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第49話 断罪

 つい先日亡くなった国王アルフレッドの異母弟ヨアヒムの臨席の下、臨時議会が開かれた。民主派の平民は議員になれないので、従来通り、貴族の代表が議員を務めており、宰相ベネディクトももちろんその中に含まれている。


 ヨアヒムが既に独断で民主派に約束した備蓄食料の放出と教会との炊き出しの協力は、議員達はすんなりと認めた。だが、平民議員を議会に加入させるのは、絶対反対の意見と条件付きで認める意見が対立していた。


「ここで1人でも平民議員を入れたらどんどん増長しますぞ!」

「でも全く認めないのは無理でしょう? 議会で検討すると王弟殿下が約束したから民主派は暴動を起こしそうな民衆を引かせたんですよ」

「貴様は平民の味方なのか? まあ、それももっともだな。なにせ、貴様の家は先々代国王陛下に取り立てていただいただけで、その前は平民だったよなぁ」

「何?!」

「静粛に!」


 喧々諤々の暴動寸前の論争の中、ここにいるはずのない大きな声が響き渡った。その声の主を見てベネディクトは顔をしかめた。


「王太子殿下、どうしてここにいらしたのですか? ここは王弟殿下にお任せ下さいと言ったはずです」

「私は王位継承権第1位です。民の前でも何ら恥じる事はしていないと誓えます。軟禁される謂れはないはずですよ」

「軟禁?」


 中立派の貴族はルイトポルトが自主的に謹慎していると聞いていたので、驚いた。


「軟禁だなんて人聞きの悪い」

「人聞きの悪い事だけでなく、本当に罪を犯しているのだから宰相も救いがないですね」

「いくら王太子殿下でも侮辱は許されませんぞ」

「いえ、侮辱ではありません。それどころか前国王アルフレッド陛下を毒殺した大罪人ではありませんか!」

「言うに事を欠いて! 聞くに堪えませんぞ!」

「証拠をお見せしましょう」


 ルイトポルトが見せたのは、アルフレッドの愛人の1人が秘密の恋人と共に使って中毒死した『媚薬』の入っていたガラス瓶であった。それはアルフレッドの寵愛が薄れてきた愛人達に配られた物の1つで中身が半分程残っていた。


「王立医学薬学研究所の分析によれば、この中身は致死性の毒薬です。我が国ではこの毒薬を販売する事は許されておらず、解毒剤も流通していませんから、一般の医者はこの毒薬を判別できず、中毒患者を救う事はできないでしょう。ですがこの毒薬をクロイツ商会が密輸入していた事が分かりました。クロイツ商会は実質的に宰相の経営している商会です」

「言いがかりですぞ。仮にクロイツ商会が密輸入していたとしても、私は経営者ではない。殿下も『実質』とおっしゃったではないですか」


 それに対してルイトポルトは証人を連れてきた。ベネディクトはまさかこの者が裏切るとは思っていなかったので、罵りたくなったが、すんでの所で我慢してポーカーフェイスを装った。


「この方はクロイツ商会の会長です――この毒薬をお宅の商会で密輸入した事は認めますね?」

「はい」

「それは誰の指示でしたか?」

「……そ、それは……」


 クロイツ商会会長はベネディクトに睨まれて縮み上がった。


「宰相、証人を睨まないで下さい。それ以上、証人を睨むと、宰相にやましい事があると理解しますよ――会長、もう1度聞きます。毒薬の輸入の指示は誰がしましたか?」

「さ、宰相閣下です」

「貴様! 恩を仇で返すのか!」

「証人の恫喝は罪を認めるとみなしますよ」

「罪などある訳がありません。こんなものはでっち上げです!」

「そうですか。ではこちらの証人にも証言していただきましょう。ああ、それから議会閉会後に証人を消そうとしても無駄ですよ。証人と証人の家族は王宮で丁重に保護していますから」


 次の証人として連れられてきたのは、アルフレッド王の愛人達に毒入りの瓶を配った女だった。ベネディクトはその女を暗殺者に始末させたと思っていたので、驚いた。


「貴女は変装してアルフレッド王の愛人達にこの瓶を配ったのですね?」

「はい、そうです」

「この中身が毒薬だとご存知でしたか?」

「いいえ、本当に新しい媚薬だと思っていました」

「嘘だ! その女は知っていた筈……!」

「ほう、宰相はやはりこの女性が毒薬入りの瓶をアルフレッド王の愛人達に配った事を知っていたのですね」

「違う! ただ、この女がその瓶を配ったのなら、中身が何だったのかも知っていただろうと思っただけだ!」

「苦しい言い訳ですね――衛兵、宰相を拘束しなさい」

「おい! 何の根拠もなく無礼だ! 止めろ!」

「根拠なら今、言ったはずです」

「私が陛下を殺める理由などないだろう?!」

「そうですね。陛下は貴方のマリオネットでしたからね」

「だったら!」

「フフフ……貴方は恐れ多くも陛下を傀儡にしていた事を公に認めるのですね」

「い、いや、そ、そういう訳では……と、とにかく私には陛下を殺める命令を下す理由がない!」

「それは国王夫妻の放蕩が過ぎて革命が起きそうにならなければ、ですよね。都合が悪くなったから、古いマリオネットは捨てて新しいマリオネットに乗り換えようとしていた――残念ですね、悪巧みがばれてしまって」

「わ、悪巧みなどしていない!」

「往生際が悪いですね。これを見てもまだ足掻けるのですか? 愛人に配ったのと同じ瓶がツェーリンゲン公爵邸にもあったのですよ」


 ルイトポルトは亡くなった愛人の死亡現場から回収したのと同じガラス瓶を高々と持ち上げた。


 宰相に頼り切りだった王弟ヨアヒムは、宰相の優位がガラガラと崩れ落ちていく様を目の前で見て顔色を真っ青にしていた。


「い、いつの間に!」

「私の部下は優秀なんですよ」


 ルイトポルトはちらりと背後にいるアントンを見た。


「宰相にはすぐに地下牢へ行っていただいてもいいのですが、貴方と貴方の一門の方々が横領や人身売買など、悪辣の限りを尽くしてきましたので、その断罪も聞いていただきたい。だから断罪が済むまでここに残ってもらいますね」

「こんな事は冤罪です! 仮にも私は殿下の義父なのですぞ! パトリツィアが悲しがるでしょうにいいのですか?!」

「よくもそんな事を言えるな! 彼女の名前を出すんじゃない!」


 ベネディクトはパトリツィアを散々苦しめてきた癖に彼女に縋って助かろうとしている。ルイトポルトは、その浅ましさにゾッとし、怒りを爆発させた。


 その後、ルイトポルトはベネディクトを拘束させたままで、宰相派貴族の罪を次々と明らかにし、その場にいる宰相派議員を捕らえさせた。それと共にヨアヒムがベネディクトの助けを得て王位を簒奪しようとしていた事も明るみに出た。


 捕縛される議員達の阿鼻叫喚の中、アントンの父パトリックとリーゼロッテの父エーリヒは必死にアントンに助けを求め、それが無駄だと分かると罵った。


「アントン! 私は何もしてないぞ! 今すぐこの拘束を解かせろ!」

「そうだ! 拘束を解かせなさい!」

「白々しい。貴方がたの悪事はもう分かってるんですよ」

「お前の妻が悲しがるだろう?! いいのか!」

「フン、そんな訳がないだろう。親とも言えないような父親が破滅して彼女はかえって喜ぶはずだ」

「そんな訳はない!」

「おい、そんな赤の他人はどうでもいい!」

「なっ! 赤の他人じゃない! お前の息子の愛妻の父だ!」


 エーリッヒがパトリックを睨みつけて食って掛かろうとしたので、衛兵が彼を羽交い締めにした。だがエーリッヒは拘束を逃れようとバタバタと暴れて大声で叫んだ。


「止めろ、離せ!」

「そんな奴はどうでもいい! それより父親を見捨てるのか?! 私が破滅したら、息子のお前だって只では済まないはずだぞ! 恩赦されてもせいぜい平民落ちぐらいが関の山だ。それでいいのか?」

「望むところですよ――君、この男どもが喋れないように猿ぐつわをはめろ」

「な、何、止めろ! この親不孝者!」


 アントンは、パトリックやエーリヒのように大声で叫び続けている者に猿ぐつわをはめて拘束を強めるよう、王宮の衛兵に命じた。


 その他、議会に出席する必要がなく在宅していた宰相一門の貴族達もそれぞれの家で拘束され、処遇が決まるまで地下牢に閉じ込められた。

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