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第五十二話 募兵(一)

 盧植ろしょくに尋ねられ、劉備りゅうびは周りにいる僕らを紹介してくれた。


「こちら、私の部下でございます。


 飛び抜けて背が高く、髭が長いのが関羽かんう


 次に背が高く、ガタイが良いのが張飛ちょうひ


 ヒョロっとしてるのが劉星りゅうせいです」


 劉備りゅうびはそう言いながら僕らを指差して簡単な紹介をしていく。


 しかし、僕の紹介がヒョロっとしてるは無いだろう。そりゃ、関羽かんう張飛ちょうひと比べれば貧相な身体つきかも知れんが、中肉中背と言ったところじゃないのか。

 だが、相手の盧植ろしょくも長身なので、あまり強くも言えないところだ。

 馬超ばちょうら未成年組を除けば、この中で最も背が低いのが僕なのは間違いない。


「その子らはなんだ?」


 続いて盧植ろしょく劉備りゅうびが部下として紹介しなかった子供二人について尋ねた。


「こちらは旅先で友人となった者です。


 えーと、孟己もうきと、彼の連れのこうです」


 劉備りゅうびはそう指差しながら、馬超ばちょうをその偽名である孟己もうきとして紹介した。


 だが、馬超ばちょうは名前のことよりも、その前の単語の方に引っかかっているようであった。


「え、玄徳りゅうびさん、友人というのは⋯⋯」


「まあまあ、良いじゃないか」


 そう言って、劉備りゅうびは大笑いして話を切り上げてしまった。馬超ばちょうもウヤムヤにされてそれ以上は特に言いはしなかった。この辺りの彼の強引さは見習いたいところだ。


 そして、盧植ろしょくは僕らを見回し、改めて劉備りゅうびに尋ねた。


「君たちは行き先が決まっているのかな?」


 そう言って宿泊先の宛を尋ねた。


「いえ、これから逆旅やどやを探そうかと思っています」


 劉備りゅうびがそう答えると、盧植ろしょくは僕らに行き先の提案をしてくれた。


「ならば、私の家に来てはどうかな」


「ぜひ、お願いします」


 資金の乏しい劉備りゅうびは願ってもないことと、二つ返事で了承した。


 続けて盧植ろしょくは後ろの馬超ばちょうと、その奴隷のこうへも同じ提案をした。


「ご友人もどうかな?」


「え、私たちは⋯⋯」


 馬超ばちょうは言葉を濁らせたが、代わりに劉備りゅうびがまたも強引に答えた。


「二人もぜひ、お願いします」


玄徳りゅうびさん!」


 馬超ばちょうは勝手に答えた劉備りゅうびを問い詰めるが、劉備りゅうび劉備りゅうびで堂々とした態度で馬超ばちょうを落ち着かせながら答えた。


「まあまあ、先生は官吏だ。官吏の家なら得れる情報も増えるぞ」


「それなら、まあ⋯⋯」


 危険を冒してまで情報を得に洛陽らくように来た馬超ばちょうからすれば、情報を得られるというのは良い殺し文句であったようだ。


 馬超ばちょうもついに折れて了承した。


「では、ついてきなさい」


 皆が賛同したのを見届けると、盧植ろしょくは僕らを連れて、彼の自宅へと案内してくれた。


 こうして僕らはしばしの間、劉備りゅうびのかつての恩師・盧植ろしょくの家に滞在することとなった。


 〜〜〜


 場所を移してここは洛陽らくようの中心地・宮城。


 劉星りゅうせいらが盧植ろしょく邸へと居を移している頃、この洛陽らくようの中心地にて新たな事態が起こっていた。


 この宮殿の中をカツカツと音を立て、腹の贅肉を揺らしながら早歩きで突き進む者がいた。

 彼は後漢の軍事トップに君臨する大将軍だいしょうぐん何進かしんであった。


 小走りで進む何進かしん形相ぎょうそうは焦りと憤懣ふんまんの混じった表情であった。その表情にすれ違う文官はギョッと驚き、隅に寄って道を譲っていくのであった。


「陛下!」


 何進かしんは突き進むその道の先に焦りと憤懣ふんまんを向けた相手を見つけた。

 それと同時に何進かしんはその相手に向かって、大声で呼びかけた。


 声をかけられた相手は胡床こしょう(折畳式の腰掛け)に座り、宦官かんがんから差し出される杯を傾けていた。


「おう、何進かしんか。どうした?」


 その感情を向けた相手はこのくにの頂点に君臨する皇帝。後に霊帝れいていと呼ばれる人物であった。

 彼は何進かしんの感情にはまるで気付かない様子で、手にした杯を宦官かんがんの差し出す盆の上に置き、頭を持ち上げていつものように軽く返した。


「陛下っ!


 ⋯⋯陛下、またそのような格好で⋯⋯」


 何進かしんからしたらすぐにでも、自身の焦りと憤懣ふんまんの原因について言及したいところであった。


 しかし、霊帝れいていの格好を見て、先にそちらへの言及をせざるを得なくなってしまった。


 前回の議会では仰々ぎょうぎょうしく冕冠龍袞べんかんりゅうこんの祭服を着ていた霊帝れいてい


 だが、今の彼の服装は全く違うものであった。


 頭にかぶる武冠ぶかんは頭首に黄金璫おうごんとうと呼ばれる黄金の薄板に模様を透かし彫りした装飾品を飾り、てんの尾を前に挿して飾りとしていた。


 上着は袖の広い交領こうりょうと呼ばれる上衣。それの上から黒い革のベルトに、黄金の金鈎バックルで締め付けている。下は裾の広いズボンを履き、膝下を赤色の紐で結んで広がりを抑え、動きやすいようにとなっている。


 材質こそは上等なものが使われているが、その服装はまるで北方の異民族のようであった。


 その服装で、さらに胡床こしょうと呼ばれるこれまた北方から伝わった簡易な腰掛けに座っている。


 それはとても、皇帝のする姿ではない。


 何進かしんは内心、「またか」と思いつつも、その皇帝とは思えない姿に苦言を呈した。


「陛下⋯⋯。またもそのような袴褶うまのりばかまをお召しになられて⋯⋯。


 それは胡族こぞくの着る服装ですぞ。


 それにその冠は侍中じちゅう(皇帝の側近くに仕え、顧問応対をする役職)や中常侍ちゅうじょうじ(宦官かんがんが就く役職。皇帝の側近くに仕え、内宮(皇后らのいる空間)への出入りにも同行して皇帝を補佐する)がかぶるものです。


 臣下の前ではせめて、通天冠つうてんかん(皇帝が普段使いする。斜め後ろに高い冠)と朝服(文官と似たような黒服)をお召しください」


 何進かしんの苦言は至極真っ当なものであった。だが、その苦言に対して霊帝れいていは烈火のごとく怒って反論した。


何進かしんよ、お前は何もわかっていない!


 今は一大改革を行っている時なのだ!


 かつてちょう武霊王ぶれいおう胡族こぞくの文化を受け入れ、胡服こふくをまとい、その結果、騎射の軍団を作ることに成功した!」


 霊帝れいていが語るちょう武霊王ぶれいおうとは、中国の戦国時代の人。騎馬を得意とする北方の騎馬民族に対抗するため、騎乗に適した胡服こふくを取り入れた。そして、騎射部隊を整備し、ちょうを軍事強国へと育て上げた。


 これが中国における騎兵の始まりとされる。


 さらに霊帝れいていの怒りは続く。


「このかんむりだってそうだ。


 このかんむりは今でこそ中常侍ちゅうじょうじらのかぶるものとされているが、元は武霊王ぶれいおう胡服こふくならって作ったとされている。


 わたしは今、大きな軍事改革を行おうとしているのだ。


 だからこそ、わたし自らが胡服こふくを身にまとい、異国の文化に慣れ親しみ、模範を示しているのだ!」


 霊帝れいていはそう何進かしんに熱弁した。


 彼の態度は今に始まったことではない。


 この霊帝れいていという人物は、胡族こぞくの文化を好んだ。異郷の服装・寝床・座席・食事・音楽や舞に慣れ親しみ、それを大いに広めた人物でもあった。


 流行にさとい都の人々はこぞって霊帝れいていを真似して、胡族こぞくの文化用いた。一方で保守的な人物はその流行に眉をひそめていた。


「陛下のご叡慮はもっともなことと存じます。


 しかし、この宮中が異国の文化で溢れるのを良しとしない臣下もおりますれば⋯⋯」


 その何進かしんの言葉に、霊帝れいていは一笑に付して答えた。


「それこそ言わせておけば良い。


 かの武霊王ぶれいおうの時にも多くの反対があった。それを乗り越えたからこそ、ちょうは強大国へと成長したのだ!」


 そう言って笑う霊帝れいていを見て、何進かしんは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「陛下、またそのようなことを⋯⋯。


 それに先ほど飲まれていたのはお酒ですか?」


 何進かしんは今しがた霊帝れいてい宦官かんがんに手渡していた杯をチラリと一瞥いちべつして、尋ねた。


「ああ、西方伝来の葡萄酒ワインだ」


 霊帝れいていは得意げにそう紹介する。


 漢の時代には既にシルクロードを通じて、葡萄ぶどうとそれを酒にする方法が伝来していた。


 だが、その話を聞いて、またも何進かしんは眉をひそめた。


「昼間からそんな強いお酒を呑まれて⋯⋯。


 せめて、挏馬酪酒ばにゅうしゅに止めておいてください」


 しかし、そのような何進かしんに忠告を、霊帝れいていは一笑に付した。


挏馬酪酒ばにゅうしゅなぞわたしにとっては玄酒みずのようなものだ。


 あれでは気付けにならんよ」


 そう笑い飛ばす霊帝れいていに、何進かしんも思わず黙ってしまった。


《続く》

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