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第二十三話 関羽(三)

 ついに関羽かんう張飛ちょうひという夢の対戦カードが始まった。


 とは言っても力量を試すための練習試合、一メートル数十センチほどの木の棒を得物にしての一戦だ。地面に描かれた円の中に二人は入っていく。


 両者、木の棒を槍のように構えて対峙する。


 張飛ちょうひは既に同僚を何人も負かしているので、自信タップリな表情だ。


「へへ、すぐに決着つけてやるぜ!」


 対する関羽かんううつむき気味の無表情で、何も話そうとはしない。


 劉備りゅうびの「開始!」という合図と共に張飛ちょうひは一気に踏み込み、木の棒を大上段に構えてうなり声と共に振り下ろす。


 迎え撃つ関羽かんうは、振り下ろされる木の棒を、自身の棒で巧みに絡め取り、そのまま地面に叩き落とした。


 木の棒を失い、張飛ちょうひは「アッ」と声をらすと、次の瞬間には関羽かんうの棒が彼の喉元のどもとを目掛けて突き出されていた。


「私の勝ちのようだな」


「な! ゆ、油断していただけだ!


 もう一度だ!」


 しかし、なんどやっても結果は同じ。力任せに棒を振るう張飛ちょうひ。それに対して、関羽かんうは上手くさばいて、張飛ちょうひの一撃を尽く無力化していく。張飛ちょうひがどんなに力を奮おうとも、そもそもの技術力で負けていた。


「そろそろお気が済みましたかな」


 何度も棒をはたき落とされ、いよいよ張飛ちょうひの息が上がり始めたのも見て、関羽かんう劉備りゅうびの方へと振り返った。


「なるほど、関羽かんうとやら。


 お前さんの実力はよくわかった。


 しかし、それだけの実力があるのに、何故、俺のような田舎者を頼ろうとするんだ?」


 劉備りゅうびは尋ねると、それに関羽かんうは片膝をついて答える。


「人は力だけで生きていけるわけではありません。


 その足りぬところを貴方様なら補っていただけると思い、やって来ました」


 その回答に、劉備りゅうびはしばし黙考してから答えた。


「ふむ、


 要望通り、うちの軍団に加えても良い。

 ただし、一つ条件がある」


「なんでございましょうか?」


 関羽かんうが尋ねると、劉備りゅうび張飛ちょうひの方を指し示しながら答えた。


「今し方戦った張飛ちょうひを貴方の武術の弟子にしていただきたい」


 なんと、劉備りゅうびの出した条件は張飛ちょうひを弟子にすることだった。その突然の提案に、僕らは皆互いの顔を見合わせた。

 その空気を感じ取ったのか、関羽かんう劉備りゅうびに聞き返した。


「弟子ですかな?


 私は構いませんが……」


 そう言いながら関羽かんうは先ほど戦った張飛ちょうひの方へと振り返る。振り返る先にある張飛ちょうひの顔は不満を絵に描いたような表情をしていた。



「待ってくれ、兄貴!


 なんでオレが今さっき来たような奴の弟子にならなきゃいけねーんだよ!」


 張飛ちょうひの怒号が辺りに響き渡る。言い出したのが劉備りゅうびで無ければ飛びかかりかねないような剣幕だ。


 だが、劉備りゅうびはまるで気にする様子もなく返した。


「お前は負けたらなんでもすると言っただろう」


 確かに張飛ちょうひは戦う前にそんな約束をしていた。

 彼も思い当たることがあるようで、その言葉に張飛ちょうひは思わず顔を歪ませた。


「言ったけどよぉ、言ったけど、いくらなんでもそりゃねーじゃねーかよ!」


 張飛ちょうひはどうにも往生際が悪い。

 そんな張飛ちょうひ劉備りゅうびは穏やかな口調で返した。


「お前は既に劉星りゅうせいに馬術を教わっている。武術の師が増えたからといってどうということもないだろう」


 先日、僕は張飛ちょうひと乗馬レースを行った。その勝敗の結果により、僕は張飛ちょうひに乗馬を教えることとなった。

 劉備りゅうびからすればその先生枠に関羽かんうも足すだけの話ということなのだろう。

 しかし、張飛ちょうひからすればそういう話ではないようで、なおも拒み続ける。


「馬術は確かにオレの技術はまだ未熟だった。


 だから、師を付けられるのもわかる。


 でも、武術は違う。この軍団で一番強いのはオレだぜ!

 そのオレがさっき入ったばかりの奴に教えを受けるなんて、軍も体裁が悪いだろ!」


 張飛ちょうひとすれば今更武術の師をつけられるのはプライドが許さないというところなのだろう。

 そう言って拒否する張飛ちょうひに対して、劉備りゅうびは静かに尋ねる。


「そんなに弟子になるのが嫌か?」


「ああ、兄貴のお願いでも嫌だ。


 今更、武術の師なんて持てねぇ!」


 そう突っぱねる張飛ちょうひに、劉備りゅうびは新たな提案をし始めた。


「ならば、関羽かんうの弟分となれ」


 この提案に張飛ちょうひ狼狽うろたえながらも反対した。


「な! ま、待ってくれ!


 オレは既に兄貴の一番の弟分だぜ!


 なんで今更他の男の弟分になれるものか!」


 劉備りゅうび第一の弟分を自称する張飛ちょうひはそれこそ受け入れられないと声を大にして主張する。

 しかし、劉備りゅうびはなおも静かな口調を崩さずに張飛ちょうひに説く。


「別に二人以上の兄弟なんて珍しいもんじゃない。祖達そたつのところなんて四兄弟だ。


 お前は俺の弟分であり、関羽かんうの弟分でもある。我らは三兄弟だと思えば問題ないだろう」


「しかしよぉ……」


 なおも渋る張飛ちょうひに、劉備りゅうびはキッとにらみつけた。


張飛ちょうひ、お前は負けて罰を受ける側だ。

 だが、お前の要望を聞いて師にするのは取りやめてやった。これ以上まだ言うか?」


 こう凄まれては張飛ちょうひもこれ以上ゴネることは難しい。ついに彼も観念した。


「わ、わかったよ。兄貴の決定に従おう」


「お待ちいただきたい」


 張飛ちょうひが折れたのと入れ替わりに、今度は関羽かんうが声を上げた。


「どうしたのかな、関羽かんう殿?」


「この者の師になろうとも、兄貴分になろうとも私は構いません。


 しかし、先ほどの話を聞くと私も玄徳りゅうび殿の弟分にしていただけるという話ですかな?」


 そう尋ねる関羽かんうの表情は真剣だ。


「そういう事になるな。


 不満か?」


「不満なぞ滅相もございません。


 しかし、よろしいのですか?


 こんな何処の馬の骨ともわからぬ輩を弟分にしても。どのような問題が舞い込むかわかりませんぞ」


 関羽かんうからすれば今後の劉備りゅうび陣営内での立ち位置に影響する話だ。そりゃ真剣にもなるだろう。


 本来ならよく考えて喋らねばならない一幕だろう。

 しかし、劉備りゅうびは軽い感じで即答した。


「それで構わん。


 一度、迎え入れると決めた相手だ。


 お前の前歴は問わないし、もし敵がいるのなら守ってやろう。それが受け入れるということだ」


 そのあまりにも堂々とした態度に、関羽かんうは思わず頭を下げ、その場にひれ伏した。


「噂通り、いえ、噂以上の御仁ごじんですな。


 それを聞いて安心いたしました。これよりこの関羽かんう、貴方様の弟分となりましょう。


 私の名はただ関羽かんうとお呼びください」


「では、関羽かんう。今日より俺がお前の兄貴分だ。俺のことは兄と呼べ」


「わかりました。兄者。


 これからよろしくお願いいたします」


 こうして関羽かんう劉備りゅうびの弟分となった。物語では劉備りゅうび関羽かんう張飛ちょうひの三人は桃園とうえんで義兄弟のさかずきを交わし、死ぬ時は一緒だと誓い合った。

 まさか、この世界での桃園とうえんの誓いがこれだったのだろうか。それはこの先の未来だけが知っていることだ。


「さて、話もまとまったようなので、商談と参りましょう」


 話も一段落し、張世平ちょうせいへい殿が話し始めた。


 そうだった。僕からするとこちらが本番だ。念願のあぶみを手に入れよう。


《続く》



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