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第二十二話 関羽(二)

 楼桑里ろうそうり劉備りゅうび馴染みの商人が訪ねてきた。劉備りゅうびはこれから旅立つ安喜県あんきけんへの準備を、僕はあぶみくらの用立てを頼みたいと思って待ち構えていた。


 僕ら劉備りゅうび軍の面々は、村の入り口に赴いて、その商人一行を出迎えた。


世平せいへい殿、遠路はるばるよくお越しくださいました」


 軍を代表して劉備りゅうびが一歩前に出て、その商人に挨拶をした。敬語ではあるが、馴染みというだけあって、親しみのこもった口調だ。


 商人一行の中から、代表者と思わしき四十を過ぎたくらいの年齢の男性がそれに応えた。


「いえいえ、楼桑里ろうそうりは我が郡のお隣。そこまで遠い道のりではございません」


 成人男性にしては背は低い。だが、眉は太く、立派な口髭くちひげたくわえ、背の低さが気にならないほどの威厳をもった顔つきをしている。着ている灰色の衣服は綿が入っており、だいぶ暖かそうだ。華美な装飾は着けていないが、綿入りというだけで豊かさが伝わってくる。僕は自分のペラペラの衣服を見て、少し恥ずかしくなった。


 僕は少し後退あとずさったが、そんな事に構わず、劉備りゅうびは僕を呼んで前に引き出した。


「こいつはうちの新入りの劉星りゅうせいです。


 馬に詳しいので何かと世平せいへい殿に頼ることがあるやもしれません」


 確かに今回、僕は馬具を新調してもらわないといけない。恥ずかしがって下がっているわけにはいかないな。僕は改めてその商人に挨拶をした。


劉星りゅうせいあざな辰元しんげんと申します。


 よろしくお願いします」


 僕はこの前決めたあざなを早速使って挨拶をした。


「これはこれは。


 私はお隣の中山国ちゅうざんこくを本拠に活動している馬商人の張泰ちょうたいあざな世平せいへいと申します。

 こちらこそよろしくお願いします」


 張泰ちょうたい世平せいへい殿か。お客様でもあるから、あざな世平せいへい殿と呼ぶべきなんだろう。先ほど、劉備りゅうびもそう呼んでいたようだし、それにならおう。


 その世平せいへい殿は僕への挨拶を終えると、また劉備りゅうびの方へと向き直った。


「さて、商談に入る前にこの度は玄徳りゅうび殿に県尉けんいへの就任祝いの贈り物がございます」


「それは、気を使わせてしまって申し訳ない」


 これには劉備りゅうびも恐縮しきりな様子であった。


「いえいえ。


 何しろ懇意こんいにしている玄徳りゅうび殿がこの度、我が故郷の中山国ちゅうざんこくにある安喜県あんきけんじょうに就任されました。安喜県あんきけんは私共の拠点・安国県あんこくけんとも近しい。これを祝わずにおれましょうか」


 そう言うと世平せいへい殿は手を叩き、部下の男を呼びつけた。


「おい、玄徳りゅうび殿に例の品を」


 一行は数頭の馬をき連れて来ていたが、そのうちの二頭が部下にかれてこちらに連れてこられた。


「就任祝いです。


 この二頭は差し上げます。お収めください」


 両頭とも鹿毛かげ(茶色)の成馬で、肉付きの良い立派な馬だ。あの二頭が劉備りゅうび軍に加わるのは心強い。


「これは過分な贈り物。ありがとうございます」


「いえいえ、県尉けんいは悪人を取り締まる大事な役職です。馬が有ったほうが良いでしょう。


 それに今後の付き合いもよろしくという意味もこもっておりますれば」


「では、喜んでいただきます」


 今回で劉備りゅうびも新たに馬を購入する予定であったようだが、即戦力になり得る二頭を譲り受けたのは、随分助かったことだろう。


 しかし、タダより高いものはない。二頭の馬を受け取ったのを見届けると、世平せいへい殿は神妙な面持ちに変わり、劉備りゅうびの側近くに寄ってささやいた。


「実は今回なのですが、もう一つお預かりしていただきたいものがあるのですが、よろしいでしょうか」


 その声色ですぐに劉備りゅうびも察した様子であった。


「そりゃ、訳アリですな」


「ええ、玄徳りゅうび殿でしか手に負えないものでございます」


 そう言うと、世平せいへい殿は一行の中へと進んでいった。彼が声をかけたのは一行の中でも一際体の大きい男であった。


 一行の中に図抜けて背の高い男が先ほどから目に入っていた。その風貌からもしやと思っていたが、どうやら僕の予想は当たっていたようだ。


 その長身の男は世平せいへい殿に並んで、のそりのそりと僕らの前に現れた。その男を示しながら世平せいへい殿が紹介を始める。


「この者は河東かとうからの流人るにんちょう……関羽かんうと申す者でございます」


 その紹介後に一礼し、ようやくその長身の男が口を開いた。


「私は関羽かんうあざな雲長うんちょうと申します。


 訳あって故郷に戻れなくなりました。幽州ゆうしゅうにその名をとどろかす玄徳りゅうび殿の傘下に加えていただきたくまかり越しました」


 うちで一番デカい張飛ちょうひしのぐ二メートルの長身。筋骨隆々で、常人の二人分はあろうかという広い肩幅を持ち、まるで壁のような威圧感を与える巨体。胸まで届く長い顎髭あごひげは、漆黒で光りを反射しており、ふさふさしていた。赤みがかった褐色の肌に、吊り目気味の長い眼は、まさに物語に出てきそうな関羽かんう像そのままであった。


 だが、その身なりは黒のボロい衣服で、小綺麗な世平せいへい殿とは真反対の服装。それだけでここまでの道のりが平坦でなかったことを物語っていた。


 その関羽かんうの登場に、劉備りゅうびは興味津々なようであった。


「ほぉ、関羽かんう


 お前は何が出来る?」


 想像以上の好感触な反応に、関羽かんうは少々面食らいながらも答え出した。


「私には人に誇るほどの芸はございません。


 ただ、武術であれば一廉ひとかどの才はあろうかと思います」


 その返答に劉備りゅうびと思わずニヤリと笑う。


「ほう、それはぜひ、見せて欲しいな。


 うちで一番の強者と戦ってみせてくれないか」


 関羽かんうひざまずいてそれに応ずる。


「ご所望とあらば」


「さて、うちで一番の強者と言うと誰になるかな」


 劉備りゅうびが周囲へと振り返る。すると案の定、あの男が真っ先に手を挙げた。


「ハイハイ、兄貴、オレを出してくれ。


 俺は成彦せいげんにも祖達そたつにもさっきの試合で勝ったぞ!


 うちで一番の強者はオレだ」


 やはりというかなんというか、劉備りゅうびの弟分・張飛ちょうひが我こそは一の強者だと立候補してきた。いつもなら成彦せいげん祖達そたつも負けじと手を挙げる場面ではあるが、先ほどの試合で負けたばかりなので、挙げ辛いのか誰も立候補しなかった。


「まあ、俺たちは負けちまったからな。張飛ちょうひでいいんじゃないか」


「よし、それなら張飛ちょうひ、戦ってみろ。


 しかし、もし負けたら罰を与えるぞ」


 劉備りゅうびは少し脅しをかけたような物言いで張飛ちょうひを任命する。だが、乗りに乗ってる張飛ちょうひはどこ吹く風といった様子でまるで気にしていない。


「へへ、負けたらなんでもしてやるぜ!


 あんな大きいだけの野郎なんて、ちょちょいのちょいだぜ!」


 あまりの大言壮語たいげんそうごっぷりに見ている方は不安になる。しかし、関羽かんう張飛ちょうひなんて三国志好きからすれば夢の対戦カードだ。張飛ちょうひに不安はあるが、それらそれとして是非とも見たい戦いだ。


 僕らは先ほどまで試合会場だった村の一角へと移った。


 関羽かんうは先の試合で使われていた木の棒を見つけると、一本を張飛ちょうひに投げ渡した。


「ちょうどよい棒があるな。


 棒術の試合ということでどうかな?」


 張飛ちょうひはその一メートル数十センチほどの棒を受け取ると、大口を開けて笑い飛ばした。


「ガッハハ、このオレ様に武器持たせるなんてな。


 オッサン、死ぬぜ!」


「ふん、ここで死ぬならそれまでよ。


 それと私はまだ二十二だ。オッサンではない」


 その言葉を聞くなり張飛ちょうひは失礼な態度で笑い出した。


「は、二十二だぁ?


 三十二の間違いだろ?」


 挑発のつもりなのか、随分失礼な笑い方だ。しかし、失礼ながら、自分も関羽かんうが二十二歳にはとても見えなかった。あんな立派なひげを生やしていて、そんな若かったのか。


 僕はこちらの記憶がないので、こちらの世界での実年齢は不明だ。だが、転生時の肉体の感じから二十歳ということにしている。この時代はまだ数え年。数え年は誕生日が無く、年が明けると皆一斉に一つ歳を取るのが特徴だ。こちらの世界で一度、年を越したので僕の年齢は二十一歳。つまり、関羽かんうは僕の一つ年上ということになるな。


 そう思って見ると、やはり老け顔だ。


「どうやら目も節穴のようだな」


 関羽かんうも負けじと挑発を行い、両者先ほどの円の中へと入っていった。


 関羽かんう張飛ちょうひ。三国志好きなら夢の対戦カードになるだろう一戦が今、始まろうとしていた。


《続く》


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