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転生、千里を駆ける
トベ・イツキ
歴史・時代三国
2024年09月07日
公開日
81,489文字
連載中
ジョッキーが駆ける新三国志!

現代日本からの転生者・劉星は、新進気鋭の劉備軍の騎馬隊長。彼は前世では競馬のジョッキー(騎手)を務めていた。
レース中の事故で命を落とした彼は、前世で果たせなかった『最速』の称号を求めて古代の乱世を駆け抜ける。

※毎週2回。水曜日と土曜日の20時頃に更新予定です。

第一話 転生(一)

「んん……ここはどこだ……?」


 げ臭さと臭気をふくんだ寒風かんぷうが顔に当たり、僕は意識を取り戻した。


「うう、寒っ!


 今の時期、こんなに寒かったかな」


 重いまぶたを上げ、徐々に視界が鮮明になっていく。

 どうやら僕は外で寝てしまったようだ。出かけた時に倒れたのだろうか?


「え! なんだここは?」


 外だろうと思ってはいたが、目の前に広がる光景は民家もなければコンビニもない。道路も信号機も電信柱もまるでない。馴染みのものは何一つない殺風景さっぷうけいな有り様であった。

 代わりに草木もまばらな、だだっ広い荒地が目の前に飛び込んできた。


「近所の公園でも無いぞ!


 あの世にでも来たのか?」


 近所の風景を瞬時に思い返す。公園なら遊具がいくつかあるはずだし、工事現場にも建機があるはず。そもそも近所にこんな広大な空き地なんてない。


「花一つない。あの世でも天国じゃなくて地獄に来ちゃったのか。


 いやいや、まさか、そんな! 僕が死んだなんて

嘘だろ!


 誰か! 誰かいないか!」


 この歳で死ぬなんてゴメンだ。やりたいことだってまだまだたくさんある。何より僕には目指す目標がある。


 いや、目標ってなんだったかな?

 そもそも僕は何者だったか?

 記憶が混濁こんだくし、どうにも思い出せない。


 とにかくあの世で無ければ何処でもいい。僕は立ち上がり、わらにもすがる気持ちで後ろに振り向いた。

 するとそこには見知らぬ中年の男性が立っていた。そのオジサンは心配そうな、怪訝けげんそうな様子で僕の顔をのぞき込んで、何やら声をかけてきていた。


「不要緊嗎?」


 男の発した言葉は僕の知らない言語であった。


(な、何語なんだ?


 もしや、ここは外国なのか?


 痛っ! 痛たっ!


 頭が割れるように痛い!)


 何語なんだと思ったその瞬間、僕は激しい頭痛に見舞われた。


 だが、その頭の痛みは一瞬で消えてなくなった。


「痛みが引いた……なんだったんだ?」


 そう思いながら、僕は改めて先ほどのオジサンは再び声をかけた。

 だが、その言葉は先ほどのように知らない言語ではなくなっていた。


「おい、大丈夫か?」


(オジサンの言葉がわかる。


 さっきの頭痛のせいか? それともあの言葉は聞き間違いだったのだろうか?)


 僕はきつねにでもつままれたような気持ちであった。


 だが、男性は倒れていた僕の身を心配してくれているようなので、すぐに返答をした。


「ええ、体の方は大丈夫です。


 あの、ここはあの世ではないですよね?」


「何言ってんだ? 本当に大丈夫か?」


 相手の反応を見るに、僕の言葉も相手に伝わっているようであった。それにここは死後の世界でも無さそうだ。その点だけはひとまず安心できた。

 しかし、一体、あの聞き覚えのない言葉と、頭痛は何だったのか。僕は何もわからぬまま、周囲を軽く見回した。

 やはり、見覚えのない荒野が広がっていた。言葉はともかく、ここが自分の見知らぬ土地であることは揺るぎない事実であるようだった。


「一体、ここはどこなんだ?


 ん? なんだこの臭いは?」


 その視界から入る情報以上に、意識にこびりついたのは二つの臭気であった。普段はあまりぐことのない嫌な臭いだ。

 一つはモノが焼けたような臭いだが、もう一つは……なんの臭いだったかな?

 いだことのあるはずの臭いなのに、僕はすぐに思い出せずにいた。


「おい、ぼーっとしているが、やっぱり何処か悪いんじゃないのか?」


 考え込む僕の姿が呆然ぼうぜんとしているように見えたのだろう。隣に立つオジサンが再び僕に尋ねてきた。


「ああ、すみません。大丈夫です」


 そう言いながら振り返り、僕は改めてオジサンを見た。顔つきはどこにでもいそうなオジサンだ。外国人のようには見えないが、アジア系ならちょっと判別できそうにない。


 しかし、彼の服装は明らかに現代的な日本人のそれではなかった。

 薄手の着物のような服装で、その上からよろいを身にまとっていた。そのよろいもテレビで目にするような戦国時代なようなものではない。もっと簡素な、昔、教科書で見た古代の鎧に近い形であった。

 さらに腰には剣が下げられ、彼の右手には槍のような武器が握られていた。


「え、な、なんですかその格好は?


 古代のよろい


 映画の撮影か、それともコスプレかなんかですか?」


 僕は動転しながらも、そのオジサンに尋ねた。だが、相手はキョトンとした様子であった。


寝惚ねぼけたこと言ってんじゃねぇ。


 お前も似たような格好だろうが!」


 オジサンにそう言われて、僕は自分の格好へと目を落とした。


「え、なんで僕までよろいを着ているんだ?


 一体、僕の身に何があったんだ?」


 なんと、僕自身の格好も、彼と同じようなよろい姿であった。腰にも同じように剣が下げられ、唯一違うのは手に何も持っていないことぐらいであった。


 僕は冷静になろうと、ここは映画の撮影現場か何かに違いないと自分に言い聞かせた。相手をしてくれているオジサンはいい加減、不審な様子で僕を見ている。


 とにかく、今はこのオジサンが生命線だ。せめて、ここが何処かなのかは聞かなければいよいよ帰れなくなる。それに先ほどからただよう臭気も何やら嫌な予感がする。


 僕は心を落ち着かせながら、このオジサンに尋ねた。


「す、すみません。ここはどこ何でしょうか?


 それにこのキツイ臭いは……?」


「あん?


 お前、何も知らずにこんなところに来たのか?


 ここはだな……」


 だが、その言葉を言い切る前に、『ザシュッ』と何かを切りくような音が響いた。

 そして、その音に合わせるように、先ほどまで僕に話しかけてきていた男の首は胴体から離れ、ちゅうに舞った。おびただしい血を周囲にき散らし、残された体はその場へと崩れ落ちていた。


「ひ、人殺し……!」


 あまりのショッキングな光景は、僕を返って冷静にさせた。

 先ほどまで疑問であった辺りからただよう臭いの謎がけた。


「そうか、この臭いの元は……だ!」


 目の前で人の死に触れた僕は過去の記憶が呼び覚まされた。


 〜〜〜


 中山なかやま競馬場にファンファーレが高らかに鳴り響き、それと同時に会場にアナウンスが木霊こだまする。


『今日のメインレースは第✕✕回皐月さつき賞G1!


 選ばれし優駿ゆうしゅん、十八頭が競います!』


 それに続けて出走馬の名前が次々と読み上げられていく。


(私の名前は辰元流星たつもの・りゅうせい、三十五歳。


 職業は競馬のジョッキー、つまり馬の乗り手、騎手きしゅだ。この皐月さつき賞の参加騎手の一人でもある)


 ジョッキーというのは世間的に見れば珍しい職と言えるだろうか。


 そもそも私が馬に興味を持ったのは子供の頃読んだ三国志の漫画だった。

 三国志とは小国・蜀漢しょくかんという国を治める人徳あつ劉備りゅうびを主人公に、そのライバルでという大国を治める冷酷無比な曹操そうそう、そして父・兄の遺志を引き継いだの国を治める孫権そんけんとの三つ巴の戦いを描いた歴史物語だ。


 私はこの三国志が大好きだった。と言っても子供だった私は政治だとか謀略だとかの難しい話はよくわからなかった。


 少年の私をとりこにしたのはもっぱら、関羽かんう張飛ちょうひ、それに呂布りょふといった一騎当千の武将たちが馬を駆って広大な中国をところ狭しと暴れ回る姿であった。


 漫画の中の騎馬武者に興味を覚えた私は、牧場の乗馬体験などに参加していった。その内に馬そのものにせられていった。

 そして、ついに馬に乗る仕事・ジョッキーの職にいたのであった。


 なって早々、私は次々と重賞レースで優勝し、シーズンの勝利数が最も多い騎手・リーディングジョッキーになったこともあった。はっきり言って順風満帆じゅんぷうまんぱんな出だしであった。


 しかし、順調だったのは二十代まで。三十を過ぎたあたりから徐々に勝てなくなった。

 昔ほどバランスが取りにくくなった。体型もゆるみ出した。目も悪くなった。

 少しずつ出てきた体の老化から勝利が遠退とおのいていった。


(今や引退が各所でささやかれる中年ジョッキー、それが私の世間の評価か。


 だが、それも今日この時まで。


 今年は今までのダメダメな成績が嘘のように調子が良い。まるで肉体が二十代のあの頃に戻ったかのような快調さだ。

 さらには運良く皐月さつき賞にも参加できることになった。


 私は今日この皐月さつき賞で優秀な成績を収める。


 いや、優勝する!


 そして続く日本ダービー、菊花きっか賞でも優勝し、三冠を制する。

 今のこの調子なら、それも決して夢物語ではないだろう!)


『……最後の枠入りは三番センリノコマ、辰元流星たつもと・りゅうせい騎手を背に今ゲートに入ります。


 皐月さつき賞、ゲートインが終わりました!』


「さあ、行くぞ!


 今日、私は最速の男になる!」


 一拍いっぱくほどの時間を起き、目の前のゲートが開かれた。


『今、スタートしました!


 素晴らしいスタート!


 しかし、センリノコマ、遅れました!』


(三番・センリノコマは私の乗る馬だ。


 つまり、私がスタートをミスしたのだ。どうやら少し力み過ぎていたようだ。


 だが、まだ勝負は始まったばかり。まだ全然取り戻せる!)


 レース前半、私は最後尾より先頭集団の動きをじっくりと見ながら、徐々に順位を上げていった。


『センリノコマ、すごい追い上げだ!』


 そして、レース後半、私の前には五頭の馬が団子状になって走っている。

 勝負は最終コーナー、先頭集団はカーブを曲がる時に少し外にふくらむ。


「この瞬間を待っていた!」


(私は馬にムチを入れ、一気に差して追い抜こうと図った。


 多少、強引なのは承知の上、馬も心なしかしぶっているように思える。

 だが、ここで行かねば勝ちはない。これが最後のチャンスだ!)


 しかし、前に抜け出ようとしたその時、乗っている馬がガクンと大きく下にしずんだ。

 馬がつまづいたのが瞬間的にわかった。

 そして、私の体はちゅうへと投げ出された。


 あせりがあったか、強引であったか、馬の気持ちを無視してしまったか、いくら後悔してももう遅い。


 私の頭から地面に落下し、体を激しく打ち付けた。


「ああ、これは死んだか……」


 〜〜〜


(そうだ、思い出した。


 僕の名は辰元流星たつもと・りゅうせい。日本でジョッキーをやっていた。

 だが、どうやら僕はあの時に死んでしまったらしい。


 ならば、ここはどこだ?

 まさか、流行りの異世界転生というものなのか?)


 しかし、目の前の光景はそんな疑問を考えるいとまさえ与えてはくれなかった。


「まずは一人……!」


 血を吹き、倒れた男の後ろから、馬にまたがる屈強な男が姿を現した。

 太めだが、よくきたえられた体つき、赤い服の上からよろいを着込み、かさのような山高のかぶとをつけたその男の右手には血をしたたらせた長剣が握られていた。

 男は僕に目を向けるとニヤリと笑い、馬から飛び降りると、その手にした刃をこちらに向けてきた。死の恐怖を感じた僕は一気に全身から血の気が引いた。


「ひ、人殺し!


 なんてことをするんだ!」


「戦場で何言ってやがる!


 くたばれ漢人かんじん!」


 男は剣を振り上げると、勢いよく僕めがけて振り下ろす。


(殺される!)


 そう思ったその時、『ヒヒーン』と彼の乗っていた馬が声高にいななき、暴れ出した。


「おい、どうした!


 静かにしろ!」


 男は落ち着けようとするが、馬はますます血気を増し、胴体を持ち上げ、立ち上がった。


「待て、落ち着け!


 ウワーッ!」


 振り上げられたあしひづめは、殺人鬼の脳天へと振り下ろされた。

 馬の体重を乗せたその一撃は殺人鬼のかぶとごと頭を叩き割った。


 殺人鬼は頭からドクドクと血を流し、その場に倒れた。対して馬は気が済んだのか、一転して大人しくなり、その場に座り込んだ。

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