騒動を聞きつけてやって来た白面の騎士は、事の成り行きを尋ねてきた。
それに対して行列の主は、眉間に
「今、この
どうやらこの白面の騎士は役人で間違いはないだろう。とにかく、今はこの人に頼るしかない。僕はその役人に泣きついた。
「すみません、役人の方ですか!
この子は誤って行列の中に飛び込んでしまっただけなんです。どうか、殺さないでいただけないでしょうか」
僕は早口で事情を説明した。
役人らしき白面の男は静かに僕らの言葉に耳を傾ける。そして、落ち着いた口調で話し始めた。
「なるほど、事情はわかった。
男は行列の主人にそう呼びかけた。
どうやら、二人は知り合いのようであった。
「
しかし、この
そう言われると、行列の主はギロリと
「何だ、お前は。私に意見しようというのか」
どうやら、態度から見るに、この“
しかし、対する白面の騎士は決して
「いえいえ、そういうわけではございません。
ですが、今は
これに行列の主は声を荒げて答えた。
「
返って逆撫でしたのではないかと、僕は内心ハラハラしながら事の推移を見守っていた。この行列の主が政府高官なのは間違いないだろう。これ以上、事態がこじれるのは御免被る。
だが、白面の騎士は落ち着いた口調のまま、さらに言葉を続けた。
「ええ、そうでしょう。ですが、奴らは罪状をでっち上げる名人でございます。
それに見たところ⋯⋯」
そう言いながら、白面の騎士は長蛇の列となっている豪華
「どうやら、車馬行列も公卿並みのような豪勢さですね。
この状況で、さらに騒動を大きくするのは、よろしくないのではございませんか」
白面の騎士の指摘を受け、行列の主は苦虫を噛み潰したような顔つきに変わった。どうやら、痛いところを突かれたようだ。
「⋯⋯余計なことを。
もう良い。この
私は急いでいるんだ」
そう捨て台詞を吐くと、行列の主は
そして、車馬の横壁についた窓を開け、行列全体に進行を再開するよう指示を出した。
兵士は捕えていた少年から手を離し、急ぎ列の定位置へと戻っていく。
車馬が僕らの真横を通り過ぎようとするその時、窓から行列の主は、白面の騎士に対して一言告げた。
「“
そう言って行列は何事もなかったかのように急ぎ足で去っていった。
後には僕と愛馬・
助かった。僕はホッと胸を撫で下ろした。
これであの少年は無事だ。それに盗られていた
しかし、それよりも先ほど気になる言葉があった。それは、行列の主人が言った『
そのことばかりが気になって仕方がなかった。
そんな僕の胸の内は露知らず、白面の騎士は倒れていた少年に歩み寄って手を伸ばし、助け起こした。そして、強い口調で注意した。
「話を聞くに君はどうやら馬泥棒だそうだな。
少年の君はそれを返しなさい。
君はこの少年が馬を返せば事を穏便に済ませることができるか?」
白面の騎士は僕の方へと振り返り、そう尋ねた。
「え、ええ。
馬を返していただければ、これ以上事を荒立てるつもりはありません」
僕としては少年と
「では、君はこの人に馬を返して謝りなさい」
「う、うう⋯⋯。
ごめんなさい」
少年は既に満身創痍だ。加えて、命の危機に接したことで随分しおらしく謝ってきた。
「よく謝ってくれたね。
では、この馬は返してもらうよ」
僕は盗まれていた
白面の騎士はその様子をジッと見つめ、確かめるように僕に聞いてきた。
「ところで、君の馬の
そう言い、白面の騎士が指差していたのは、
「ああ、これは
馬の乗り降りを助け、馬上で安定させるための補助具です」
僕はついつい正直に説明してしまった。
だが、説明し終わって内心、しまったと思った。この人物が何者かまだちゃんと確認していない。しかし、もしかしてこの人に不用意に
「ほお、君が考えたのか」
感心するような素振りの白面の騎士に、僕は慌てて訂正を入れた。
「い、いえ、元は前からあったものです。それを改良しました」
歴史の改変は責任が重すぎる。とても、背負いきれない。前に
「なるほど、面白い。
少し見せてもらっても良いかな?」
「え、ええ、どうぞ」
下手に断るのも変だと思って、僕は止むなく見せることにした。
白面の騎士は興味深げに
「ふむ、金属製の足置きか。
確かにあると便利だな。
勉強になった。ありがとう」
白面の騎士は満足すると、自身の
「その補助具があれば、いちいち馬を座らせる必要も無さそうだな。
よし、では君たちはすぐにこの場から離れなさい。ここは高官が通る道だ」
そう言い、白面の騎士は脇の一般道を指差した。
白面の騎士はもうここを立ち去るつもりなのだろう。しかし、その前に僕は尋ねねばならないことがある。
「あ、あの、お役人様。
貴方様のお名前を教えてはいただけないでしょうか」
白面の騎士はフッと笑って答えた。
「そういえば名乗っていなかったか。
私は
その名前に、僕は雷で打たれたような衝撃を受けた。
「や、やはりあなたは
彼こそ
この人物の後の功績を挙げればキリがない。しかし、この
そんな、三国志の特級有名人が、今、僕の目の前にいる。
だが、そんな未来を知らない彼は、僕に不敵に笑って尋ねた。
「君は私のことを知っているのか」
「え、ええ、優秀な方だと噂はかねがね聞いております」
僕は適当にごまかした。この人物はこの後の歴史に影響を与え過ぎる。自分がわずかでも余計な情報を与えれば、どう未来が変わるかわかったもんじゃない。それ故に、僕は先ほど不用意に
そんなこっちの気持ち知らないで、
この接触が歴史を変えねばよいのだけれども。
それと、もう一つ、僕には確認しなければいけないことがあったのを思い出した。
「ところで、先ほどの行列の主人の方なんですが、
気になったのは先ほどの行列の主、彼が
「ああ、先ほどの彼は
役職で言えば私の上司になるが、古い馴染みの相手なので親しくさせてもらっている」
その解答で、僕の疑問は氷解した。
そうか、先ほどの行列の主が
まさか、三国志を代表する二人にこんなところで会ってしまうなんて。僕は三国志ファンとしての喜びと、歴史を改変してしまったかもしれないという重圧に挟まれて、気がおかしくなりそうであった。
《続く》