2年前にパトリツィアの実母エリザベートが亡くなって以来、パトリツィアは大層落ち込んでいた。その上、喪が明けて父親がすぐに再婚したので、滅多にない逢瀬の機会にパトリツィアはルイトポルトに思いきり甘えるようになっていた。
ある日、パトリツィアはルイトポルトに王宮で会うために王宮へ馬車で向かったが、継母カロリーネと義妹ガブリエレも同行しており、せっかくの浮き浮きした気分も沈みがちになった。そんな義娘をカロリーネは忌々しそうに見た。
「せっかく王太子殿下にお会いできるのにそんな辛気臭い顔をしないでちょうだい」
「はい、お
「お
再婚当初からカロリーネは娘ガブリエレと共にルイトポルトに目通りを願っていたが、ルイトポルトは婚約者同士の逢瀬に来るような無粋な真似をしないで欲しいと言って断っていた。だがベネディクトのとりなしで再婚後半年にしてようやくカロリーネは娘ガブリエレを連れてルイトポルトに会えることになった。似姿で見た眉目秀麗な王太子に憧れているガブリエレはその事に大喜びした。パトリツィアは、その知らせを聞いて以来、ルイトポルトが自分だけの王子様でなくなるような気がして気が沈んでいた。
馬車の停車場まで迎えに来ていたルイトポルトを見てパトリツィアの沈んだ気分は一転した。パトリツィアは口うるさいカロリーネが付いて来ているのをすっかり忘れ、馬車から転がり落ちる勢いで降り、ルイトポルトに駆け寄って抱き着いた。ルイトポルトもパトリツィアに甘えられて嬉しそうだった。
「ルイ兄様!」
「フフフ、パティは相変わらずお転婆なレディだね」
カロリーネとガブリエレは、パトリツィアの後から御者の手を借りて優雅に馬車から降りてきたが、抱き合う2人を苦々しく見た。
ルイトポルトは、カロリーネとガブリエレが馬車から降りてきたのに気付いてパトリツィアから身体を離して2人に向き合った。
「君達がパトリツィアの新しい家族だね」
「もったいないお言葉をありがとうございます。私がこの度パトリツィアの母となりましたカロリーネでございます。こちらが娘のガブリエレでパトリツィアの2歳下になります。今後ともよろしくお願いいたします」
「うん、パトリツィアをよろしく頼むよ」
パトリツィアの事しか言わないルイトポルトにカロリーネはムカッときて一言言ってやりたくなった。
「勿体なきお言葉をありがとうございます。今日はパトリツィアが淑女らしからぬ態度をとりまして大変申し訳ございません。お恥ずかしい限りです、もう十分分別がつく年頃ですのに。母として娘を未来の王太子妃として恥ずかしくないように躾ける所存ですので、今日のところはお許し下さいませ――パトリツィア、はしたない行動を慎みなさい!」
「申し訳ございません、殿下、お継母様」
パトリツィアは、停車場でルイトポルトを見て輝くような笑顔を見せた時とは打って変わって萎れてしまった。そんな彼女を見てルイトポルトは、顔には出さなかったものの、何様だと出しゃばりなカロリーネに内心、怒り心頭だった。その一方、ガブリエレは意気消沈した義姉にざまぁ見ろと思った。
「いや、パティはこのまま素直に育ってくれるほうがいいよ」
「いえ、公爵令嬢かつ殿下の婚約者として恥ずべき振舞いでございました。厳しく躾直します」
「でも、パティの素直でかわいいところは躾で潰さないでくれるとうれしい」
「……かしこまりました」
そこから4人とお付きの者達は、王宮の庭園のガゼボに移動した。ルイトポルトはパトリツィアと会う時はいつも自分の応接室に通していたのだが、カロリーネとガブリエレを自分の私的空間に入れるつもりは全くなかった。
ルイトポルトはパトリツィアを隣に座らせ、いつものように彼女のおしゃべりを聞き始めたが、それが面白くないガブリエレに何かと口を挟まれ、楽しいはずの逢瀬は台無しになった。
それ以来、ガブリエレかカロリーネがいつもパトリツィアとルイトポルトの逢瀬についてきてパトリツィアと大好きな『ルイ兄様』との楽しいひと時は2度とやって来なかった。ルイトポルトが1度2人の同行を断った事があったが、その時はパトリツィアが2人にいつもに増して辛く当たられていたと彼女の護衛騎士ゲオルグから聞いて、ルイトポルトはそれ以降2人の同行を断れなくなってしまった。
このルイトポルトとの逢瀬の後、パトリツィアの態度は幼稚でマナー知らずだったとカロリーネがベネディクトに告げ口をしたため、パトリツィアに淑女教育が徹底的にされるようになった。それによってルイトポルトを支えられ、寵愛を受けられるとベネディクトが言うので、パトリツィアもそう信じた。そのために社交に欠かせないダンスを練習し、ピアノ演奏や詩の朗読のように社交で話の種になるような教養を深め、夫にプレゼントしたり慈善活動で寄付したりできるように刺繍を習う――パトリツィアは、どの授業にもガブリエレが付いてきたのには閉口したが、どれもルイトポルトの隣に立つためには必要だと思い、必死に頑張った。
淑女教育と同時に、自国や周辺諸国の歴史や地理、有力な近隣諸国の言葉、王室典範、王室独特のマナーなどを学ぶ王妃教育も始まった。どれも厳しく辛い勉強だったが、それもルイトポルトの隣に立てると思えば、その苦労も吹っ飛んだ。それに王宮での王妃教育の後は、ルイトポルトの都合が合えば少しお茶を一緒に飲むこともできた。その逢瀬には義妹ガブリエレが大抵割り込んでくるし、父ベネディクトも根掘り葉掘りルイトポルトの話した事を聞いてきて嫌だったが、それでもパトリツィアにとってかけがえのないひと時だった。
この時徹底的に習ったことが後の生活の助けになるなど、その時のパトリツィアには知る由もなかった。ただ、どの教育も妻は夫の一歩後ろに控えて陰から支えるという観念が元になっていた。それはルイトポルトが新しい時代の王太子妃・王妃に求める資質とは全く逆だっただけでなく、彼が好ましく思っていたパトリツィアの