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第8話:結婚

「結婚する……」


 茉里まつりが口を開き、低い声でそう告げる。


「お、おい。マツリ、今、なんて言った?」


 デンカがごくりと唾を飲み込み、おそるおそるマツリに聞き返す。マツリは意を決し、普段では出さないような声量で次の言葉を口から発する。


「【結婚】してでも、団長から【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を奪い取る!」


 茉里まつりがそう言い切ったあと、はあはあと荒くなった呼吸を一度飲み込み、ふんっ! と鼻息を鳴らす。そして、茉里まつりが次におこなったことは、ゲーム内の自分自身をオートラン状態にし、ゲーム上のとある場所に走らせることであった。


 そのマツリの動きを見たデンカは、悪い予感をひしひしと感じ、マツリの後を追いかけはじめたのであった。しかし、マツリはさらにキャラクターの移動速度上昇にも使用できる【風の恵みウインド・ブレス】を発動し、彼女は通常の1.5倍の速さで、眼の前の傭兵団クラン・ホールに正面から突っ込んでいく。


「お、おい! まさか、マツリ! 団長に直談判する気なのか!?」


「ええっ! その通りよ! あのニヤついた団長の顔面に【結婚指輪エンゲージ・リング】を叩きつけてでも【結婚】してもらうわよっ!」


 マツリの強い意思が宿った声に、デンカとトッシェが、背中にゾゾゾッ! という悪寒を感じざるをえなかった。


「ちょ、ちょっと、今、どういう状況になっているか、はっきりとわからないッスけど、無理やり【結婚】するのはダメッスよ!? 規約違反で運営から警告されるッスよ!?」


「うるさいわね、トッシェ! あたしが欲しいと思って、5000円をはたこうかとしているまさにその時に、団長がこっそりと【オルレアンのウエディングドレス・金箱】をすでに手に入れてたのよ!? これで激高しなくて、いつ激高しろって言うのよ!?」


「い、いや、マツリの気持ちは少しはわからんでも無いけど、それでも【結婚】を申し込むのは尚早すぎやしないか? 団長だって、結婚する相手を選ぶ権利があるんだからよ?」


 と、ここまで言って、武流たけるは、しまった! と思ってしまうが、一度、声にしてしまった言葉は、マツリの心に鋭い刃となって突き刺さる。それと同時に画面上のマツリは立ち止まる


「なによ……。あたしは団長と不釣り合いって言いたいの……?」


 マツリの声の低さは、武流たけるがここ半年で聞いた中では、一番の低さであった。合戦中に完膚なきまでに最上級職徒党パーティに打ち負かされ、さらには手を抜かれていた事実を合戦が終わったあとに、その徒党パーティのひとりに残酷な事実をマツリが聞かされた時以来なのであった。


「あたしだって、団長には憧れがあるの……。団長はフランス陣営の筆頭よ? 300人以上居る、フランス陣営のトッププレイヤーたちのひとりなのよ? あたしは将来、団長と並び立つほどの徒党パーティになりたいのっ!」


 茉里まつりは喉から振り絞るように、ノブレスオブリージュ・オンラインにおける自分の目標をデンカとトッシェにぶちまける。


「す、すまねえ。マツリがそんな風に考えてたなんて、これっぽちも考えたことなんてなかったわ……。ただ純粋にこのゲームを楽しんでるとばかり思ってた……」


「俺っちも反省するッス。割と適当にノブオンをやっていたッス。マツリちゃんがそこまで、ノブオンを好きだったなんて思ってもみなかったッス」


 2人はマツリに対して、平謝りするしかなかった。武流たけるは、過去の出来事を教訓にして、今はある信条に従って行動していた。ひとりでも多く、ノブレスオブリージュ・オンラインを楽しんでもらえるプレイヤーが増えてくれれば良いとだけ思っていた。


 そして、それを享受しているトッシェは、まさに好きなようにノブレスオブリージュ・オンラインを楽しんでいた。


「ごめん……。あたしはデンカやトッシェにはいつも助けられているし、それに関しては感謝もしているの。でも……」


 彼ら2人と徒党パーティを組んでいる茉里まつりはそれだけでは満足できない身体になってしまっていた。茉里まつりには夢が出来たのだ。


「あたしは例え、ゲームの世界であったとしても、自分が行きつける場所にまで到達したいのっ! それが誰よりも早く最新のボスNPCを退治したりであったり、合戦でフランス陣営内の武功1番であったり、合戦場に現れる1番強い敵大将の首級くびを上げるであったり、【ヴァルハラの武闘会】で優勝でも何でも良いの!」


 茉里まつりはそこまで1度、言い切った後、呼吸を整える。そして、瞳に強い意思を宿して、2人に告げる。


「あたしは、このノブレスオブリージュ・オンラインで、どの分野でも良いから、これと決めたもので到達できるところまで行ってみたいのよっ! その手始めが団長と【結婚】することなのよっ!」


「い、いや。別に団長と結婚したからといって、どこかに到達できるってわけじゃないと思うんだけど?」


「うっさい! デンカはいちいち細かいのよっ! あたしたちが何かしらで1番になる時に、ダサい装備なんか着てたら、皆ががっかりするでしょうがっ! 団長の恰好を思い出してみなさいよ! フランス陣営のトッププレイヤーたちのひとりらしく、それにふさわしい見た目にしているじゃないのっ!」


 マツリの言いっぷりに男2人は、うぐっと口をつぐむしかなっかった。


「団長はロンギヌスの槍を装備して、スレイプニルに跨って戦場を駆け巡っているわっ! そして、その右腕たるカッツエさんはミョルニルをぶん回しているしっ! なら、あたしがトッププレイヤーに相応しい恰好となれば【オルレアンのウエディングドレス・金箱】になるのは自明の理よね?」


「な、何が自明の理なのかはわからんが、言いたいことはわかる……。しかしだな、それでも、団長に【結婚】を申し込むのはおかしくないか?」


「どこもおかしくないわよっ。大体、団長が【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を持っていたって、ほーら、そこの可愛い子ちゃん? 先生と結婚して、【オルレアンのウエディングドレス】を着る権利をもらいませんか? って言うためだけに決まっているじゃないのっ! それなら、あたしにその権利を譲れって話なのよっ!」


 もう言っていることがめちゃくちゃだと男2人は思うのであるが、ここで要らぬツッコミを入れれば、マツリがさらに激高し、自分たちはとばっちりを受けるのは火を見るより明らかである。それゆえ、彼らはマツリの暴走を許してしまう結果となるのであった。


「さあ、やることは決まったわよっ! デンカ、トッシェ! あたしと一緒に傭兵団クラン・ホールにある、【4シリの御使いデス・エンジェル】の執務室へ行くわよ! あたしひとりだと、団長にのらりくらりとかわされる可能性が高いからね!」


「ええっ!? デンカさんはマツリちゃんのお目付け役だから、一緒に直談判するのは当たり前ッスけど、俺っちまで一緒に団長の執務室に飛び込む必要性なんかどこにも無いッスよ!?」


 マツリに対して必死に抗議をするトッシェである。トッシェとしては、マツリの先ほどの主張に頷く部分は多々あった。だが、それでも団長の執務室に飛び込んで、マツリが団長に【結婚】をせがむ手伝いをさせられるのは、また別問題であったのだ。しかし、逡巡するトッシェが次に聞いたのは、ピコーン! というゲーム音声であった。


「ちょっと待つッス! なんで俺っちのキャラを徒党パーティに勧誘しているんッスか! まだ一緒に行くって承諾してないッスよ!?」


 トッシェの頭の上には【マツリから徒党パーティへの招待が来ました。承諾しますか?『はい』『いいえ』】が表示されていた。


 トッシェは、一度、はあああと深いため息をつき、その手に持つゲームパッドを操作して、『はい』を選択するのであった……。

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