盧植に尋ねられ、劉備は周りにいる僕らを紹介してくれた。
「こちら、私の部下でございます。
飛び抜けて背が高く、髭が長いのが関羽。
次に背が高く、ガタイが良いのが張飛。
ヒョロっとしてるのが劉星です」
劉備はそう言いながら僕らを指差して簡単な紹介をしていく。
しかし、僕の紹介がヒョロっとしてるは無いだろう。そりゃ、関羽や張飛と比べれば貧相な身体つきかも知れんが、中肉中背と言ったところじゃないのか。
だが、相手の盧植も長身なので、あまり強くも言えないところだ。
馬超ら未成年組を除けば、この中で最も背が低いのが僕なのは間違いない。
「その子らはなんだ?」
続いて盧植は劉備が部下として紹介しなかった子供二人について尋ねた。
「こちらは旅先で友人となった者です。
えーと、孟己と、彼の連れの郃です」
劉備はそう指差しながら、馬超をその偽名である孟己として紹介した。
だが、馬超は名前のことよりも、その前の単語の方に引っかかっているようであった。
「え、玄徳さん、友人というのは⋯⋯」
「まあまあ、良いじゃないか」
そう言って、劉備は大笑いして話を切り上げてしまった。馬超もウヤムヤにされてそれ以上は特に言いはしなかった。この辺りの彼の強引さは見習いたいところだ。
そして、盧植は僕らを見回し、改めて劉備に尋ねた。
「君たちは行き先が決まっているのかな?」
そう言って宿泊先の宛を尋ねた。
「いえ、これから逆旅を探そうかと思っています」
劉備がそう答えると、盧植は僕らに行き先の提案をしてくれた。
「ならば、私の家に来てはどうかな」
「ぜひ、お願いします」
資金の乏しい劉備は願ってもないことと、二つ返事で了承した。
続けて盧植は後ろの馬超と、その奴隷の郃へも同じ提案をした。
「ご友人もどうかな?」
「え、私たちは⋯⋯」
馬超は言葉を濁らせたが、代わりに劉備がまたも強引に答えた。
「二人もぜひ、お願いします」
「玄徳さん!」
馬超は勝手に答えた劉備を問い詰めるが、劉備は劉備で堂々とした態度で馬超を落ち着かせながら答えた。
「まあまあ、先生は官吏だ。官吏の家なら得れる情報も増えるぞ」
「それなら、まあ⋯⋯」
危険を冒してまで情報を得に洛陽に来た馬超からすれば、情報を得られるというのは良い殺し文句であったようだ。
馬超もついに折れて了承した。
「では、ついてきなさい」
皆が賛同したのを見届けると、盧植は僕らを連れて、彼の自宅へと案内してくれた。
こうして僕らはしばしの間、劉備のかつての恩師・盧植の家に滞在することとなった。
〜〜〜
場所を移してここは洛陽の中心地・宮城。
劉星らが盧植邸へと居を移している頃、この洛陽の中心地にて新たな事態が起こっていた。
この宮殿の中をカツカツと音を立て、腹の贅肉を揺らしながら早歩きで突き進む者がいた。
彼は後漢の軍事トップに君臨する大将軍・何進であった。
小走りで進む何進の形相は焦りと憤懣の混じった表情であった。その表情にすれ違う文官はギョッと驚き、隅に寄って道を譲っていくのであった。
「陛下!」
何進は突き進むその道の先に焦りと憤懣を向けた相手を見つけた。
それと同時に何進はその相手に向かって、大声で呼びかけた。
声をかけられた相手は胡床(折畳式の腰掛け)に座り、宦官から差し出される杯を傾けていた。
「おう、何進か。どうした?」
その感情を向けた相手はこの漢の頂点に君臨する皇帝。後に霊帝と呼ばれる人物であった。
彼は何進の感情にはまるで気付かない様子で、手にした杯を宦官の差し出す盆の上に置き、頭を持ち上げていつものように軽く返した。
「陛下っ!
⋯⋯陛下、またそのような格好で⋯⋯」
何進からしたらすぐにでも、自身の焦りと憤懣の原因について言及したいところであった。
しかし、霊帝の格好を見て、先にそちらへの言及をせざるを得なくなってしまった。
前回の議会では仰々しく冕冠龍袞の祭服を着ていた霊帝。
だが、今の彼の服装は全く違うものであった。
頭にかぶる武冠は頭首に黄金璫と呼ばれる黄金の薄板に模様を透かし彫りした装飾品を飾り、貂の尾を前に挿して飾りとしていた。
上着は袖の広い交領と呼ばれる上衣。それの上から黒い革の帯に、黄金の金鈎で締め付けている。下は裾の広い袴を履き、膝下を赤色の紐で結んで広がりを抑え、動きやすいようにとなっている。
材質こそは上等なものが使われているが、その服装はまるで北方の異民族のようであった。
その服装で、さらに胡床と呼ばれるこれまた北方から伝わった簡易な腰掛けに座っている。
それはとても、皇帝のする姿ではない。
何進は内心、「またか」と思いつつも、その皇帝とは思えない姿に苦言を呈した。
「陛下⋯⋯。またもそのような袴褶をお召しになられて⋯⋯。
それは胡族の着る服装ですぞ。
それにその冠は侍中(皇帝の側近くに仕え、顧問応対をする役職)や中常侍(宦官が就く役職。皇帝の側近くに仕え、内宮(皇后らのいる空間)への出入りにも同行して皇帝を補佐する)がかぶるものです。
臣下の前ではせめて、通天冠(皇帝が普段使いする。斜め後ろに高い冠)と朝服(文官と似たような黒服)をお召しください」
何進の苦言は至極真っ当なものであった。だが、その苦言に対して霊帝は烈火のごとく怒って反論した。
「何進よ、お前は何もわかっていない!
今は一大改革を行っている時なのだ!
かつて趙の武霊王は胡族の文化を受け入れ、胡服をまとい、その結果、騎射の軍団を作ることに成功した!」
霊帝が語る趙の武霊王とは、中国の戦国時代の人。騎馬を得意とする北方の騎馬民族に対抗するため、騎乗に適した胡服を取り入れた。そして、騎射部隊を整備し、趙を軍事強国へと育て上げた。
これが中国における騎兵の始まりとされる。
さらに霊帝の怒りは続く。
「この冠だってそうだ。
この冠は今でこそ中常侍らのかぶるものとされているが、元は武霊王が胡服に倣って作ったとされている。
朕は今、大きな軍事改革を行おうとしているのだ。
だからこそ、朕自らが胡服を身にまとい、異国の文化に慣れ親しみ、模範を示しているのだ!」
霊帝はそう何進に熱弁した。
彼の態度は今に始まったことではない。
この霊帝という人物は、胡族の文化を好んだ。異郷の服装・寝床・座席・食事・音楽や舞に慣れ親しみ、それを大いに広めた人物でもあった。
流行に敏い都の人々はこぞって霊帝を真似して、胡族の文化用いた。一方で保守的な人物はその流行に眉をひそめていた。
「陛下のご叡慮はもっともなことと存じます。
しかし、この宮中が異国の文化で溢れるのを良しとしない臣下もおりますれば⋯⋯」
その何進の言葉に、霊帝は一笑に付して答えた。
「それこそ言わせておけば良い。
かの武霊王の時にも多くの反対があった。それを乗り越えたからこそ、趙は強大国へと成長したのだ!」
そう言って笑う霊帝を見て、何進は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「陛下、またそのようなことを⋯⋯。
それに先ほど飲まれていたのはお酒ですか?」
何進は今しがた霊帝が宦官に手渡していた杯をチラリと一瞥して、尋ねた。
「ああ、西方伝来の葡萄酒だ」
霊帝は得意げにそう紹介する。
漢の時代には既にシルクロードを通じて、葡萄とそれを酒にする方法が伝来していた。
だが、その話を聞いて、またも何進は眉をひそめた。
「昼間からそんな強いお酒を呑まれて⋯⋯。
せめて、挏馬酪酒に止めておいてください」
しかし、そのような何進に忠告を、霊帝は一笑に付した。
「挏馬酪酒なぞ朕にとっては玄酒のようなものだ。
あれでは気付けにならんよ」
そう笑い飛ばす霊帝に、何進も思わず黙ってしまった。
《続く》