馬屋の店主は政治に対する不満を話し始めた。
「今の皇帝陛下は改革に熱心な方だ。
それは結構なことだが、変化に振り回されて、疲弊しちまう。ただでさえ、物価が上がって苦しんでいるのに、そっちへの対策は何もない。そればかりか戦費だなんだと臨時徴収ばかりが増えていく。
やっている改革だって、上の連中が肥え太るばかりで、私たちに何の恩恵もないしな。
いや、やめよう。何処で誰が聞いてるかもわからない。さっきの話は忘れてくれ」
店主はそう答えた。
僕はこの世界に転生して半年程度。政治について詳しく知っているわけではない。
だが、物価は高騰し、治安が悪化している状況はいくらも見てきた。この店主のように各地で不満が溜まっているようだ。
店主の話しに
「確か、陛下が特に熱心に取り組んでおられるのは、軍備の増強と地方行政の強化だったかな。
まあ、庶民の生活には関係ないわな。
いや、むしろ税が上がって苦しくなるか」
しかし、どうやらかなり政治改革に積極的な人物であるようだ。だが、その改革も庶民の生活には直結しておらず、空回りしているようにしか見えなかった。
「まあ、上の人たちには違う光景が見えているのだろう」
「というわけだ。
今のやりとりで到底、買えるような額の馬では無いことはよく分かった。受け入れるしか無さそうだ。
「やはり諦めるしかないか。
貧乏が憎い⋯⋯」
僕も彼らと同じようにため息をついた。すると、僕らよりも不景気そうな顔をした男性が、
僕はついつい、その男性の後を目で追った。
その男は道を挟んだ向かいにある一つの店の中へと消えていった。
疲れた男の入っていったその店は、外観こそ大きな建物であった。
だが、門構えは簡素で、飾り気もない。その店に数人の男性が出たり入ったりしている。
しかし、一様に身なりは良くない。
「大きな店だけど、失礼だが、高級店にはとても見えない。
一体、ここはなんの店だ?」
僕が疑問を口にすると、隣の
「そこは
「
聞き慣れない言葉に、僕は思わず聞き返した。
確かに店を見返すと、
「ああ、賃労働する者が仕事を探しにいく場所だ」
「仕事を探す場所か⋯⋯。
つまり、“ギルド”か!」
異世界ファンタジーでお馴染み、冒険者の集う場所・ギルド。転生者が真っ先にお世話になる組織。そこでモンスター討伐の依頼を受け、徐々に名を上げていく。
自分は転生先が古代中国だったから無関係かと思っていたが、なるほど、ギルドに相当する組織がこの世界にもあったのか。
僕はたまたま
「それで、このギルド⋯⋯
「そうだな。
体力に自信があって、手っ取り早く金を稼ぎたいなら土木工事。そんなに力仕事したくないなら市場前にいた馬糞掃除みたいな清掃作業。後は字が書けるなら代筆とかあるな」
「う、うーん、なるほど。
こりゃ、ギルドというよりハローワークだな」
まあ、そりゃそうだろうな。モンスターなんていないんだから、そりゃやる仕事はそういうのになっていくよな。
ただの職業安定所に仕事探しに行くのと何も違いやしない。
僕は転生して早々に
「俺たちも金が無くなったらここで仕事を探すか」
「勘弁してくれ」
「せっかく、
どうせなら、もっと面白いものを見たい。
おや、その隣にも柵があるな。他にも馬がいるんだろうか」
僕は気になって
「え、こ、これは!」
しかし、
牛や羊でもない。
その柵に入っていたのは“人”であった。
「な、なんで柵の中に人が⋯⋯」
予想外の出来事に、僕は
柵の中には何人もの人間が入っていた。柵で仕切られ、一人ずつに分けられている。いずれも歳は比較的若い。男女満遍なくそろっている。中には明らかに子供もいた。
「どうした、
そっちは
僕の後を追って、
「やはり、奴隷なのか。
こんなにも多くの人が売られているのか」
僕は少し身体がふらついたのを感じて、
この世界に奴隷がいるのは知っていた。しかし、目を逸らして詳しくは知ろうとしなかった。
だけど、今こうして目の前の現れると、これは事実なんだと受け止めるしかない。この世界に転生した以上、いつまでも避けることは出来ない話題だ。
「お前は何処か浮世離れしたところがあると思っていたが、その様子だと
僕は
身に付けている衣服は青く薄手だ。だが、刺繍が
「
他に
なるほど、奴隷は見た目でわかるような格好になっているのか。服装は男女で違いはあるが、いずれも青い服だ。
ただ、女性は
少年も
自分ももっとこの人たちについて知る必要がありそうだ。
僕は続けて
「ちなみに奴隷はどういう仕事をするんだ?」
「男なら
「うーん、思ったよりひどい扱いではないのかな」
「まあ、そのへんは主人次第だな。
後、女だと
「前言撤回だ」
考えたら未来の日本でも、一見同じ仕事内容でも、ホワイト企業かブラック企業かで扱いは天と地ほど違ってくる。ましてや、人権意識のない時代の奴隷なんてどんな扱いになるかわかったもんじゃないな。
「しかし、奴隷というけど、わりかし綺麗な格好をしてるんだね。女性なんかは化粧もしているし」
「ありゃ、よく売れるように綺麗に着飾ってるだけさ。実際に働く時はあんな格好しないよ。
いや、金持ちに買われたらその限りでもないか。それこそ貴人の
まあ、それも主人次第だな」
そうか、彼ら彼女らはここでは『商品』なんだ。当然、『パッケージ』は見栄え良くしているというわけか。そして、その後の扱いは『買い手』次第ということか。
「この人たちは何故、奴隷になったんだ?」
そう尋ねると、今度は
「
まず、第一に犯罪者だ。罪状によっては
もっとも、罪人の
「では、ここにいる人たちはどういう人たちなんだ?」
それには、
「ハッ、そんなの金だぜ。
特に貧民にとってまとまった大金を手に入れようと思ったならな、一番手っ取り早い方法が自分を
貧農であれば一年頑張って働いたところでせいぜい一万銭くらいしか稼げねぇ。
そう言って
それに僕はため息混じりに答えた。
「しかし、それでも奴隷になるなんて。何されるか分かったもんじゃない」
続けて、
「
それに
まあ、
ふと、柵に目を移すと歳は十歳ぐらいの少年が目に移った。
「こんな少年もいるのか」
僕はその光景に驚愕した。
《続く》