王宮の下働きの者達の朝は早い。ルイトポルトは、彼らが仕事を始める前に軟禁中の部屋に戻らなくてはならない。アントンに寝室を使った痕跡も消してもらわなければならない。ルイトポルトは、起床して初めて隣の温もりがないのに気付いた。
ルイトポルトは元々、パトリツィアと身体を繋げるつもりはなく、話をしてすぐに軟禁中の部屋に戻る予定だった。だが愛する妻の懇願に陥落してしまい、彼女の純潔を奪ってしまった後、2人はルイトポルトの寝室で就寝した――
ルイトポルトは、慌てて内扉を通って夫婦の寝室からパトリツィアの寝室へ向かった。夫婦の寝室はまだ昨晩の情事の痕跡と匂いが色濃く残っていたが、寝室を使用した痕跡よりもパトリツィアの事が気になった。
パトリツィアの寝室への内扉は、普段鍵がかけられていないのだが、鍵がかかっていた。ルイトポルトは嫌な予感がした。すぐに自分の寝室に戻って鍵を取ってきてパトリツィアの寝室への内扉を開けた。
パトリツィアの寝室には誰もおらず、寝台も使った痕跡はなかった。一見して何も変わった様子はないように思えたが、ルイトポルトの嫌な予感は消えず、衣裳部屋やナイトテーブルの引き出しなど、ありとあらゆる所を見て回ったが、何かなくなっている物があるかどうかルイトポルトには見つけられなかった。
その時、夫婦の寝室へ続く内扉がノックされた。アントンと決めたノックの仕方だ。
「殿下、全く何をされていたんですか?! 本当なら昨晩のうちにお戻りになるはずだったでしょう?」
「それよりパティがいないんだ! 探してくれ!」
「大っぴらに私達が探す訳にはいきませんよ。軟禁中の殿下は妃殿下とお会いできない事になっているんですから」
「そんな事、どうでもいい! パティを探してくれ! それともお前がパティをどこかにやったのか?!」
アントンは、半狂乱になっているルイトポルトの頬を打った。
「何をするんだ! いくらお前でも不敬だぞ!」
「殿下、大局の前に個人の感情は忘れて下さい。殿下の決断と振舞いに多くの民の運命がかかっているんですよ。妃殿下はそのために身を引かれたのでしょう」
「お前が諭したのか?!」
「殿下は昨晩、妃殿下に何を話しましたか?」
アントンはパトリツィアに身を引けと頼んだ事を否定しなかった。だが、ルイトポルトも宰相断罪のためにパトリツィアを匿うと自分で話したのだ。それに今更ながら気付いてルイトポルトは全身から力が抜けてへなへなと崩れ落ちた。
「殿下! しっかりして下さい! そもそも昨日は妃殿下を抱くはずじゃなかったでしょう? 貴方達が身体を繋げてしまえば、心残りが大きくなる。だから殿下は今まで妃殿下を抱いた振りをしていたのではないですか!」
「でもパティが王宮を出て実家にも頼れなくてどうするんだ? 彼女は箱入り娘だぞ」
「大っぴらに保護はできませんが、私の配下の影に妃殿下の行方を探させましょう。宰相の断罪が済んでほとぼりが冷めるまで匿って、こっそりお会いできるように善処します」
「本当か?」
「ええ。だから今は早くお部屋にお戻り下さい。ここの痕跡は私どもが消しておきます」
ルイトポルトは後ろ髪を引かれながらも軟禁中の部屋にこっそり戻った。
ルイトポルトが部屋に戻った後、アントンは王太子夫妻の寝室に1人残って部屋を見回した。寝台の寝具はもう濡れていないが、ぐちゃぐちゃになっていて体液の染みがそこらじゅうについており、部屋の空気も情事の後の匂いが酷い。
「優秀な方なのに妃殿下の事になると正気を失ってしまうのだな。困った方だ」
アントンは秘密の呼び鈴でペトラを呼んだ。
「ここと隣の殿下の寝室を使用した痕跡を消してほしい」
「うわっ、これを? 青臭っ! 高貴な人が出すのも同じ匂いするんだね。100年の憧れも冷めるって感じ?」
「ふざけてないで早くしろ。時間がない。王宮の使用人達に見られてはいけないんだ」
アントンはそう言って王太子夫妻の寝室を出て行ったが、ペトラにパトリツィア捜索は命じなかった。ルイトポルトにパトリツィアの行方を探すと言った以上、アントンは約束を果たすつもりだが、すぐにするとは言っていない。断罪が終わってからゆっくりと行方を探させるつもりだ。それでパトリツィアが見つからなければ仕方ない、むしろその方がよいとアントンは思っていた。