「そう言えば劉星に後で家の仲間を紹介すると言ってそのままだったな。
張飛も来た事だ。それにちょうど下餔(午後二時〜午後四時頃)の時間だ。
夕餉を取りながら改めて紹介しよう」
そう言い、劉備は楼桑里にまで来た仲間を中庭へと集めた。
時刻は午後三時を過ぎたくらいだろうか。未来の日本ならオヤツの時間だが、この時代の人にとっては夕食の時間だ。
劉備宅には全員は入り切らないので、中庭に大きな筵が敷かれ、人数分の案(膳のような一人前の机)が四角を作るように並べられていた。各々の案には黍のおかゆ、韮の羹、そして山と盛られたフナの干物が並べられた。現代人の意識を持った僕からすれば、どれも薄味で旨くはない。だが、歩き詰めで空きっ腹にこの匂いはなかなかに効く。
尤も、皆は料理よりも盃に注がれた酒の方に歓喜していた。正月の余りらしく、少々良い酒らしい。
一口呑んでみたが、甘い薄味の安酒に比べればしっかり酒の味はする。呑めなくもないという感じだ。それでも彼らからしたらご馳走なのだろう。
僕は劉備の真向かいの席についた。居並ぶメンバーは今まで戦ってきた劉備軍に、先ほど出会った張飛を加えたものとなっている。
「簡単なものしか用意できなかったが、さあ、召し上がってくれ」
よほど腹を空かせていたのか、皆一斉に食事に喰らいつく。箸や匕が用意されているのだが、豪快な食べ方の者が多く、干物等は手掴みで口に運んでいる。
ある程度食が進んだところで、まず、いの一番に自己紹介を始めたのは、この軍の大将・劉備であった。
「まずは、俺から名乗っておこう。
俺の名は劉備、字は玄徳。
この軍団の長をやっている」
今更、説明も不要かもしれない。三国志の主人公・劉備だ。歳は今年で三十歳になるとのことだが、見た目は二十代後半くらいに見える。身長は百七十センチ。秀でた眉、紅い唇、大きな福耳が特徴の人物だ。
劉備の紹介が終わるや否や、その真向かい、僕のすぐ側に座る大柄の男が他を寄せ付けない速さで立ち上がった。先ほどからあまり食べていないなと思っていたが、どうやら劉備の次に名乗ろうと待ち構えていたようだ。
「次はオレの番だ!」
先ほど馬小屋で出会った張飛。彼は劉備に次いで名乗りを上げたので、周りの劉備軍団から一斉に非難の声が上がった。
「なんでお前が二番手なんだよ」「先輩に譲れ」「孺子(小僧)は下がってろ」
しかし、そんな非難の山を張飛は一喝して押し返す。
「煩い!
オレは兄貴が旗挙げする時に真っ先に加わった謂わば一番上の先輩だ!
オレの名は張飛。字は益徳!
兄貴一番の弟分だ!」
劉備は張飛はまだ子供だから先の戦争には同行させなかったと言っていたが、いくつくらいなんだろうか?
身長はこの中でも随分長身になる百八十センチ。プロレスラーかボディビルダーかと思うほど筋肉質で大柄な体格をしている。どんぐり眼に、完全に生え揃ってはいない無精髭。まだ、随所に幼さは残るものの、物語に出てきそうな張飛の姿をしていた。
張飛が名乗ると、すぐに劉備が補足を入れてくれた。
「張飛はこの中では一番若い。
歳はまだ十七歳だ」
「兄貴、年が明けたからオレはもう十八だぜ!
次こそ戦に連れて行ってもらうぞ!」
張飛はまだ十八歳か。体の大きさもあって十八と考えると老け顔かな。
次に名乗りを上げたのも、既にご存知のあの男であった。
「さて、おりゃもう名乗ってるが、改めて名乗っておくか。
おりゃ簡雍、字は憲和。
どちらかと言うと裏方担当だな」
既にホロ酔いな様子でそう語った。
背はこの中では割と低め。猫背のためより低く見える。歳は劉備とそう変わらないのだろうが、少し老け顔。四角い頭に無精髭、どこか愛嬌のある顔をしている。
彼は手先が器用で、木を加工して鐙を作ってくれた人物でもある。あの器用さなら今後もお世話になることがありそうだ。
続いて豪快な笑い声が響き渡る。
「儂の名は成彦、字は公秀。
軍団一の怪力・成彦様とは俺の事よ! ハハハ!」
張飛に次いで体のデカい男だ。歳は劉備と同じくらいだろう。太い眉にしゃくれた顎。顔についた無数の傷が歴戦の勇士であることを物語っている。
彼は自ら軍団一の怪力と豪語するだけあって、大きな斧を軽々と振り回し、戦場を突き進む。
成彦は紹介が終わると早々に盃を掴み、笑い声に負けないほどの豪快さであおった。
次に成彦のすぐ左に着席していた男が立ち上がった。
「俺は祖達、字は叔栄!
矛を使わしゃ軍団一の腕前だ!」
成彦と同じくらいの長身。歳は劉備らより少し若く見える。茶色混じりの髪に高い鼻。よく日に焼けた茶褐色の肌をしている。
彼もまた長大な矛を悠々と振り回す。この祖達と先ほどの成彦の二人は、戦場で劉備軍の前衛を担当していた人物だ。劉備からの信頼も厚いのだろう。
自己紹介を終えると、祖達は干魚を豪快に食らいついた。
次に名乗るのは僕も知る人物だ。
「私も既に名乗っているが、改めて名乗ろう。
私は董機、字は敬発。
弓の扱いなら任せてもらおう」
名乗り終えると、董機は羹に口を付けて啜った。
背は高め。歳は二十歳前後。劉備に負けず劣らず長い腕。魚のようにギョロリとした大きな丸い目が特徴の男。
先の戦いでも得意の弓を使って活躍した董機だ。彼は三百メートル先の陣地に矢を届かせるほどの実力を持つ。
次の人物はこの中では少々、物静かな人物であった。
「私は李立、字は建賢。
私も簡雍殿と同じく、裏方担当だ」
そう言い終えると、李立は黙々と黍粥を食べ出した。
中肉中背。裏方担当というだけあって、体つきもそこまで大きくはない。歳は二十代半ばくらいか。面長な顔に窪んだ目が特徴。
他のメンバーとは少し距離があるような印象の人物で、僕もまだそんなに話したことがない。こういう席こそ話すべきなのだが、少々距離があり、話しかけ辛い。
「私は邵則、字は幼範。
劉星、君の考案した鐙は興味深いね。また見せてくれよ」
背は低く、体つきも小柄。歳は二十歳は過ぎているらしいが、少し幼く見える。糸のような細い目になで肩の男。
好奇心の強い性格らしく、何にでも食いつく性分だ。僕の作った鐙にも興味津々な様子だ。
この邵則は話好きらしく、食べることよりも隣の董機や向かいの李立、それに僕にもしきりに話しかけてくる。
「ふぅー、我は酈喬、字は子昂。
これくらいで良いか。こういうのはあまり得意ではない」
そう言うと酈喬はすぐに着席し、チビチビと酒を飲み出した。
背は普通。歳は二十歳過ぎ。長い眉に細い目。右目の周りには長い刀傷が一本付いている。しかし、失明はしていないようだ。
一匹狼気質の武人。趣味は一人旅ということでこの辺りの地理にはかなり詳しいらしい。
それから続けて十人ほどの名乗りが行われた。
この中で僕が元から知っていた人物というと、劉備、張飛、それに簡雍ぐらいだろうか。ほとんどの人物は三国志で名を聞いたことがない。
僕が見落としていたか、歴史に名が残らなかったか。兵士一人一人に名があるのは当然だ。そして、その全員の名が残らないのも仕方ないことだろう。ここにいるほとんどが歴史に名が残らずに生涯を終えてしまったのかもしれない。
「さて、では一通り終わったところで、劉星、お前の紹介も改めて頼む」
劉備に振られ、僕は箸を置いて立ち上がり、自己紹介を始めた。
「えーと、僕は劉星。
特技は乗馬です。
愛馬の名前は彗星です」
いやに簡単な自己紹介となった。僕は転生以前のこの世界での記憶がない。前世は未来の日本で競馬のジョッキーをやっていて、そちらの記憶ならバッチリ残っている。しかし、そんな話をここでするわけにもいかない。
そんな簡単な自己紹介を終え、僕が着席しようとすると、劉備がふと何かに気づいたような様子で僕に尋ねてきた。
「そういや、劉星。
お前の字はなんだ?」
劉備のその発言に、僕は言葉を詰まらせた。
(あ、字だって?
字というと、皆が自己紹介の時に一緒に名乗っていたもう一つの名前のことか。
でも、詳しく知らないんだよな。
適当な事言うわけにもいかないし、どうしたものか……)
劉備の何気ない質問に僕は頭を抱えてしまった。どうやらこの世界に生きていくためには字を決めねばならないようだ。
《続く》