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第3話:掘り出し物

 唐突に話を切り替えられたことにマツリは納得がいかなかった。マツリはデンカの過去をネットで少なからず情報を手に入れていたからだ。


 マツリがこのノブレスオブリージュ・オンラインを始めるにあたって、ネットでゴーグル検索をしようとしたところ、検索候補に【ノブレスオブリージュ・オンライン 晒し】というワードが上がったからだ。


 マツリは興味本位でそのワードでゴーグル検索をしたところ、実際にゲームをプレイしている悪質なプレイヤーたちによる、ネット上でのいわゆる【晒し】行為がおこなわれていたのである。しかしながら、ネット上での【プレイヤー晒し】行為もここ1、2年以内では、すっかり消沈してしまっている。


 ノブレスオブリージュ・オンラインをプレイしている人数が減ってしまったのが原因なのか、それとも、晒し行為を行っていたモノが他の本格的VR対応MMO・RPGに移っていったのかは、マツリには判別できなかった。


 しかし、そんなマツリにも、はっきりとわかっていることがある。デンカ・マケールが、かつては、ネット上において【イングランドの恥部】、【ノブオン史上、最悪の暴君】と揶揄されていたことを。


 もし、この世に神様が居ると仮定するならば、何故、その神様が、あたしとデンカ・マケールが同じ徒党パーティを組むような運命を組み込んだのかしら? それがわからないわ……とマツリは、ノブレスオブリージュ・オンラインを始めて1週間経った時に思ったことである。


 今でも時折、マツリはそう思うことがある。だが、聞いてはいけない気がしてならなかった。だから、マツリがノブレスオブリージュ・オンラインをプレイを始めて、2年以上経った現在に至ってもデンカには聞けずじまいだったのだ。


「ん? マツリ、ぼーっとして、どうしたんだ? 【バザー】を見にいかないのか? 貯金に心配でもあるのか?」


「えっ?」


 考え事に意識をもっていかれてい茉里まつりは、突然、自分の耳にデンカの声が聞こえてきたことに驚いてしまう。


「なんだよ。ディスコ通話の着信音は聞こえてたはずだぞ? ゲーム内チャットに反応がなかったから、直接、ディスコで呼びだしたんだよ。なんだ? 無意識にディスコの応答をしちまったのか?」


「そ、そうね。おかしいわね。いつの間にか通話許可をオンしてたわ。うーーーん。ダメね。考え事をしていたから、上の空になってたのかも……」


 茉里まつり無意識に、デンカからの通話を許可してしまっていたのだった。そのことに関して、彼女はしまったと思う。テキスト上でのチャットの場合は、相手に自分の感情が伝わりにくい。しかしながら、音声通話の場合は、声のトーンによって、相手に自分の感情がバレやすいのだ。


 そのため、茉里まつりがデンカに対して、思うところがあると知られてしまうのが嫌だったのだ。だが、それでも、こちらから一方的に通話を切るのは、心配してくれているデンカに失礼だと思い、そのままディスコ通話を続けることになるのであった。


 世の中に出ている、どのVR対応MMO・RPGでもそうなのだが、サーバーへの負荷を減らすために、ゲーム会社側では音声やビデオによる通話機能を実装していない。そのため、VR対応MMO・RPGのプレイヤーの大半は外部ツールである【ディスコ】を利用しているのが現状だ。


 VR対応MMO・RPGに限らず、協力プレイ型ゲームは基本的に【ディスコ】などの音声通話ツールを使うことにより、仲間同士の連携において、それをおこなっていないプレイヤーに対して、圧倒的なアドバンテージを得ることが出来る。このことはゲーム自体に慣れていない茉里まつりにも周知の事実であった。


 それゆえに、茉里まつりはヘッドセット一体型のオープンジェット型・ヘルメット式VR機器をノブレスオブリージュ・オンラインを開始するにあたって、購入したのである。


「えっと、バザーを見に行くんだったわよね。でも、今日はまだメンテ明けの水曜日よ? 見るなら、木曜日の夜がベストな気がするけど?」


「甘いな、マツリは。確かに、マツリの言う通り、水曜日の夜に並ぶバザーの商品は廃人たちの高級装備品ばかりかもしれん。しかし、真の掘り出しモノってのは、その水曜日の夜にバザーに並ぶモノなんだよ。銀行バンクからありったけの金を降ろしておけよ?」


 デンカの自信満々な言いにマツリは本当かしら? と訝しむ。大体、あたしにバザーを見るなら、商品が充実する木曜日の夜からチェックしろと助言したのは、デンカ、あなた自身のはずよね? と思わずにはいられない。


 事実、水曜日にバザーへ出品される商品は、高額なモノが多い。マツリのようなあまり収入が多くないプレイヤーへ商品を出す生産職人たちは木曜日の夜にバザーへと出品していた。マツリは経験上からも、それを知っているのだ。だからこそ、デンカの話は眉唾程度にしか思っていなかったのである。


 しかしながら、デンカは10年もノブレスオブリージュ・オンラインをプレイしているプレイヤーだ。彼の助言に今回は従っておくほうが良いと思えたのは、彼女の気まぐれだったと言っても過言ではなかった。


「うそーーー! なんで、こんな良い商品がこんな格安で売っているの!?」


 マツリは自分の眼がおかしくなってしまったのかと思わずにはいられなかった。いくら合戦にのめり込んでいるマツリと言えども、合戦が終わる日曜日の夜0時の後には、バザーの商品には目を通していた。


 しかしながら、先週、1000万シリで売られていた、マツリが欲しいと思っていた装備品一式が、今週はなんと200万シリで売りに出されていたのである。


「ほーら、言っただろ? 真の掘り出しモノは水曜日の夜にバザーに出品されるって」


「でも、これはさすがに値を下げ過ぎよ? 何か事情があってのことじゃないの?」


「ノブオンは1カ月前にシーズン10.1にアップデートされただろ? それと同時に新生産品が来たんだ。廃人たちが装備を変えるのは必然ってわけよ。というわけで、廃人さんたちが今まで使ってきた装備品を格安でバザーに流すってわけさ」


 デンカの説明に、ああ、なるほどと納得するマツリである。マツリがこのゲームを開始したのは今からちょうど2年前であった。ノブオン自体はシーズン8.0にバージョンアップしたのだが、その時は新装備品は実装されなかったのだ。そのため、プレイヤーたちがお古の装備から新しい装備へ一斉に変える時に起きる、バザーへの出血大サービスシーズンを体験したことがなかったのである。


「と言うことは、装備品の見た目変更アイテムも新しく実装されたってわけよね? あたしは防具生産系の職業を持っていないから知らなかったのは当然として……」


 ノブレスオブリージュ・オンラインは1アカウントにつき、3キャラまで作成できる。茉里まつりはアタッカー職に今プレイししてる【黒魔女】ことマツリと、サブキャラ兼倉庫キャラのLv40【見習い薬師】を所持していた。


 しかし、ノブレスオブリージュ・オンラインの装備品の見た目変更アイテムのほとんどは【鍛冶屋】職ではなくては作成できないため、その辺りを彼女は知らなかったのである。


「デンカ。あなた、サブキャラに【一流鍛冶屋】を持っていたわよね? 徒党パーティ仲間のトッシェがメインで【一流鍛冶屋】だから、倉庫キャラに成り下がっているやつ」


「倉庫キャラって……。一応、今のみんなと固定徒党パーティ組む前は合戦で前線を張っていたキャラなんだけどなあ……。 まあ、マツリの言う通り、今じゃめったに出番は無いけど。あれでも一応、シーズン10.1までで作れる装備品は、全部作れるまでには育てているんだぜ?」


 マツリのずけずけと言ってくる言い草に、まいったもんだと思いながらも、大人の対応をするデンカである。デンカは記憶を探りながら、マツリが次に言ってくるであろう言葉を待つことにする。


「じゃあ、【女魔女】が装備できる見た目防具で、何か良いモノがなかったかしら? できれば、お友達価格で売ってほしいんだけど……」


 マツリが所作『合掌』をし、両手を合掌させて、デンカに頼み込む。武流たけるは一度、スポーツサングラス式のVR機器を顔から外し、背中をパソコン・チェアに押し付けながら、部屋の天井を見る。それから約1分ほど、記憶をたどり続け、再びVR機器を顔に装着し、心待ちにしているマツリに告げる。


「まだ2年しかプレイしてないマツリにとっては新しいのかもしれないが、長年、ノブオンをプレイしてきたプレイヤーにとっては、復刻版と言ったモノしかなかったなあ?」

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