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第五十六話 募兵(五)

 僕らは市場で出会ったかつての劉備りゅうびの恩師・盧植ろしょくの世話となり、彼の家に宿泊させてもらえることになった。


 盧植ろしょくの家は宮城にも近い洛陽らくようの中心部にあった。この辺りは政府高官や富豪らの住宅が建ち並ぶ、いわゆる、高級住宅街にあたる地域だ。


 さすがに政府の要職を務めるだけあって家は広い。前に暮らしていた劉備りゅうびの実家の数倍はあろうかという規模となっている。


「さすが、盧先生ろしょくの家だ。


 広い家だなぁ。


 劉備りゅうびの実家とは全然違う」


劉星りゅうせい、一言多いぞ」


 だが、建物の構造自体は劉備りゅうび宅とよく似ている。真ん中に中庭を作り、その四方を長方形の建物で囲んで「口」の字型を作る。こういう建物を『四合院しごういん』といい、伝統的な住居の形式らしい。


 南の門の対面、北側に建つ南北に長い建物が主屋。ここで主人である盧植ろしょくが暮らす。その目の前に中庭があり、両脇には南北に長い建物が建っている。ここは廂房しょうぼうと呼ばれる。ここに盧植ろしょくの家族や使用人などが暮らしている。


 中庭は垂花門すいかもんという門で南北に二分割されている。この門より北奥がこの家の主人らが暮らす私的な空間。南外が客人らを迎える公的な空間となっている。


 客人である僕らは当然、垂花門すいかもんより南側にいる。南にある正面門のすぐ前に前殿という建物があり、ここが客間となっている。僕と劉備りゅうび関羽かんう張飛ちょうひ。そして、偶然出会った馬超ばちょうとその奴隷の少年・こうはここで寝泊まりさせてもらっている。


「しかし、デカい邸宅ではあるけど、中は案外質素だね。装飾も少ないし。


 ここが客室だからだろうか」


「いや、おそらく主屋もこんな感じじゃないか。


 先生ろしょくは過剰な贅沢をあまり好まない人だからな」


 そこから僕らは数日間、盧植ろしょく邸にて寝起きすることになった。


 劉備りゅうびは日中、いそいそとどこかへ出かけていく。市場へ行くこともあれば、誰かと会うこともあるようだ。彼は次の仕事に繋がればと動いているようだ。だが、そこまであせりはないようで、気ままにブラリと出かけていく。


 関羽かんう張飛ちょうひの二人はどちらかが劉備りゅうびに同行することもあれば、残って盧植ろしょく邸にて鍛錬に勤しむこともある。二人とも残る時などは手合わせを行うこともある。練習試合のはずだが、この二人の手合わせは遠巻きに見ても迫力がある。


 共に暮らすことになった馬超ばちょうだが、彼が最も忙しく動き回っている。元々、洛陽らくようでの情報収集が目的だったので、一人で市場へ赴く時もあれば、劉備りゅうびに同行することもある。


 時にはここに残って関羽かんう張飛ちょうひと鍛錬することもある。馬超ばちょうはまだ子供だ。関羽かんう張飛ちょうひに比べれば膂力りょりょくでは後れを取る。しかし、素早い剣技を見せ、両者に引けを取らないほどの実力を見せた。


 そうなると、必然、手合わせしようという話が出てくる。


「おい、孟己ばちょう


 お前は随分、腕に覚えがあるようだな。


 ここいらでオレと勝負してみないか」


 そう馬超ばちょうを偽名の『孟己もうき』方で声をかけたのは血の気の多い張飛ちょうひだ。彼は二メートルほどの細長い棍棒を馬超ばちょうに向かって投げ渡した。


「待て、張飛ちょうひ


 そういう挑発はやめておけ」


 彼の兄貴分・関羽かんうは眉をひそめて忠告する。しかし、実際に止めようとはしないところを見ると、彼も馬超ばちょうの実力に興味があるのだろう


 さて、相手方の馬超ばちょうはというと、張飛ちょうひから投げつけられた棍棒を身を屈めて拾い上げた。


「私は未だ修行中の身ですが⋯⋯。


 益徳ちょうひさんがお望みなら良いでしょう。


 相手になります」


 そう言って棍棒を手に、構えた。


「そうこなくっちゃな!」


 張飛ちょうひも同じ棍棒を手に、馬超ばちょうに対峙するように身構えた。


「まったく、仕方のない奴らだ。


 やむを得ん。私が見届けよう。


 私が待ったをかけたらやめよ」


 そう言って関羽かんうは両者の審判を申し出た。口ではやれやれと言った様子だが、その表情は楽しげだ。彼も興味津々なのが伝わってくる。


 かくいう僕もこの対戦には興味津々だ。


 張飛ちょうひ馬超ばちょうと言えば将来ともに劉備りゅうび軍の|五虎大将軍

《ごこだいしょうぐん》に選ばれる二人だ。そして、馬超ばちょう加入時にこの二人は一騎打ちを繰り広げている。当時の両者の実力は拮抗。日が暮れても勝負がつかず、松明たいまつを焚いて夜戦を行ったが、それでも決着はついにつかなかった。


 その激戦がまさかこんなにも早く、それも目の前で見れるなんて思わなかった。せっかくなので観客となって特等席で味わおう。


 だが、あの激戦は両者が武将として名を上げた未来に行われた話だ。今の彼らは無名の武者に過ぎない。


 張飛ちょうひの歳はまだ十八。だが、背は百八十センチ。身体はガッシリとよく鍛えられている。まだ、青年ではあるが、身体はかなり成熟している。

 彼は試してやるとばかりに自信に満ち溢れた視線を馬超ばちょうに注いだ。


 一方の馬超。こちらの歳はまだ十四。同年代と比べればよく鍛えられた身体つきをしている。だが、やはりまだ未成熟な少年という印象を受ける。大柄な張飛ちょうひと比べれば尚更だ。

 しかし、馬超ばちょうはその体格差を気負うことなく、相対している。


 だけど、年齢からくる身体の未熟さ。こればかりはどうしようもない。果たして幼い馬超ばちょうが、張飛ちょうひ相手にどこまで戦えるのか。


「それでは両者、構え!」


 間に立つ関羽かんうが二人に合図を送る。


「始め!」


 関羽かんうの発したその一言をきっかけに、|馬超ばちょうは一気に距離を詰めんと駆け出した。


「いいぜ!


 最初はお前の力を見てやるぜ!」


 張飛ちょうひは余裕の表情を浮かべてその場に静かに構え、馬超ばちょうの迫り来るのを待った。


「くらえっ!」


 まずは馬超ばちょうの攻撃だ。彼の鋭い眼差しには一切の迷いがない。その振り下ろされた棍棒はまるで本物の刃のように煌めき、相手を無慈悲に狙う。


「うぐっ」


 その一撃を棍棒で受け止めた張飛ちょうひは、あまりの衝撃に思わず野太い声を漏らす。


 その張飛の言葉を聞いて味を占めたのか、馬超の眼が一瞬で鋭く輝いた。


 彼は自身の身軽さを最大限に生かし、続けて無数の突きを張飛ちょうひにお見舞いする。その刺撃は目にも止まらぬ早業。空気を引き裂く連撃が張飛ちょうひを襲う。


「ぐおっ」


 幾度かの連撃を受け止めた張飛ちょうひ。しかし、息を呑む暇もなく棍棒が繰り出され、その先端が張飛の首元を危うく掠めた。


 だが、張飛ちょうひも負けじと棍棒を力の限り振るい、馬超ばちょうの身軽な身体を弾き飛ばす。


「へっ、テメーの実力はわかったぜ!


 その程度じゃ、この張飛ちょうひ様には効かねーな!」


 先ほどの息つく暇もない攻防で、馬超ばちょうが油断ならない相手だということは嫌と言うほど実感していることだろう。


 しかし、張飛ちょうひはあえて笑う。そして、彼は馬超ばちょうに挑発するかのような言葉をかけるのであった。


「もっと本気できな!」


「言ってくれるな!


 ならば、見せよう!


 我が本気を!」


 馬超ばちょう張飛ちょうひの頭上目掛けて飛び掛り、先ほどよりもさらに早い、目にも見えぬ神速の連撃を繰り出した。


「そうこなくっちゃな!」


 張飛ちょうひは重く一歩を踏みしめて、馬超ばちょうの攻撃に立ち向かう。


 相手の張飛ちょうひは巨体だ。馬超ばちょうほどの身軽さは無い。しかし、兄貴分の関羽かんうに鍛えられた技術が彼にはある。無数に繰り出される刺突を、自身の棍棒を振るって巧みにさばいてみせた。


 さらに彼の強味はその力だ。僕も昔、彼の振り回す棍棒の一撃を手に持った棍棒で受け止めたことがある。本人は軽く振ったつもりだろうが、手がれ上がるほどジンジンと痛み、棍棒を思わず落としてしまった。


 今の張飛ちょうひも、一見すれば馬超ばちょうの棍棒を軽く払っているようではある。だが、「ダン!」、「ダン!」と強い音をあげ、馬超ばちょうの棍棒はブルブルと小刻みに震えている。


 果敢に攻勢を仕掛けているように見えて、ダメージを負っているのはむしろ、馬超ばちょうの方だ。


「どうした馬超ばちょう


 手が震えてるぜ!」


 張飛ちょうひはニヤリと笑う。


 だが、馬超ばちょうも後ろに大きく飛び退いて態勢を整えると、負けじとニヤリと笑う。


「今日は寒いんでね。


 ようやく、温まってきたところさ」


 一見すれば馬超ばちょうの負け惜しみだ。

 しかし、彼はあれだけの張飛ちょうひの猛攻を喰らいながら、手許の棍棒を落としてはいない。

 あながち負け惜しみとも言えないだろう。彼は子供離れした腕力、そして握力の持ち主と言える。


 だが、体格差は崩せない。馬超ばちょうはあの怪力をかわし、筋肉の鎧を砕ける一撃を放たねば勝利は得られない。


「どうやら全身全霊でいかねばあなたは倒せないようだ」


 馬超ばちょうは棍棒を持ち直した。棍棒の先を前に突き出し、自身はまるで上半身で棍棒を包みこむかのような前のめりの体勢だ。


「行くぞ!


 ウォー!」


 馬超ばちょうは雄叫びを上げ、全身を使って突進していった。腕力だけで勝てないのなら、全身の衝撃でもって張飛ちょうひを突き崩すつもりのようだ。


「面白れーぜ!


 テメーの全身全霊がオレに届くか試してみな!」


 対する張飛ちょうひは棍棒を短く握り直す。おそらく、どんな攻撃がきても薙ぎ払うつもりなのだろう。


 だが、馬超ばちょうは怯むことなく真っ直ぐに突き進んでいく。

 「カッカッカ」と小気味よく足音を鳴らして迫るその物体に、張飛ちょうひは余裕の表情でどっしりと待ち構える。

 だが、顔では余裕を装いつつも、真剣な眼差しで馬超ばちょうの一挙手一投足を見ている。彼も相手の馬超ばちょうが幼いながらも油断できない相手であると認めているようだ。


「この一撃で決着がつくか!」


 渾身の突撃を繰り出そうとする馬超ばちょう。そして、それを薙ぎ払おうと待ち構える張飛ちょうひ。両者がついに激突する。


《続く》

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