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第31話 仮初の初夜

 クレーベ王国首都の大聖堂で王太子ルイトポルト・フォン・クレーベと公爵令嬢パトリツィア・フォン・ツェーリンゲンの結婚式が行われた。バージンロードで父ベネディクトからルイトポルトに委ねられた18歳のパトリツィアは、まだあどけない少女の面影を残しながらも掛け値なく美しかった。


「夫ルイトポルト・フォン・クレーベはパトリツィア・フォン・ツェーリンゲンを妻とし、愛することを誓いますか?」

「はい、健やかな時も、病める時も、死が2人を分かつまでパトリツィアを愛します」

「妻パトリツィア・フォン・ツェーリンゲンはルイトポルト・フォン・クレーベを夫とし、愛することを誓いますか?」

「はい、健やかな時も、病める時も、死が2人を分かつまでルイトポルトを愛します」


 パトリツィアは目をつぶり、ルイトポルトの顔が近づいてくるのを待った。だが彼の唇がパトリツィアの唇の横にかすかに触れた瞬間、ルイトポルトの顔は離れていった。


 結婚式後、パトリツィアははりきった侍女たちにみがかれ、胸元が大きく開いている薄い夜着を着せられ、王太子夫妻の寝室の寝台に座っていた。これから起こるであろうことを考えると、胸が高まって顔が赤くなるのを止められなかった。だが緊張しながら待つこと既に数時間、もう真夜中になろうとして、あきらめの胸中で独りで寝ようとしたその時、ようやくルイトポルトが寝室に入ってきた。


「まだ起きていたんだね。先に寝ていてもよかったのに」

「今日は、その、あの、結婚後初めての夜ですから……」

「君はまだ18歳だから、身体はまだ子供だ。無理させたくない」

「でも15歳で成人してからもう3年も経っているんですから、十分大人です! それに私には王太子妃の務めがあります」

「そんな務めよりも君の身体のほうが大事だよ。私達はまだ若いんだ。焦らずゆっくり関係を深めていこう。いいね、パティ?」


 ルイトポルトにふわりと抱きしめられ、額と頬にキスをされると、パトリツィアの頭に思い浮かんだ反論は胸の高まりとともに消えてしまった。


「でもこのことは誰にも内緒だよ。そうしないとすぐに側室を娶れと言われるからね。でも僕の妻は将来も君だけだ。だから僕は君を毎週閨に呼ぶ。わかったね?」


 そう言うと、ルイトポルトは手に持ったナイフで指先を切り、血をシーツに垂らした。


「あっ! ルイ兄様!」

「大丈夫、これくらいなんてことないよ。初夜の証拠が必要だからね」


 パトリツィアは、当分白い結婚を通すことを実家の侍女ナディーンや彼女の息子でラファエルの護衛騎士を務めるゲオルグにも黙っていようと心に決めた。万一どこからか白い結婚のことが漏れたら父にどんな圧力をかけられるかわからないし、愛するルイトポルトが側室を娶るなんてことは考えたくもなかった。それに白い結婚を2年通せば、離縁が可能になってしまう。


「さあ、パティ。疲れているだろう? 僕はソファに寝るから、君は寝台で寝て」

「いえ、王太子の兄様をソファで寝させる訳にまいりません。私がソファで寝ます」


 パトリツィアが全く引かなかったので、結局2人は寝台でお互いに背を向けて寝ようという事になった。


 パトリツィアは寝台に入った後、結婚式で気を張っていた疲れが出たのだろう、自然と瞼が閉じていった。間もなくルイトポルトにも彼女の安らかな寝息が聞こえるようになった。


 一方、ルイトポルトはパトリツィアに背を向けて同じ寝台に横になっていたが、全く眠れなかった。広い寝台は4人寝そべられる程広く、手を伸ばさなければパトリツィアに触れる事はない。だが、同じ寝台で想い人が寝ているというだけでルイトポルトは悶々としてしまった。それに先程彼女を抱きしめた時の温もりを思い出すと、下半身が徐々に熱を持ってきてしまい、頭は睡眠モードどころか、悶々として眠るどころではなくなってしまった。だが、同じ寝台にパトリツィアが寝ているのに自慰をする訳にもいかない。


 初夜が明けた朝、パトリツィアの目が覚めると隣には誰もおらず、布団の温もりはとっくに冷めていた。


 ルイトポルトは結婚から1週間休暇をとっていたが、初夜が開けた日も朝早くから自主的に執務室に来ていた。


「殿下、ご結婚おめでとうございます。休暇を取っていたのに自主的に出勤ですか? それにしてもお早いですね? ということは手をつけていないでしょうね? 計画実行には妃殿下との間にお子様がいらしては困りますからね」


 アントンは、パトリツィアに他の婚約者をあてがおうとしたルイトポルトをいまだに許せなかった。それによって宰相がこちらの動きに気付いてしまい、宰相一門の不正の証拠固めが難しくなったからだ。


「アントン、皮肉も休み休み言え。初夜は偽装しておいた。彼女にはまだ無理をさせられないと言っておいた」

「宰相に気取られることはないでしょうね?」

「毎週1回、彼女を閨に呼ぶ。もちろん何もしないが、彼女は誰にも言わないはずだ。明るみに出たら今すぐ側室を娶れと言われると脅しておいた」

「鬼畜な夫ですねぇ」

「ぐっ……誰のせいだと思っているんだ!」

「お忘れなきよう、これは全て国のため、民のためです。閨の偽装で我慢できなくなったら、後腐れのない女を用意しますからおっしゃって下さい」

「そんなものはいらない!」

「やせ我慢は健康の大敵ですよ。今朝、鏡をご覧になりましたか?」


 パトリツィアを抱きしめた時の柔らかい感触と何とも言えないよい香りが忘れられなくてルイトポルトは一晩中悶々として眠れなかった。美しい貴公子の目の下には濃い隈がくっきりと出ていたが、アントンの工作もあって王宮で働く貴族や使用人達はに解釈したのだった。

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