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第20話 従者アントンの憂い

 これまでアントンは、ルイトポルトのパトリツィアに対する溺愛振りを黙って見守っていた。だがパトリツィアへの想いが改革の妨げにならないか次第に心配になってきて、久しぶりにルイトポルトがパトリツィアと2人きりで話せた後、苦言を呈した。


「殿下、パトリツィア様を随分とかわいがっておられますが、溺愛はほどほどにされたほうがよろしいかと存じます。もちろん、今はまだ改革の機が熟していない以上、宰相の目をごまかすことは必要です。ですが、あまり入れ込むと後で辛くなるのはご自分です」


「わかっている……」

「お忘れなきよう、彼女は政敵の娘です。我々が目的を達成した暁には、処刑せざるを得ないかもしれません。そんな方に入れ込んだら、傷つくのは殿下です」

「しょ、処刑! そんなことはさせないっ!」


「殿下、パトリツィア様は所詮、父親の傀儡として育てられています。殿下も宰相が国政を私物化していることはお判りでしょう? 殿下がパトリツィア様とご結婚なされば、殿下も宰相の傀儡にされ、改革の妨げとなりかねません。それにパトリツィア様は旧体制の象徴です。改革の象徴となる殿下には相応しくありません。殿下には改革の暁には新しい時代にふさわしいお妃様を娶っていただきたいのです」


「改革後、いずれ別の女性を妃としなければいけないことはわかっている。それに正直言ってまだ幼い彼女が将来、妻として私の隣にいることは、確かに今は想像できないよ。でもパティは生まれた時から私の婚約者で、妹のような大切な存在だ。彼女とたとえ結婚する将来がないとしても、彼女を幽閉したり、ましてや処刑などしたくない」


「大局の前に私情を挟まぬよう、お願いいたします。我々が準備している間にも民は搾取され続けています。大勢の人々を救うために必要な犠牲なのです。それとも彼女1人のためにこの計画を止めますか? 多くの人を救えなくなるとわかっていても? たとえこの国が破滅するとしても?」


「わかっている……でもお前は、民のためにパティが犠牲になるべきだというのか?!」

「王侯貴族はいざとなった時に民のために自分を犠牲にする責任を持っているからこそ、敬われているし、贅沢な生活が許されているのですよ」

「でもその義務には生涯幽閉されたり、処刑されたりする事まで入らないだろう? 彼女自身には父親や一門の犯した悪事の責任はないんだ。彼女は何もしてないじゃないか!」


「パトリツィア様ご自身が何もしていないことが問題なのではないですか? 何も知らずに、彼女が公爵令嬢としての贅沢な生活を享受する陰で彼女の父親や一門の悪党どもの搾取に泣いている民がいるのです。彼女の贅沢な生活や愛くるしさは、多くの国民を搾取した裏で成り立っていると殿下もご存知のはずです」


「だからと言って生涯幽閉や処刑はやりすぎだ! パティは赤ん坊のときから知っている。改革後だって僕や国に不利益な事はしないはずだ」


「そうは言っても、大罪人の娘が何の咎もなく生き続けるのは、民によい印象を与えないでしょう。それに殿下の寵愛を受ける彼女が生き残れば、彼女を利用して復権しようとする残党が出かねません。このままでは彼女は改革後の殿下のアキレス腱になります」


「それはそうかもしれないが、パティだって好きであの男の娘に生まれたわけではない! お前の奥方だって宰相の一門の娘だろう? 彼女が処刑されてもいいのか?」


「妻は一介の貴族の娘です。妃殿下とは立場が違います。クーデターの後、私が彼女と離縁して修道院に送れば十分です。宰相派の貴族の当主と跡取りになれる成人男性は処刑するしかないでしょうけど、女子供まで処刑すれば残酷過ぎると批判が出かねません。男の子は去勢の上、神職につかせますが、女性は生涯修道院に入ってもらいます。修道院に収容してもらう女性が増えて大分寄付をしなくてはならないのが頭痛いですが、市井に出して宰相派復権に利用されたらたまりません」


「それは奥方を処刑しないで済む言い訳だろう?」」

「違います。彼女はあくまで父の手前娶っただけで、白い結婚ですから、そこまでして庇う程の感情を彼女に持ち合わせてませんよ」

「酷いな」

「こんな因果で結婚することになってしまいましたが、仕方ありません」

「それだって結婚した縁がある」

「殿下は結婚に浪漫を持ちすぎですね」


 こんな堂々巡りの問答がアントンと繰り返されるようになってルイトポルトは消耗していった。


 パトリツィアは王妃教育で様々な事を学んでいるとはいえ、所詮は無邪気な世間知らずの令嬢だ。彼女にいったい何の罪があるのだろうか。いや、知らないこと自体が罪なのだ。少し学べば、自分の贅沢な生活がどう成り立っているのかわかるはずだ。


 アントンに責められて両方の気持ちの葛藤がせめぎ合う。孤児院や貧民街、城下でお忍び視察した時の体験が蘇る。こんな贅沢なドレスを無自覚に親に買ってもらえる令嬢と、頭陀袋を被るしかない貧民街の少女。


 ルイトポルトはパトリツィアに対してこんな感情を持つことに罪悪感を覚え、王妃教育の後のお茶の誘いも断って会う頻度を意図的に減らし、距離を置いていった。

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