「おっと、いつまでも人の多さに感嘆している場合ではないな。
早く市場に向かわないと」
門から真っ直ぐ延びる道は、幅三十メートルはある大通りだ。
だが、それがそのまま一つの道になっているわけではない。高さ1メートルほどの土壁が続き、その土壁によって大通りは三つに分割されている。
真ん中の道が一番広く、そして閑散としている。左右の道は真ん中よりは狭いが、それでも車馬や馬が十分通れるほどの道幅で、こちらは人で
「真ん中の道はお偉いさんの通る道だ。間違っても通るなよ。
俺たち庶民は左右の道を行く。奥に進む時は左側を、外に出る時は右側の道を通るんだ」
城市内の道は縦横に格子状に張り巡らされている。どの道も直線で、曲線の道は一つもない。
僕はその何処までも続く大通りの彼方へと目をやった。
「本当に真っ直ぐな道しか無いんだなぁ。
ん? この道の先に見えるあの一際大きな建物はなんだ?」
「ありゃ、皇帝陛下の住まう天下の宮城よ。
まあ、俺らにゃ関係ない場所さ」
なるほど、宮殿か。場所からしてこの
まあ、今の僕らじゃとても近付けるような場所ではない。興味はあるが、下手に近寄って捕えられてもつまらない。今は無視しておこう。
僕は再び周囲に視線を移す。
僕らの行く道のさらに端には街路樹として柳の木が並んで植えられている。その柳の木々の奥には
人でごった返してはいるが、真っ直ぐな道と整列した建物のおかげか、とても綺麗な街という印象だ。
「さて、じゃあ、さっさと市場に向かうか」
「市場はここから遠いのか?」
僕は出発しようとする
「いや、そんなに遠くはないぞ。
さっき、
市場は賑やかで、騒動も多いからな。庶民街の方にあるというわけだ」
なるほど。調べるとどうやら市場はいくつかありようだ。今、僕らのいる東の地域にも大きな市場があるそうで、城門からそう遠くはない。
僕らは早速、東の市場へと移動した。
この
馬に乗らずとも、そんなに時間をかけずに東市へと到着することができた。
街中に四方を壁に囲まれた一角が姿を現した。この中が市場だ。
これは
「このまま市場に行きたいところだが、中に馬は連れこめん。
城門の手前にいる門番に預けるぞ」
門番の指示に従い僕が
「ああ、しちゃったか。
困ったな」
馬は何処でも糞をする生き物だ。生理現象である以上、これを止めることは出来ない。
いつも走らせている草原や平地なら特に気にもしないのだが、しかし、ここは街のど真ん中だ。
さすがにそのままにしておくのも気が引けて、僕は周囲を見回した。
「
「市場の前が馬糞や牛糞で汚れていると市吏の責任になるからな。
ああやって掃除する人を雇っているんだよ」
なるほど、さすが天下の
僕は一安心して
市場の中も外と同じように格子状に道が延びている。
そして、市場の中央には
そして、その
並ぶ建物の壁は白く、柱や窓枠は赤く塗られ、屋根には黒い瓦が連なっている。
さらに店の軒先には色とりどりに染められた
店は大きく二種類。店舗の中に客が入れる一軒家タイプと、カウンター越しに商品だけを手渡す出店タイプだ。
一軒家タイプの中には、大きくて立派な門構えの店や二階、三階建ての店舗もある。基本的に店舗が大きくて立派なほど高級店だ。
また、田舎ではゴザを敷いて商品を並べただけの露天商も結構見かけた。だが、
並ぶ店は衣服店のエリア、飲食店のエリアのように似たような店は同じ箇所にまとめられている。
肉屋や魚屋なら田舎でも見かけたが、楽器屋なんてのがあるのは都会ならではな感じもする。他にも工芸品や鍛冶屋、飲食店や居酒屋なんかも並んでいる。
「おや、このまとめられた木の束はなんだろう?
僕がそう呟くと、隣を歩く
「
「ああ、なるほど、本屋か!
そう考えると、この
そう思い、僕は懐に仕舞っていた
「しかし、本屋か。せっかくだし、ちょっと立ち寄ってみたいな」
僕が本屋の方へと近付こうとした。だがその時、誰かのお腹の「グウー」という音が鳴り響いた。
後ろを振り返ると、
「そんなことより腹減ったぜ。
先になんか食おうぜ。あそこの
そう言って居酒屋を指差す
「来て早々に
まあ、なんか食おうか。せっかくだし、今、都で流行りの“アレ”を食うとするか」
僕らは
「これが今、都で流行りの一品。
そう言って
僕はそれをちぎって、一口食べた。
「これはパンか。ナンみたいな薄手のパンだな。
モチモチしていて、ほんのり塩味が効いていて美味しい。胡麻の風味もしっかり感じられて良いね」
薄味ではあるが、現代人の味覚でも美味しくいただける一品だ。
「うちの
さあ、ドンドン食ってくれ!」
褒められてご機嫌な様子で、店主のオジサンは次々と
ドラム缶のような
「今の皇帝陛下がこの
その影響で今、
そう言われて周囲を見回すと何店も
「味は悪くねぇけどよ、こんな一枚じゃ腹が
オッサン、もう一枚くれ!」
「
よく見たら結構いい値段だった」
店の看板に目を移すと、そこには「一枚四十銭」と書かれていた。
それを見て、財布を預かる
「
前に
値上がりは頭の痛い話だ。
どうも物価自体が結構上がっているようだ。前に冷害のために食糧難だとは聞いていたが、天下の
そういえばもう四月に入ろうかという時期なのに、まだまだ冬のように寒い。吐く息は白く、手はかじかむ。何枚も上に重ね着しなければとても過ごせる気温ではない。こんなに気候が滅茶苦茶では、そりゃ作物も実らないだろう。
物価が上がるのもやむ無しか。
「何処の世界も不景気だなぁ⋯⋯」
僕はそうボヤきながら、何気なく横へ振り向いた。その時、僕の目の隅にソレは映った。
一瞬の出来事で、見間違いかとも思ったが、いや、僕がソレを見間違えるはずがない。
僕は居ても立ってもいられないず、道を挟んで奥手にあるその店へと駆け寄った。
そして、その店の隣にある柵の中にソレはいた。
「馬だ!」
そこには見目麗しい馬が柵の中に繋がれていた。
「これは⋯⋯僕の求めていた馬なのか⋯⋯!」
《続く》