馬商人の
「ふむふむ……。
『馬は頭が王なり、方なるが良い』
『方』……?」
僕が謎の単語にぶつかると、隣で
「『方』とは方形、つまり四角いのが良いということです」
「なるほど……『目は
聞きながらだけど、内容がわかってきたぞ。これは大いに参考になるな。
これをいただいてもよろしいんですか?」
僕の予想以上の食いつきぶりに、
「ええ、差し上げます。
貴方が良き馬相見になっていただければ、私どもの良い取引相手になってくれるでしょうから。
これは未来への投資でございます」
「わかりました。喜んでいただきます」
喜ぶ僕に、
「ただ、その『
学ばれるのならいくつもの『
「こんな本がまだまだあるのか。
それは楽しみです!」
不便な古代と思っていたが、こんな馬の専門書まであるとは思わなかった。それもいくつもあると聞けば心も
その僕の反応に、
「知識があることを楽しまれる。それは大変よろしい傾向ですな」
食い入るように『
「ところで先ほどは『
「え、馬の飼葉ですか?
干し草にたまに
僕は正直に与えているものを答えた。欲を言えば未来のように牧草の種類を使い分けて、与えるものをちゃんと管理したい。だが、残念ながらこの時代では馬が満足するだけの飼料を確保するだけでも大変だ。あまり贅沢は言えない。
「なるほど、一般的な飼料ですな。
ところでこういう草をご存知ですかな」
「これは?」
茎の長さは一メートルほど、丸い葉に、紫の小さな花、それにクルンと丸まった実をつけた植物であった。草花に
「これは『
「そんな夢みたいな草がホントにあるのか?」
世平殿の言葉に、
しかし、僕は世平殿の言葉にすぐにピンときた。草花の知識は無くとも、牧草の知識ならある。
だから、この『
「それはまさか、アルファルファ!
いえ、マメ科の牧草ですか!」
「アルファルファやらマメ科というのはよくわかりませんが……どうやら、
現代、いや、未来において馬の飼料には、チモシー等に代表されるイネ科の牧草を主体とし、アルファルファ等のマメ科の牧草をいくらか混ぜるという飼育方法が確立されている。
馬の栄養源は主に繊維質で、それはイネ科の牧草から摂取する。それにタンパク質やカルシウムを含むマメ科の牧草を混ぜることでより
しかし、マメ科の牧草の知識の無い僕は大豆やその草木を与えることで
だが、今差し出されたこれは、日本名をムラサキウマゴヤシ。海外での名をアルファルファ。未来でも使われるマメ科の牧草だ。
既にこの時代にマメ科の牧草が存在し、それを混ぜると良いという飼育方法が確立されていた。
(千八百年も昔のこの時代に既にアルファルファがあるのか!
それも馬の飼料として認知されている!)
「こ、このようなものが既にあるのですか!」
僕のあまりの食いつきの良さに、
「今から三百余年の昔、
(西域ということは……。
つまり、シルクロードか。シルクロードを通じて馬の飼料まで入ってきていたのか)
「この『
探せばその辺りにも自生しているでしょう。
ですが、馬が食べるほど
なるほど、さすが商人だ。欲しければ買えという話か。僕は財布を握る
「その
「良い軍馬を育てたいなら是非あった方がいい!
さっきの
僕は強く
「ああ、わかった。
じゃあ、先ほどの飼料にこいつも足しといてくれ」
「ありがとうございます!
いやぁ、知識のある方がおられると話が早くて良いですな」
新たに商談が
しかし、この譲られた『
僕の馬に関する知識は未来のものだ。当然、優れている部分も多いが、わからない点も多い。そもそも馬の品種自体がまるで違う。馴染みのない中国の在来馬を知れるという意味でもこの本の存在は大きい。
「自分はこの
その僕の言に、
「ほぉ、あまり他の地域には行かれていないようですな。
では、この中華の地にどういった馬がいるのかご存知ですかな?」
「いえ、わかりません。
是非、教えてください」
「あなたの乗られている馬は北方の草原の馬でございます。最も盛んに用いられた馬ですな。体高はおよそ五尺六寸(約百三十センチ)ほどです。
確かに
「もう一つは南方の山地馬です。こちらは主に荷駄用の馬で、体高は五尺(約百十センチ)ほどの小型馬でございます。なので、貴方様の好みからは外れるかもしれません」
なるほど、荷物の運搬用の小型馬か。いてくれれば物の輸送なんかが楽になるだろうけど、騎乗には向かないだろうな。
「それに西方より来た高原馬がございます。こちらの体高は六尺(約百四十センチ)ほどあります。さらに、西域より来たる馬の中には七尺(約百六十センチ)を超えるものさえいるとか。
これを
(
つまり、それはシルクロードを通ってきた馬。サラブレッドの元となったアラブ種の馬のことじゃないか。
サラブレッドがまだ誕生していないこの時代において、最も未来の競走馬に近い馬じゃないか!)
「そうか、シルクロードから牧草が入るなら当然、馬も入ってきている!
この世界にはアラブ種の馬もいるのか!
「申し訳ありません。うちは中山国を拠点にする牧場の馬を出荷しており、扱う馬は北方馬ばかりでございます。
西方馬は扱っておりません。
この辺りでしたら、やはり
「
僕が
「おいおい、これから
「そうか、
しかし、
僕は
《続く》