなところで出くわすとは思っていなかったのでゴザル。もしかして、彼もこの【忘れられた英雄の墓場】で『天使の御業』を取りにきていたのでゴザルかな?」


 ゴーマ・フィッシュバーンがそう言うと、シャライは所作『大爆笑』をおこない、さらに甲高い声で、おーほほっ! と笑い出す。


「何を言ってるのよ。あいつの恰好を見たでしょ? あれは上級職の【破戒僧正】に違いないのデスワ。まったく、何を未練たらしく未だにノブオンにしがみついているのか、わからないのデスワ? イングランドを崩壊に導いた罪と共に、ノブオンから去るべき男なのデスワッ!」


 シャライが苦々しい表情になりながら、ブッと唾を勢いよく地面に吐く。


「シャライ殿。女性キャラがそんな所作をおこなってはいけないのでゴザル……。イングランド陣営には、シャライ殿を女性だと思っている殿方も多いのでゴザルよ?」


 ゴーマはシャライの女性にあるまじき行動を諫めるのであった。シャライ・アレクサンダー。彼女はイングランド陣営の三大傭兵団クランのひとつ【イングランドの綺羅星ビューティフル・スター】の筆頭であった。ゴーマはそんなシャライの右腕である。


 しかし、彼女は高飛車な態度で相手と接するため、イングランド陣営からも好まれている方ではなかった。彼女自身もそれを知っているゆえに、その欠点を補うためにも、皆の人望が厚いゴーマ・フィッシュバーンを自分の傭兵団クランの副長に任命しているのであった。


「あら、そうだったのデスワ。うふふっ。わたくしとしたことがはしたないおこないをしてしまったのデスワ? さて、ゴーマ。朝までに25階層まで突破するのデスワ? 噂の『天使の御業』、日曜日の夜までには手に入れて、次の合戦で、使いまくってやるのデスワッ!」


「はてさて、21階層から25階層までは、難敵続きとの噂でゴザル。いくら、最上級職の拙者たちでも難儀すると思うのでゴザル」


 ゴーマの言いにシャライは、ふんっと鼻を鳴らす。


「【イングランド最強の盾】と呼ばれるゴーマ・フィッシュバーンにしては、臆病な言いなのデスワ? それに【イングランド一番の美女】こと、シャライ・アレクサンダーが揃っているのデスワ? わたくしたち2人が揃っておいて、クリア不可能なダンジョンなど、このノブオンには存在しないのデスワ?」


 またもや、シャライは所作『爆笑』を使い、おーほほっ! と高笑いをするのであった。対して、ゴーマは所作『やれやれ』をしだす。


「まったく、いつも不思議でゴザルが、シャライ殿のその自信はどこからくるのでゴザル? 拙者もシャライ殿の自信をわけてほしいのでゴザルよ?」


 ゴーマが嫌みを込めて、そうシャライに質問する。だが、ヒトの感情の機微にシャライは疎いのか、気にした風もなく次のように言いのける。


「わたくしのこの美貌がそうさせるのデスワよ? この容姿に変更するのにノブレスメダルを1万枚以上も使ったのデスワ? まったく……。髪型で3000メダル、豊胸に2000メダル、そして、キャラのボイスを人気声優のものにするのに3000メダル。さらには、この鎧への見た目変更アイテムで2万メダル。まったく、ノブオンの運営は守銭奴なのデスワ?」


 運営を守銭奴と卑下しながらも、その課金アイテムを買うのに湯水の如くにリアルマネーを費やすのははどうかと思うゴーマであるが、下手なことを言えば、シャライが発狂しだすのはわかりきっているゴーマなので、口をつぐむ。


「そう言えば、新作の口紅アイテムが課金アイテムに登場していたわよね? ゴーマ? 25階層までクリアしたあと、購入して使ってみるから、感想がほしいのデスワ?」


「わかったのでゴザル。しかし、今以上にキャラの美貌を磨くことに意味なぞ無いと思うのでゴザルが?」


「わかってないのデスワ。ゴーマは全然、わかってないのデスワ! わたくしが美しくなるほど、わたくし目当てにイングランド陣営に移籍するプレイヤーが増えるのデスワ! しいては、それはイングランド陣営の強化に繋がるのデスワ!」


 シャライの言いにゴーマは頭痛が襲ってきそうな思いである。ゴーマはシャライとの会話を打ち切り、ひとり、先にダンジョン【忘れられた英雄の墓場】の中へと向かうのであった。


「ふんっ。面白くない男デスワ。しかし、ゴーマの言っていたことも気になるのデスワ。何故、あの【イングランドの恥部】と揶揄された男がここに居たのかしら?」


 シャライはデンカの存在を少しだけ気にしたのだが、どうせ、ソロプレイで浅い階層でドロップアイテムでも集めていたのだろうという考えに至る。その後、彼女は先にダンジョンの中に入ったゴーマをゆっくりとした足取りで後を追うのであった。

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