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第十七話 名付け



「そういや、劉星りゅうせい


 お前のあざなはなんだ?」


 劉備りゅうびが何気なく聞いてきたその発言に、僕は言葉を詰まらせた。


あざなというと姓名以外のもう一つの名前の事だよな。


 確か、名前を直接呼ぶのは失礼だから、普段はあざなを使うんだったか。

 でも、詳しくは知らないんだよな。ましてや、どうやって名付けていいのかもわからない。


 適当な事言うわけにもいかないし、どうしたものか……)


 急にあざなを聞かれても、そんな文化で育ってきてない転生者の僕は困ってしまう。前世で『三国志』を読んでいる時に、あざなというのが出てきたので、そういう姓名以外の名前があるのは知っている。しかし、名付け方までは物語で紹介されなかったからわからない。


 僕が質問に答えることができずに、冷や汗を流して頭をいていると、劉備りゅうびは察して再度尋ねてきた。


「お前、もしかしてあざながないのか?」


 劉備りゅうびの問いかけに、隣の張飛ちょうひが、そのどんぐりまなこを見開いて聞き返した。


「兄貴、あざなが無いなんてあるのか?」


「だいたいは成人した時に付けるが、家庭には様々な事情があるもんだ。


 ここは様々な事情を持った者が集まりやすい場だ。あまり責めてやるな」


 劉備りゅうびの言葉に、彼の弟分の張飛もそれ以上は言わなかった。劉備りゅうびの物分かりが良くて結果的に助かったようだ。


「しかし、劉星りゅうせいよ。あざなはあった方が良いぞ。


 あざなは名を尊重し、みだりに呼ばないために設けるものだ。


 俺たちの仲間内では、そこまで気にしないから名で呼んでも構いはしない。


 だが、今後、仲間内以外の人と話す機会は必ずある。そういう場にはあざなが必要になる」


 劉備の言う事ももっともだ。この先、三国志の世界で生きていくならあざなは絶対に必要だ。

 しかし、問題もある。どうやってあざなを決めていいのか全くわからない。


「でも、あざなってどうやって付けるんだ?」


 この時代にあっては割と非常識な質問だと思うが、劉備りゅうび懇切丁寧こんせつていねいに答えてくれた。


あざなの多くは成人した時に親や縁ある年長者、または本人が直接付けたりする。


 その付け方は、古典にちなんだもの、本人の特徴や名にちなんだもの、兄弟で揃える、といった感じだな。


 例えば俺の『玄徳げんとく』は古典の『老子ろうし』にちなんだ言葉だ」


 続けてその弟分・張飛ちょうひがすかさず答える。


「オレの『益徳えきとく』は劉備りゅうびの兄貴にちなんで付けた。


 『兄貴の“徳”をより“益す”存在になる』という意味だ。


 オレが名付けた」


 張飛ちょうひは鼻を膨らまし、得意そうにそう語った。


 さらにホロ酔い気味の簡雍かんようさかづきを置いて、一連の内容を説明するように語り出した。


劉備りゅうびの大将のは古典にちなんだものだ。


 また、『玄徳げんとく』というのはあるような無いようなよくわからん徳を表す言葉だという。一応、本人の人間性も加味した命名だな」


 そう簡雍かんようが語って聞かせると、皆一斉に大笑いを始めた。

「ハハハ、確かによくわからんな」「ちがいねーや」そんな事を口々に語っている。


 確かに僕もなんとなく劉備りゅうびかれてここまで来たので、彼らが笑うのとわからなくはない。劉備りゅうびのあるような無いようなよくわからない人徳が僕らをきつけた。


 笑いが一通り終わったところで、簡雍かんようが説明を再開した。


「まあ、なんだ。


 他の名にちなんだものだと、おれの名は簡雍かんよう。その名の『よう』にはやわらぐ、なごむという意味がある。あざなの『』の字にも同じ意味があって、それで命名した。


 こんな風に同じ意味の字を使うのはよくあることだ」


 そう話す簡雍かんように、何気ない疑問を僕は尋ねた。


「あなたの『けん』はどこから?」


 簡雍かんようはヒヒと笑って答えた。


「ありゃ兄弟で揃えたんだよ。おれの兄弟は皆、あざなに『けん』がつくんだ」









 その答えを聞いて、山と盛られていた干魚をほぼ平らげてしまった祖達そたつが続けて話し出した。


「兄弟で揃えるというのは多いな。


 俺の『えい』は兄弟皆に付けられている。


 後は兄弟順にちなんだ字というのもある。


 長男は『はく』、次男は『ちゅう』、俺は三男だから『しゅく』だ。だから、俺のあざなは『叔栄しゅくえい』だ」


 それに補足するように、お喋り好きの小柄な男・邵則しょうそくが会話に加わった。


「末っ子だと『』とか『よう』とか使ったりするね。


 私の『幼範ようはん』は末っ子だから付けられたあざなだよ」


 皆、詳しく教えてくれる。しかし、兄弟の話をされても参考にならない。


「なるほど。参考にはなるけど、僕は一人っ子だからなぁ」


 その僕の言葉を聞いて大将・劉備りゅうびが締めくくるように語ってくれた。


「後はあざなでよく使われる字というのがあるな。


 『』、『ぶん』、『こう』、それに『げん』なんてのはよく使われるな」


「ん、『げん』か……」


 劉備りゅうびからその話を聞いて、僕は前世を思い出した。


(僕の前世での名は『辰元流星たつもと・りゅうせい』。下の名の『流星りゅうせい』から、ここでの名を『劉星りゅうせい』とした。


 苗字はまだ使ってない。そして、苗字には『げん』の字が使われている。これを音読みしたらそのままあざなになるんじゃないか?)


 僕は早速、その案を皆に伝えることにした。


「思い出したよ。そう言えば昔、親にあざなを付けてもらってた。すっかり忘れてたよ」


 張飛ちょうひは首をかしげて僕に聞き返してきた。


「お前、二十歳くらいだろ?


 そんな忘れるほど大昔に付けられたのか?」


 その問いに言葉を詰まらせかけたが、すぐに劉備りゅうびが助け舟を出してくれた。


「いや、あざなはどうせ成人になれば名乗る事になるからな。


 家によっては生まれてすぐにあざなまで命名する事もあるらしいぞ。


 それで、お前のあざなはなんだ?」


 今回は劉備りゅうびに助けられてばかりだな。


 僕はコホンとせき払いして話し始めた。


「ああ、僕のあざなは『辰元しんげん』。


 劉星りゅうせい、字は辰元しんげん。それが僕の名前だ」


 その回答に、劉備りゅうびは大きくうなずいた。


「なるほど。


 『星辰せいしん』は星の並びを意味する言葉だな。名に関連したあざなだ。


 では、これ以降はその名を名乗るようにしてくれ」


 これにて僕のあざなが決定した。あざなが付くと一層、三国志の登場人物になったような気分になる。


 最後に劉備りゅうびが注意事項を伝えてくれた。


「それと目上の人や立場のある人はあざなで呼んでも失礼になる。


 その場合は姓に肩書がつけて呼ぶとよい」


劉備りゅうび破虜校尉はりょこうい鄒靖すうせいさんを『鄒校尉すうこうい』と呼んでいたアレだね」


「そうだ。


 校尉こういが複数人いるような場だと『鄒破虜すうはりょ』と呼んで区別する場合もあるぞ」


 これであざなの使い方もわかった。


 劉星りゅうせいあざな辰元しんげん。これで僕も三国志の住民だ。


 そう盛り上がっている隣で、新たな火種が燻っていることを僕はまだ知らないでいた。


「この新入りの劉星りゅうせいって野郎。やたら劉備りゅうびの兄貴に肩入れされてんな。気に入らねぇ……気に入らねえぜ!」


 その鼻息を荒くした張飛ちょうひに呟きに、僕はまだ気付いていなかった。


《続く》

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