僕は通行人に当たらないように気をつけらながらも徐々に
相手の馬泥棒の少年は、盗んだ
「まずい、そっちに行っては!」
少年は逃げることしか考えていなかったのだろう。逃げる先も考えず、住宅街を突き抜けて大通りへと出てしまった。
さらに馬の勢いが止まらず、道の仕切りの土壁を飛び越えて、そのまま貴族御用達の中央道へと
加えて間の悪いことに、中央道には貴族の車馬行列が通行中であった。
「まずい!」
少年の絶叫が響く。
少年を乗せた
すぐさま車馬の左右に控える騎兵が飛び出して、手にした
「離せ!」
少年の声が虚しく響き渡る。彼は兵士たちに組み伏せられ、
「しまった!
お偉いさんの行列にぶつかってしまったか」
並んでいる行列には何台もの車や多くの人が参列している。どうやら相当位の高い人物のようだ。
しかも、悪いことに一番豪華な飾り付けをしている車の目の前に飛び込んでしまった。恐らく、あの車がこの行列の主人を乗せているんだろう。
「
しかし、助けに行きたいが、ここで不用意に飛び出せば、みんなを巻き込みかねないしな⋯⋯」
「これ以上、僕の暴走で
僕は止むなく
「大事にならずに少年を解放してくれればいいんだが⋯⋯。
しかし、あの後ろの車は随分デカいな。四方を壁で囲まれて上に屋根があり、まるで、家に車輪をつけたようだ。
前に見た上に屋根があるだけの、一頭
「おい、
そう声をひそめながら、
「みんな、よくここがわかったね」
僕がそういうと、
「これだけ騒動になりゃわかるわ!」
「
「へいへい」
兄貴分・
そのやりとりに苦笑しながらも、
「しかし、
ありゃ、随分豪勢な車馬行列だ。もしかしたら
確か、
「チッ、オレの
そして⋯⋯。
「ああ、それにあの子も」
僕がそう呟くと
「アアン、お前、あんなガキのこと心配してんのか。
アイツはオレの馬を盗んだ野郎だぞ」
「そうなんだけど⋯⋯」
だが、あの子には才能がある。それはここまでの追いかけっこでよくわかった。それほどの才能をここで埋もれさせていいものだろうか⋯⋯。
しかし、あの子は奴隷。しかも、絡まれているのは政府高官だ。果たして僕に何かできることはあるのだろうか⋯⋯?
「お前、何者だ!」
少年を組み伏せた兵士たちは強い口調で彼を問い詰めて質問責めにしている。だが、少年は口を閉じて、何も答えようともしない。
僕は土壁の奥よりハラハラしながら事の推移を見守っていた。
その時、行列の主人のものであろう、一際豪勢な車の後ろの扉が開け放たれた。そして、その中から一人の男性が姿を現した。
身長は約百七十センチ足らず。歳は三十後半から四十くらいだろうか。濃く長い眉に、立派な鼻筋。張った頬に豊かな
オレンジ色の衣服に、腰には黒い
恐らく、彼がこの行列の主人なのだろう。
彼は眼光鋭く、眉間に
「何事だ!」
行列の主の突き抜けるような怒声に、周囲の兵士は一瞬、黙りこくった。
そして、おずおずとした様子で、一人の兵士が主人に事態を説明しだした。
「すみません。
子供が一人、行列に飛び込んできてしまいました。すぐに片付けます」
よほど怖い人物なのか、兵士は明らかに行列の主を恐れている様子だ。
行列の主人は捕えられていた少年をギロリと
だが、彼が青い衣服を来た奴隷であることが分かると、吐き捨てるようにこう述べた。
「なんだ、
これ以上、
その冷たく言い放たれた言葉が辺りに響く。
「く、首を斬るだって!」
驚いた僕は
「ま、待ってください!」
早まったことをしたかもしれない。
しかし、あの子は馬を見る目も、乗馬技術も人並み外れた少年だ。その
僕は少年と行列の主の間に割って入り、
行列の主は僕を見るなり、眉間をピクリと動かし、叱りつけるような口調で問い詰めた。
「なんだ、お前は!
この
「い、いえ、違います」
「違うなら何の用だ。私は暇ではないのだぞ!」
相手は明らかに不機嫌な態度で、腕を組んで僕を
僕は必死に頭を下げながら答えた。
「行列に飛び込んだのは確かに悪いことです。
しかし、それで殺してしまうのはあまりにもやり過ぎではありませんか。
どうか、助けてはいただけないでしょうか」
だが、主はカッと目を見開き、さらに強い口調で怒鳴りつけた。
「この
この部外者が!」
「部外者ではありません。その少年が乗っていた馬は僕らの馬なのです」
そう言って僕は、少年に盗られていた
それを聞くなり、男はまたもや吐き捨てるように答えた。
「なんだ、馬泥棒だったのか。
それならますます
早く殺してしまえ」
「そんな!
奴隷を殺すのは罪になるはずです!」
奴隷といえども無闇に殺せば罪に問われる。僕は奴隷市場で聞いた話を思い出して、行列の主に訴えた。
だが、その言葉も彼には届かなかった。
「うるさい!
この私の行進を遮って、ただで済むと思うな!
お前はその馬を連れてどこへなりとも行け!」
行列の主はいよいよ怒り心頭といった形相となった。そして組んでいた腕を解き、腰の剣に手を伸ばした。
このまま少年を見殺しにしてしまう。助けられないのかと思ったその時、空気を切り裂くような鋭い声が辺りに轟いた。
「待たれよ!」
その声は行列の後ろより響いた。あまりにもよく通るその声に、僕も、行列の主も、少年も、兵士も一様にその声の主へと目を向けた。
現れたのは馬に乗った一人の男性であった。
馬に乗っているのでよくわからないが、背はそこまで高く無さそうだ。歳は三十を過ぎたくらいであろうか。身体つきはスマートで、余計な肉は一切ない。色白だが、
服装は行列の主と同じくオレンジ色の衣服に帯剣、腰からは青の
その乗る馬は
「これは何事か!」
そう言うと騎乗の男は馬から軽やかに飛び降り、行列の主の元へ歩み寄った。
《続く》