ついに関羽対張飛という夢の対戦カードが始まった。
とは言っても力量を試すための練習試合、一メートル数十センチほどの木の棒を得物にしての一戦だ。地面に描かれた円の中に二人は入っていく。
両者、木の棒を槍のように構えて対峙する。
張飛は既に同僚を何人も負かしているので、自信タップリな表情だ。
「へへ、すぐに決着つけてやるぜ!」
対する関羽は俯き気味の無表情で、何も話そうとはしない。
劉備の「開始!」という合図と共に張飛は一気に踏み込み、木の棒を大上段に構えて唸り声と共に振り下ろす。
迎え撃つ関羽は、振り下ろされる木の棒を、自身の棒で巧みに絡め取り、そのまま地面に叩き落とした。
木の棒を失い、張飛は「アッ」と声を漏らすと、次の瞬間には関羽の棒が彼の喉元を目掛けて突き出されていた。
「私の勝ちのようだな」
「な! ゆ、油断していただけだ!
もう一度だ!」
しかし、なんどやっても結果は同じ。力任せに棒を振るう張飛。それに対して、関羽は上手く捌いて、張飛の一撃を尽く無力化していく。張飛がどんなに力を奮おうとも、そもそもの技術力で負けていた。
「そろそろお気が済みましたかな」
何度も棒をはたき落とされ、いよいよ張飛の息が上がり始めたのも見て、関羽は劉備の方へと振り返った。
「なるほど、関羽とやら。
お前さんの実力はよくわかった。
しかし、それだけの実力があるのに、何故、俺のような田舎者を頼ろうとするんだ?」
劉備は尋ねると、それに関羽は片膝をついて答える。
「人は力だけで生きていけるわけではありません。
その足りぬところを貴方様なら補っていただけると思い、やって来ました」
その回答に、劉備はしばし黙考してから答えた。
「ふむ、
要望通り、うちの軍団に加えても良い。
ただし、一つ条件がある」
「なんでございましょうか?」
関羽が尋ねると、劉備は張飛の方を指し示しながら答えた。
「今し方戦った張飛を貴方の武術の弟子にしていただきたい」
なんと、劉備の出した条件は張飛を弟子にすることだった。その突然の提案に、僕らは皆互いの顔を見合わせた。
その空気を感じ取ったのか、関羽は劉備に聞き返した。
「弟子ですかな?
私は構いませんが……」
そう言いながら関羽は先ほど戦った張飛の方へと振り返る。振り返る先にある張飛の顔は不満を絵に描いたような表情をしていた。
「待ってくれ、兄貴!
なんでオレが今さっき来たような奴の弟子にならなきゃいけねーんだよ!」
張飛の怒号が辺りに響き渡る。言い出したのが劉備で無ければ飛びかかりかねないような剣幕だ。
だが、劉備はまるで気にする様子もなく返した。
「お前は負けたらなんでもすると言っただろう」
確かに張飛は戦う前にそんな約束をしていた。
彼も思い当たることがあるようで、その言葉に張飛は思わず顔を歪ませた。
「言ったけどよぉ、言ったけど、いくらなんでもそりゃねーじゃねーかよ!」
張飛はどうにも往生際が悪い。
そんな張飛に劉備は穏やかな口調で返した。
「お前は既に劉星に馬術を教わっている。武術の師が増えたからといってどうということもないだろう」
先日、僕は張飛と乗馬レースを行った。その勝敗の結果により、僕は張飛に乗馬を教えることとなった。
劉備からすればその先生枠に関羽も足すだけの話ということなのだろう。
しかし、張飛からすればそういう話ではないようで、なおも拒み続ける。
「馬術は確かにオレの技術はまだ未熟だった。
だから、師を付けられるのもわかる。
でも、武術は違う。この軍団で一番強いのはオレだぜ!
そのオレがさっき入ったばかりの奴に教えを受けるなんて、軍も体裁が悪いだろ!」
張飛とすれば今更武術の師をつけられるのはプライドが許さないというところなのだろう。
そう言って拒否する張飛に対して、劉備は静かに尋ねる。
「そんなに弟子になるのが嫌か?」
「ああ、兄貴のお願いでも嫌だ。
今更、武術の師なんて持てねぇ!」
そう突っぱねる張飛に、劉備は新たな提案をし始めた。
「ならば、関羽の弟分となれ」
この提案に張飛は狼狽えながらも反対した。
「な! ま、待ってくれ!
オレは既に兄貴の一番の弟分だぜ!
なんで今更他の男の弟分になれるものか!」
劉備第一の弟分を自称する張飛はそれこそ受け入れられないと声を大にして主張する。
しかし、劉備はなおも静かな口調を崩さずに張飛に説く。
「別に二人以上の兄弟なんて珍しいもんじゃない。祖達のところなんて四兄弟だ。
お前は俺の弟分であり、関羽の弟分でもある。我らは三兄弟だと思えば問題ないだろう」
「しかしよぉ……」
なおも渋る張飛に、劉備はキッと睨みつけた。
「張飛、お前は負けて罰を受ける側だ。
だが、お前の要望を聞いて師にするのは取りやめてやった。これ以上まだ言うか?」
こう凄まれては張飛もこれ以上ゴネることは難しい。ついに彼も観念した。
「わ、わかったよ。兄貴の決定に従おう」
「お待ちいただきたい」
張飛が折れたのと入れ替わりに、今度は関羽が声を上げた。
「どうしたのかな、関羽殿?」
「この者の師になろうとも、兄貴分になろうとも私は構いません。
しかし、先ほどの話を聞くと私も玄徳殿の弟分にしていただけるという話ですかな?」
そう尋ねる関羽の表情は真剣だ。
「そういう事になるな。
不満か?」
「不満なぞ滅相もございません。
しかし、よろしいのですか?
こんな何処の馬の骨ともわからぬ輩を弟分にしても。どのような問題が舞い込むかわかりませんぞ」
関羽からすれば今後の劉備陣営内での立ち位置に影響する話だ。そりゃ真剣にもなるだろう。
本来ならよく考えて喋らねばならない一幕だろう。
しかし、劉備は軽い感じで即答した。
「それで構わん。
一度、迎え入れると決めた相手だ。
お前の前歴は問わないし、もし敵がいるのなら守ってやろう。それが受け入れるということだ」
そのあまりにも堂々とした態度に、関羽は思わず頭を下げ、その場にひれ伏した。
「噂通り、いえ、噂以上の御仁ですな。
それを聞いて安心いたしました。これよりこの関羽、貴方様の弟分となりましょう。
私の名はただ関羽とお呼びください」
「では、関羽。今日より俺がお前の兄貴分だ。俺のことは兄と呼べ」
「わかりました。兄者。
これからよろしくお願いいたします」
こうして関羽は劉備の弟分となった。物語では劉備・関羽・張飛の三人は桃園で義兄弟の盃を交わし、死ぬ時は一緒だと誓い合った。
まさか、この世界での桃園の誓いがこれだったのだろうか。それはこの先の未来だけが知っていることだ。
「さて、話も纏まったようなので、商談と参りましょう」
話も一段落し、張世平殿が話し始めた。
そうだった。僕からするとこちらが本番だ。念願の鐙を手に入れよう。
《続く》