僕は腐ったような匂いのする牛乳(?)に鼻を曲げ、思わず机に戻した。
その様子を見た
「なんだ
「
聞いたことがある。これが
「この頃には既にあったのか。
ものは試しだ。飲んでみるか」
僕はグイと一口、その
その様子を見ながら、
「
だが、俺たちみたいに北方の
お前も
確かに
「私の故郷も
そういうと、
だが、同じく口をつけた
「私の口には、どうにも口に合わないようですな。
すみません。私には普通の酒を持ってきていただけませんか」
そこからしばらくは、
「さて、飯も食ったところでそろそろ行くか」
そう言い、
「お前さん、
「いえ。昨日までは西市を中心に活動していました。今日から東市を活動の中心にするつもりだったので、改めて
「それならここで会ったのも何かの縁だ。一緒に
「いや、私は⋯⋯」
言い淀む
「お互い素性がバレたくない身の上だ。
もうバレる心配のない俺たちと固まって動いた方が安全だぞ」
「⋯⋯わかりました。同行しましょう」
半ば強引といった感じではあったが、
店から出る時に、
「あの
低くくぐもった声でそう尋ねると、
「恐ろしく早い動きでした。
あのまま
「末恐ろしいガキだ」
「兄者はそれであの子との同行を提案したのですか?」
「それもあるが⋯⋯
そう言って、彼は
「あいつが何故か会ったこともない人物の名を知っていることがある。詮索しないのがうちの決まりだから、理由はわからん。
今回も
だが、あいつが知っている相手は何処か特別な力を持っている。
「なるほど」
「しかし、惜しいな。
できることなら仲間に加えたいが、
対して俺は今や無職。とても、今の俺では仲間に加わらないかと声はかけられん。
せめて、今のうちにもう一つくらい何か縁を作っておきたいところだが⋯⋯」
そんな会話が前でヒソヒソと交わされていることも知らず、僕らは店を出た。
「どういうことだ、テメー!」
店を出た途端に大きな怒声が飛び交い、僕らは一斉に左手を向いた。
どうやら、二軒先の居酒屋で騒動が起きているようであった。
「チッ、厄介事か」
数人の男たちが店の入り口を取り囲み、その先にいる店主に向かって罵声を浴びせている。
「おいおい、先日より酒代が随分上がってるじゃないか。
我らからぼったくろうなんて酷い野郎だ」
一人が前に一歩踏み出し、店主に向かって凄んでみせた。
それに対して店主は平身低頭、ひたすら身を屈めて謝っていた。
「すみません。物の値段が上がっているのです。決して不当な値上げではございません」
一見すると、チンピラに絡まれた店主といった様子である。
しかし、その光景には違和感があった。
それは、その取り囲む男性はいずれも青い衣服、つまり奴隷であった。
「えっ、奴隷がこんな騒動を⋯⋯?」
主人の指図なのだろうかと、僕は周囲を見回した。しかし、それらしい人物はいない。奴隷の集団の真ん中にいる男が、どうやらリーダー格のようであったが、その男もまた青い衣服を着ていた。
彼らは皆、奴隷の身でありながら店主を脅しているのである。そして、その様子を周りの者は誰も止めようとしない。それどころか、腫れ物でも見るように、遠巻きにして関わろうともしない。目を背けて早足に通り過ぎる者も少なくない。
「言い訳をするんじゃねぇ!」
前にいた奴隷の一人は店主に向かって激昂し、腰の刀を抜いた。そして、刃にギラリと光りを反射させ、その切っ先を店主に向けた。
「ひいい。わかりました。
貴方様には先日の値段で結構ですので、ご勘弁を」
店主がついに折れると、奴隷の男は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「いや、許さねぇ。
我らを謀ったのだ。別に謝罪として金を寄越せ!」
「そんな無茶な!」
もはや、店主は奴隷たちのカモと成り下がった。奴隷たちは一度譲った店主に対して、際限なく要求を叫んでいる。対して店主は半泣きになりながら、ひたすら謝るばかりであった。
「おい、ありゃ、やり過ぎじゃねぇか!
兄貴、助けに行こうぜ」
だが、
「待て、何かおかしい。
白昼堂々、刀を抜いているというのに市兵は見て見ぬふりをしている。ほら」
「どういうことなんだ。彼らはただの奴隷じゃないのか?」
僕は
「
「
あの男たちには手を出さない方が良い。
彼らは⋯⋯」
「ここにいるお方をどなたと心得る」
その言葉に周囲の者たちも一斉に後ろのリーダー格の男に目を向ける。歳は三十ほどと、取り囲む奴隷の中では年長者と言えた。奴隷にしては細身で色白だが、見た目からはこれと言って特別な存在には見えなかった。
「このお方は大
その言葉を聞いて、僕はコソッと
「
「
さらに男は自分たちを指差して叫んだ。
「そして、我らは皆、
わかっているのか!」
彼らの言う
後漢を衰退させた元凶のような印象であったが、その奴隷でさえこれほど横暴なのか。
奴隷は主人次第という話だったが、なるほど。一口に奴隷といっても、主人によってはこれほどまでに変わってしまうのか。
「まずいな。
厄介な相手だ。ただでさえ素性を明かしたくないというのに」
その名を聞いて、さすがの
その名に誰もが
「お前たち、ここは天下の市場だ。
その物騒なものを収めよ」
《続く》